第2話 1日目...2

『ミスター・マエシマ、つかぬことをお伺いしますが、いま、あなたは恐怖されておいでですか?』

「当たり前のことを聞くな」

『本当に?』

「ああ」

『そうですか。その割には随分と落ち着いていらっしゃるように見えますが』

「気のせいだ」


 ここに来るまで船だの飛行機だのを乗り継いで長々と移動させられたため、考える時間だけはたっぷりあった。手錠をはめられ、目隠しをされ、身動きのできない気の狂いそうになる暗闇の中で、一応の覚悟はしたつもりだった。


 殺される覚悟。


 もう明日は来ないかもしれないという可能性を受け入れることはできた。それでも恐怖はぬぐいきれない。血液が体を流れる音が喧しく鳴り響き、気を抜くと足元がふらつきそうになる。震える手を握り締め、壁を殴り、抜けそうな腰に力を込めた。


『なるほど、なるほど。反応からみるに、おおむね平常心でいらっしゃるようですね。今更な問いではありますけれど、参加されたことを後悔していますか?』


 亮司は自分の胸を強くたたいて動悸を抑え込む。あのまま無茶な労働を続けていれば近いうちに倒れて父親の二の舞を演じていた。だからこそ、この馬鹿げた話に一縷の望みを託したのだ。


「いいや。してない。ノーだ」

『実に結構です。では他に何か質問は?』


 亮司は震えの残る手を開閉し、試しに銃の引き金を軽く引いてみた。何も起こらない。銃身からは何も出ず、残弾は500のまま変わらない。


「何も出ないぞ。開始時間にならないと撃てないのか?」

『正確には、一日のうち決められた交戦可能な時間以外では動作しません。休息時間だと思ってください。PM08:00からAM10:00がそれにあたります』

「残弾があるって事は撃てる数に限度があるってことだよな? 補給はどうなる? 時間? それとも何か別の手段が?」

『その問いに対する答えはどちらもYesです。インターバルに入ったタイミングで初期値まで残弾が補給されますし、また、随時購入することも可能です』

「購入……って、おい、まさか、金が必要だって?」


 亮司は何も入っていないジャージのポケットを服の上から叩いた。所持していた財布とスマホはどちらも没収されてしまっている。


『一応は銀行口座からの引き落としになりますが……まあ、貴方の貯金残高ではあまり期待しない方がいいでしょう。なにせその弾は日本円にして1発1万円相当はしますし』


 財布にキャッシュカードを入れていた事を思い出して亮司は渋い顔になった。「どうやって勝手に俺の口座を覗いたんだ? 暗証番号はどうした?」

『深く考えないほうがよろしいですよ。なにせこんな非合法で頭の悪い催し物を企画する連中なのですから、その手の違法行為には精通しているってわけでして』

「分かった、そっちはもういい。つまり、この銃にはいま500万分の弾丸が詰まってるって? どんな値段設定だよ。俺みたいな貧乏学生がそんな大金──」


 亮司はそこで引っ掛かりを覚えて拳で自分の額を叩いた。


「いや……このゲームに参加しようって連中は賞金目当てだろ? そんな人間が金持ってるとは思えない。意味あるのか、その購入システム」

『おっ、なかなか鋭い指摘です。とはいえ、その辺りについては今すぐに何がどうなるというものでもありませんので、おいおい説明するとしましょう。時間もおしていますしね』ナビゲーターはお決まりの文句のように口にする。『他の質問は?』

「ある。このサバゲーだが、何をどうすれば勝ちなんだ? 敵を倒せばいいのか? この表示は敵以外にも味方が存在するって意味か?」


 亮司はそう言って何もない宙を指さした。ゴーグルの内側に表示された映像内では、そこに半透明のメニューが存在している。ステータス、マップ、Tipsに混じって〝チーム〟の項目。


『はい。その辺りを説明するにあたって、まずは勝利条件についてお伝えしておきます。生き残ること、そして、自分以外の3名の撃破です。参加者全員が勝利条件を満たしたその日の交戦時間の終わりをもってゲーム終了となります』


