後編 メイド様と執事君
それから文化祭までの間、俺はメイクをして過ごした。
奏の指摘していた通り、知らない内に顔を触る癖があったようで、俺の手は度々汚れてしまう。
「おまえもか響」
トイレで身だしなみのチャックをしていると、橘が声をかけてきた。
「おまえもか橘」
奏は皆の前で化粧をしたのだから、当然の結果であろう。少なくとも、アレで肌の汚さは誤魔化せると認識された。
もっとも、今の段階でメイクをしているのは文句なしのワースト――俺たちだけであろうが。
「小林の奴、調子に乗りやがって……。あいつの客に文化祭のチラシ渡してやろうか」
橘が相方の愚痴を漏らす。
「それは止めとけ。その客の対応をするのは俺たちだぞ?」
ご愁傷様、と思いながらも俺は制止をかけた。
「それに格好良くなれるんだから、いいだろう?」
「馬鹿いえ。メイクをしている男がモテるかよ。気持ち悪がられるだけだ」
「バレなければ問題ないさ」
「おまえは本当阿呆だな」
橘が失礼なことを言う。
「クラスの奴らは全員知っているんだぞ? となれば、もし知らない女子が俺たちに惹かれたとして、嫌がらせでバラされる可能性が高い。あいつら男のくせにメイクしてんだぜ、ってな」
「……それはあり得るかもな」
正直、男子の嫉妬も中々に醜いものである。
「つまり、俺たちの役目はピエロなんだよ。執事という扮装をしている間だけ、客からキャーキャー言われる。けど、そいつを解いちまえばお察しってな」
そう吐き捨て、橘は去って行った。
とはいえ、メイクのヨレは直していたので、愚痴りたかっただけであろう。
もっとも、言われたこっちはただただ気分が悪かった。
それでも、頑張るしかない。
それに日々進歩がみられるオシャレは楽しかった。毎日の洗顔にスキンケア。産毛を剃って、もみあげを整えたり。
少なくとも、奏のおかげで今まで無頓着だった点に気づけた。自分の顔に興味を持ち、向き合えるようになった。
そうしてほんの僅かでも、格好良くなれることを知った。
だとすれば一日くらい、ピエロを演じるのも悪くない。
立派に彼女の引き立て役をこなしてやる、と俺は存外前向きでいた。
そうして文化祭当日、奏の本気メイクで俺は変身する。
「ぶっちゃけ、詐欺だな」
シールで二重にして、黒目が大きく見えるカラコンをつけた段階で俺は吐き捨てる。
メイクなんかよりも、効果が大きい上にバレにくいなんて……。
「女子はやってるコ多いよ。そうじゃないと、外に出ないコもいるくらい」
奏の一言で、俺は泣きたくなる。
俺が可愛いと思ってきたあのコたちにも一手間加えられているのかと思うと、無性に切なかった。
そんな俺の気持ちなど露知らず、奏は絶好調の様子。
楽しそうに俺の改造――メイクを施していく。
まずはビューラー。
「それもいるのか?」
睫毛を挟まれる作業が怖くて俺は訊く。
「女のコは睫毛が長いってだけで、ラクダを可愛いって言うのよ?」
が、納得のお答え。
「じゃ、いくよ」
そうして以前やった、ベースメイクからのアイメイク。
三色のグラデーションを絶妙なバランスで重ねたアイシャドウと、それらを引き締めるアイラインのおかげで瞳は更に大きく、彫りも深く見える。
また、涙袋もアイシャドウとアイラインの合わせ技で作られた。
そして、ノーズシャドウ。アイシャドウで影を付けることで、鼻筋はより高く小鼻は小さく見えるよう、錯覚を引き起こす。
当然、眉毛も整えられ――足りない部分はペンで描かれ、ブロウなるもので立体的に。
そうして顔面という顔面に手を加えられた後、ドライヤーとアイロンで髪の先まで弄ばれる。整髪料も二種類を混ぜ合わせ――俺は文字通り変身した。
「これで写真を撮ると――どう?」
駄目押しの自動修正――スマホの液晶に映された俺は信じられないほどのイケメンであった。
執事服も相まって、震えるほどに格好いい。
「うんっ、最高!」
奏が笑顔で言うと、野次馬たちが寄って来て――
「うわぁ……ヤバい。超かっこいい」
今まで聞いたことのない感想を頂けた。
「うっそ、奏凄い!」
とはいえ、賛辞を受けるのは俺ではなく奏である。
けど、それでいいと思う。
実際に自分一人の力では、俺は変身できなかった。
「まさしくプ〇キュアだな」
俺がそう冗談めかすも、
「……」
奏は無反応。
黙ったまま、俺を見つめている。
「……どうしたんだ?」
ギャグをスルーされたのものあるが、純粋に気恥ずかしくて俺は訊かずにいられなかった。
「あ、ごめん」
目の前で手を振ってやると、奏は小さく謝った。
そして、気まずそうな一言。
「いや、だって……私好みに仕上げたわけだからさ……ねぇ?」
――つまり、この俺に見惚れていたのか?
