第3話 1日目...3

『時間のようですね。方針は決まりましたか? それとも決断できず、まだ迷っていらっしゃる? もちろんここから出るのも出ないのも貴方の自由です。今しばらく私とおしゃべりを続けたいというのであれば、こちらとしては否応はございません。そういった方も少なくはありませんからね。その結果どうなったかについては……まあ、末路はまちまちといったところです。私から申し上げることができるのは、できるだけ後悔をしない選択をということくらいでして。なにせ今日が貴方の人生最後の一日になるかもしれないわけですから──』


 亮司の中で冷静さに恐怖が勝った。このまま部屋に閉じこもって一人置いてけぼりを食らうよりは、他の人間と行動を共にして少しでも安心したい。

 ナビゲーターのたわごとを黙らせるように荒々しくドアを開けた。その勢いに驚いたように、向かいの部屋から出てきた人物が目を丸くしている。


 どう見ても日本人ではない明るいブラウンの髪をした白人の少女の頭の上に、所属チームの番号が見える。


 〝00014〟


 チームメイト──言葉を交わすべきか。だが、あいにくとこちらは日本語以外喋れない。どう切り出したものかと亮司がまごついているうちに相手の方が先に口を開いた。


「Gut「こんにちは」


 いま、少女の口から発せられたものから一瞬遅れてヘッドホンから声が聞こえた。


「Ich「これからよろしくね。チームメイト……なんでしょ?」


 困惑する亮司にナビゲーターから解説が入る。『自動通訳ですよ。前後の会話から次の発言を類推して選択肢を絞ってから適切な語句を選んでいるというわけです。貴方の言葉も向こうの母国語として聞こえるようになっていますので、安心して目の前の可愛らしい女性とのコミュニケーションをお楽しみください』


 この通訳機能といい、手や視線の動きを操作とみなすヘッドセットといい、見たことも聞いたこともない技術が盛りだくさんだった。たった一晩寝ただけのはずだが、数年後の世界に迷い込んだような気分にさせられる。


 亮司は少女へ手を伸ばした。「前島亮司」

 少女が笑って握手に応じる。「カリーナ・レーマン。随分若く見えるけど、もしかしてリョージは学生?」

「歳で言ったら、君のほうも似たようなものに見えるけどね」

「やっぱりそうなんだ? 実は、私もそうなの」


 カリーナが頷き、はにかんだ。ゴーグルを外したところを見てみたいと思わせる笑顔。これから殺し合いをやるはずの状況においてそれはひどく場違いなもので、亮司は反射的に彼女へゲームへの参加理由を尋ねていた。


「なあ、君は何で──」


 そう言いかけたところで強く肩を叩かれ、亮司は思わず飛び上がりそうになった。日に焼けた肌をした逞しい腕。振り返ると、ヒスパニックと思わしき男性がすぐそばに立っていた。


「個人的に親交を深めるのも結構だが、まずは集まろうじゃないか」


 廊下には通路に面した各部屋から他のメンバーがぞろぞろと顔を出していた。三人が横に並べば塞がる程度の狭い廊下に、ゴーグルを装着して銃を持った人間がひしめき合っている。彼らが取りあえずのチームメイト──全員の頭の上に同じチームであることを表すアイコンが表示されている。


 ヒスパニックの男が手を振って先導する。すぐ下が地上1階になっているようで、階段からは陽の差し込む出入口が見えた。やや息苦しさを覚えるほどの生暖かい空気が充満している。ふと、亮司はここがどこなのかということについて考えた。今日は六月の八日のはずで、それにふさわしい気温だったが、海路、空路を経由したことからここは日本ではない可能性だってある。


 1階はロビー状になっている。入り口から伸びる通路の終着点にはカウンター、脇には来客がくつろぐためのテーブルと肘掛け付きの椅子が並べられていた。一見して普通の建物のようだったが、天井、壁、植え込みの中など、そこかしこにカメラが設置されているのが気になった。どう考えても異様な数で、ぱっと数えてみただけでも20近くある。


 他の面々が席につく中、亮司は奥に見えた給湯室まで歩いて冷蔵庫のドアを開け放った。流しにある蛇口をひねって流れ出る水に鼻を近づける。無色透明で異臭はしないが、口にしていいかどうかは分からない。


「どうだ?」

 亮司はロビーからの問いかけに大声で答えた。「水は出る。冷蔵庫は空だ」


 ナビゲーターの口ぶりからすればこのゲームは何日にも渡って開催される。食料がどういった形で提供されるのかの確認が必要になるし、仮に供給されるものだとしても量の問題が出てくる。組んで行動するとなれば分配に関して話し合わなければならない。ただ銃で撃ち合うだけではない厄介なゲームだということに嫌でも気づかされる。


 亮司はロビーに戻って空いている椅子に座った。集まった面々は人種、性別、体格、雰囲気、いずれもまとまりがない。頭のすっかり白くなった顔色の悪い黒人男性から、カリーナのような若い白人の女性まで顔ぶれは様々だった。


 口火を切ったのはヒスパニックの男だった。「一応聞いておくが、チームから離脱したいってやつは?」


 誰からも挙手なし。ヒスパニックの男はひとつ頷く。


「よし。まあこんな集まりだ、必要以上に仲良くしましょうってわけじゃないが、同じチームである手前、名前くらいはお互いに知ってないと不便だよな?」


 ホルヘと名乗ったヒスパニックの男は、精力的な外見に相応しいふてぶてしい笑みで左隣りへ手を向ける。そのまま時計回りで自己紹介が行われた。


「ノーマン」「クラッチ」「バリー」「グレース」「ジョンソンだ」「カリーナ」「アージュン」「リョウジ」「インホイ」

「これで全員分の自己紹介が終わったわけだ。で、とりあえず俺が取り仕切ろうと思うが、異論はあるか?」


 ホルヘの提案に亮司を含めた全員が鷹揚に頷く。そもそも、彼がこの場の主導権を握るつもりで進行を買って出ていたことは見え透いていた。インホイとバリーは何か言いたそうに口をもごつかせている。亮司としてもあくまで消極的な賛成だった。正直なところまだ熱に浮かされたような状態で、身の振り方を考えられるほど頭の中を整理できていない。


 目の前にYes、Noのウィンドウが表示される。内容はホルヘ・フェルナンデスをチームのリーダーとするか否か。


 全会一致でYes──満足したホルヘが笑った。「それじゃあ早速指示を出すとしよう。この建物内と周辺の散策だ。ここがどこで、いま自分たちがどこにいて、他の参加者がどのあたりに陣取ってるのか分からなけりゃ動きようがない。違うか?」


 亮司はプレイヤーに開示された情報からその辺りのものが見つかるかと、手あたり次第にメニューを操作してみた。地図情報はあるが、自分を中心にしたわずかな円だけが表示されており、それ以外は全てが黒塗りされている。自分が移動したことがある場所しか表示されない──そういうことだろう。急いでTipsを〝地図〟で検索すると、どうやら探索状況はチームで共有されるらしいことが分かる。


 ホルヘの提案は妥当なものだ。問題は、誰が外に出るか。


 ナビゲーター曰く、チームはそれぞれまとまって配置された状態であるはずだった。つまり、ここに居れば当面は安全だが──外へ偵察に出れば敵に出くわす可能性がある。

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