ロスジェネ食堂ですかぁ?

 私が自分の部屋で、パソコンに向かってレポートの続きを書いていると。


 横から青い瞳で画面をのぞきこんで、しきりにうなずいてる女子がひとり。一本にまとめて三つ編みにした金髪を揺らしながら、散らかって足の踏み場も少ない部屋の中をふわふわと風船のように浮いていた。

 水色の民族衣装ディアンドルをまとった身体も半透明で、背中には妖精のような蝶の羽が緑の燐光を放っている。まるでLEDのような、明るくも熱の無い光だ。


「イーノさぁんの地球側の『大いなる冬』ってぇ、こういうことだったんですねぇ」


 彼女の名前はエルル。私の氷都市でのお嫁さんだ。私が毎晩氷都市に「夢渡り」で通っているように。エルルちゃんもときどき、精神体で私のところまで通ってきてくれる。

 なお私たちの地球では、彼女は世間的には「うちゅ〜じん」も同然の異世界人だから、人前に出る許可はまだ下りていない。見た目にはおっとり系の北欧美人なんだし羽さえ消灯状態なら、バレないと思うんだけど。


 他の地球人から見れば、イマジナリーフレンドならぬイマジナリー嫁ってとこか。まあ作家たるもの、自分の頭の中に何人ものキャラクターを住まわせているものだと私は思っている。


「氷河期世代っていうより、私にはADHDの方が大変だった気もするけどね」


 私も、長くフリーターや派遣社員の非正規雇用で働いてきた身だ。同年代の人たちの苦労も、十分に想像できる。私より真面目で、就職活動や残業をいっぱい頑張った人は。それはつらかったに違いない。

 私はどこか世捨て人のような気楽さで、つらい世間に心を壊されないよう飄々と生きてきた節があるから。もちろん父親や周囲の人間から、あきれた目で見られることも多々あったが。


 そうだな、フーテンの寅さんみたいな性格の人の方が。世知辛い現代日本を明るく笑って生きていけるのかもしれない。


「地球人もぉ、つらいよぉ?」

「いやいや、氷都市のみなさんに比べれば」


 向こうの人たちがどうつらいのかは、興味を持ったら本編で確かめてほしい。


「それでぇ、イーノさぁんは今度『ロスジェネ食堂』に行くんですねぇ?」

「うん。氷河期世代の人たちが集まる、白夜の馴鹿トナカイ亭みたいなところだよ」


 白夜の馴鹿亭は、氷都市にある冒険者の酒場の一つだ。そこには各世界から多様な背景を持った人たちが集まる。

 宿敵に敗れて、危ういところを女神に助けられた勇者。故郷を侵略者に奪われて、長旅の末にたどり着いた難民。世間で真っ当に生きていけず、冒険者の道を極めたら隠された伝説の都である氷都市に偶然たどり着いてしまった旅人。

 極寒の世界バルハリアで唯一人が住む氷都市は、落ち武者の隠れ里も同然で。みんな苦労を重ねた人ばかりだから、誰もが優しく暖かい心の持ち主だ。


 就職氷河期の到来以降、会社の経営状況が悪化すれば容易に切れる非正規雇用などで苦労を重ねてきた世代の人に。暖かい愛のこもった料理で、つながりを取り戻す。趣旨としては、エルルちゃんたちの店と志を同じくするものだろう。

 

 なお、エルルちゃんも難民の出身だ。かつて地球からヴァイキングの末裔たちが移り住んだ異世界、アスガルティアが戦災で滅びた際。彼女も氷都市に逃れてきた。

 日本では、ごくわずかな人しか難民として認定されない現実があることを。国連のUNHCRに少額ながら毎年寄付している私はいつも、彼女に対して申し訳ないと思っている。


「イーノさぁんのせいじゃあ、ありませんよぉ」

「私は私にできることで。小説を書くことで、現代日本の大いなる冬と戦うよ」


 かつて、ひとつの不思議な夢の物語によって人々に多大な影響を与え、荒んだ世相に暖かな明かりを灯した作家がいた。常に弱者に寄り添う人であった彼のおかげで、英国のクリスマスは家族で過ごす博愛の日となった。私も、今の日本で同じような役割を果たしたい。


 微笑んでくれるエルルちゃんの顔を見つめながら、私は想いを新たにした。


◇◆◇


 ロスジェネ食堂は1月24日(金)、18:00から東京都内・飯田橋のスポーツ&ミュージックバーWild Pitchで開催されます。

 詳しくは、以下のFacebookイベントページまで。


 https://www.facebook.com/events/2184545941840466/

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氷河期ネット結成集会に行ってきました! イーノ@ユッフィー中の人 @ino-atk

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