そう茶化すべきだったのかもしれないが、俺は聞こえないふりをしてしまった。顔がやけに熱いので、たぶん赤くなっている。
すると、
「イケメンがいるって聞いたのに、いつものキモイ響じゃん」
ツインテールメイド姿の小林が酷いツッコミをくれた。
「……うるさい。で、おまえはどうなんだ?」
「……それで、そっちはどう?」
とはいえ、気まずい雰囲気を払拭できたので内心で感謝しておく。
「あたしは奏ほどメイクが上手くないから」
小林はそう言い訳しながらも、小生意気に鼻を鳴らした。
「あれが精一杯よ」
小林が示した先には、橘とは思えないほど精悍な男。
あれを見て、誰もがイケメンと言うかどうかはわからない。
が、誰が見ても執事と認めざるを得ないだろう。
「ザ・オーソドックスってね」
どや顔で小林が小さな胸を張る。
櫛まで通したオールバックに銀縁の眼鏡。
同級生とは思えないほど、橘は大人びて見えた。
「すげーな響。文句なしのイケメンじゃんか」
もっとも、口を開けばいつもの橘だった。
「馬鹿いえ。それでも、本当のイケメンには敵わねーよ」
彼らはほんの少しのメイクとセットだけで、俺たちの高みにいた。
「まぁ、仕方ない」
また何か愚痴るかと思いきや、橘は素直に認めた。
「あぁ、仕方ない」
なので、俺も追従しておいた。
「それにメイド様に関しては、こっちのが上だからな」
じろじろと見比べて、橘はゲスイ笑みを浮かべる。
「刺されても知らないよ?」
奏は釘をさすだけで、肯定も否定もしなかった。
「どっちにせよペア売り。俺たちがしっかりやらないと台無しだ」
自分を鼓舞するよう俺は言う。
執事服は服装がしっかりしているぶん、だらしなさが際立って見えた。姿勢や立ち振る舞いなど、気を付けることは多々ある。
そして顔面と違って、こちらは素直に負けてやる気はなかった。
毎日メイクをして――それを散々からかわれながらも頑張ってきたんだ。
そう簡単に負けてやるもんか!
「そういうこと」
小林が同意して、それぞれペアに分かれる。
「負けないかんね、奏」
「勝負する気はないんだけどなー」
「勝負するか、響?」
「しねーよ。自分の力だけじゃないからな」
そんな風に喋っていると、集合の合図。
メニューに載せるサンプル――ペアでの撮影会が始まった。
「思ったんだけどさ」
その順番待ちの際、奏が切り出す。
「私だけ名前を呼び捨てにされるのって不公平じゃない?」
「もとはといえば、おまえが言い出したプ〇キュアの所為だろ?」
「いやまー、そうなんだけどさ」
納得がいかない、と奏は愚痴りだす。
「……ったく」
相手の求めていることはわかるものの、俺は気恥ずかして言えなかった。
かといって、奏から言う気もないようだ。
となれば選択は二つ。
はぐらかすか、それとも――
「……ここで決めなきゃ男が廃る、か」
「え? なんて?」
幸いにも、俺の呟きは奏には聞こえなかったようだ。
「いいって言ったんだよ。奏も……俺を下の名前で呼んでいいってな」
だから、誤魔化すように俺は言ってやった。
「それじゃ次、音奏と響
そのタイミングで先生の呼び声。
「行くぞ、奏」
「うんっ、大地」
俺たちは互いに名前を呼び合い、足並みを揃えていく。
「じゃ、撮るぞー」
果たして、俺たちの文化祭がどうなったのかはあまり憶えていない。
ただ、この時のツーショットチェキは文化祭が終わった今でも――俺の机に飾られているのであった。
JKメイド様とDK執事くん 安芸空希 @aki-yuu
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