 撃破──それの意味するところについては言及せず亮司は首を振った。


「参加者は全員で何人いる?」

『総勢300人ですね。10人ずつが30組にランダムで割り振られ、開始時点ではチームごとにそれぞれ離れた位置に配置されています。全員がバラバラのままスタートしてしまっては散発的な争いに終始していまいち盛り上がらないのではないかという運営の心遣いです』


 300人──想像していたより、かなり多い。それだけいるのなら生き残りの目も十分ありそうな気がしてきたが、いまの説明を頭の中で反芻するうちに、すぐに冷や水をぶっかけられた。このルール、総人数は生き残れる確率にあまり関係がない。


「300人の半分がもう片方を殺して150人、次に75人、全員が3人殺し終わった頃には端数を切り捨てて37人しか残れないってことか」


 ゲーム終了時に最も生存人数が多いパターンとして、75人が他の225人をきっちり3等分して殺すというものがあるが、お互いが死に物狂いだというのにそう上手くいくわけがない。アクシデントで余分にカウントを上げてしまうプレイヤーは出るだろうし、あまり考えたくはなかったが好んで殺す人間もいるだろう。なにせ賞金は勝利した人数の頭割りだ。どう楽観的に考えても2割ありそうにない──思わず笑いがこみ上げそうになる数字。


「今、チームを組んでるこの10人で協力して勝ち抜くってことなのか?」

『Yesであり、Noでもあります。チームは任意のタイミングで離脱可能ですし、新たに別の人間とチームを組むこともできます。ミスター、貴方のスタイルに合わせてご自由に選択ください』


 スタイルだと? 気軽に言ってくれる。こんな異常な状況に応用できそうな人生訓など持ち合わせていない。


「任意? いつでも? さっきのインターバルだとかは?」

『チームの脱退に関して制限はありません。いま、この瞬間に、貴方はその〝00014〟を抜けてしまうこともできるということです。どうされますか? 抜けてしまいますか? その場合の操作は──』

「馬鹿言うな」


 未体験のゲーム。いまだ明確になっていないルールの細部。まだ見ぬ仲間。負ければ死ぬ。ただでさえ脳の処理能力が限界にきているというのに、これ以上状況をややこしくはしたくない。


「それで、俺の仲間はどこだ?」

『この建物内の別の部屋ですよ、ミスター。重要なことなのでついでにお伝えしておきますが、脱退後、かつてのチームメンバー同士は30分の間は戦闘行為が禁止となります』


 妥当なルール。それが許されるならいくらでもだまし討ちができるし、チームを組もうという人間もいなくなる。


『チームを組むことによるメリットについてもお話ししておきましょう。ほかの人間と協力できることがその最たるものですが、これはまあ、改めて言うようなことではありませんね。ゲームシステムに関したものですとチーム内での長距離通信、視界の共有などの便利な機能があります。他にもフレンドリーファイアの抑制といった──』

「フレンド……なんだって?」

『フレンドリーファイア。同士討ちのことです。貴方が発射した弾丸や発生させた爆風ではチームメイトには軽微なダメージしか入りません。このあたりは実弾ではないが故の特色というやつでして。他にもこのゲーム独特のシステムとしてスキルというものがあり、参加者にはそれぞれランダムに一つずつ特殊能力が割り振られています。あなたが生き延びるための助けになるはずですので、その効果についてしっかりと確認しておくことをお勧めしますよ』

「……途端にTVゲームじみてきたな」

『そーですね。ま、貴方の世代であれば慣れ親しんだものでしょう? 多少毛色は違うかもしれませんが』


 亮司は笑おうとして、しくじった。頬がひきつる。


「多少? 負けたら死ぬゲームが?」

『そう珍しくはないと思いますけどね。人類史で見ればゲームで命を落とした人間など数え切れないほど存在するわけですし。トランプ、サイコロ、ルーレットから、果ては競馬や闘犬といった動物を使ったものまで。ようは、何をどれだけベットするかって話で。貴方は命を賭けた。それにふさわしい金銭を手にするために』


 その時、部屋のドアのロックが外れる音がした。慌てて時刻を確認する。AM10:00──ゲーム開始。

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