第8話

 解任された長州系の怒りと憎しみは、桂太郎とその腰巾着に向けられました。

 前代未聞の不名誉ですが、今上陛下に怒りと憎しみを向ける訳にはいきません。

 そんな事をすれば、今度は家族共々焼き討ちされるのが眼に見えていました。

 それほど江戸っ子の怒りは激しかったのです。

 薩州閥と諸派閥も全て敵に回っています。

 こんな事態を巻き起こした桂太郎達を恨むしかなかったのですが、実際は今まで桂太郎の権力に護られ不当な利益を得ていたのです。


 しかしそんな事は棚に上げて、解任された将軍達とこれから予備役編入の可能性が高い大佐以下は、桂太郎と腰巾着達に全ての責任をかぶせようと、躍起になって桂太郎達を叩きました。

 自分達が生き残るために、桂太郎達の不正の証拠を政府に提出しました。

 もう桂太郎達に逃げ道はありませんでした。

 桂太郎達は拳銃自殺をしました。

 元武士で軍人なら割腹すべきでしたが、彼らにはその度胸などありませんでした。


 いえ、もしかしたら、生き残りを図った長州閥の者達に、密かに殺されたのかもしれません。

 割腹を偽装するのは難しいですが、拳銃自殺なら偽装する事も簡単です。

 ですが全ては闇の中です。

 しかし、生き残りを図った者達も、全員が現役に留まれたわけではありません。

 暴露合戦の間や、自殺後に桂太郎達の屋敷を捜査した事で、汚職の証拠が出てきた佐官尉官が数多くいたのです。

 新聞各社が特種合戦をしたので、政府も中途半端では終われなかったのです。


 長州閥が支配する陸軍では、どれほど軍功を重ねても、長州閥以外は中将までにしかなれませんでした。

 ですがこれからは、父上様や親族にも大将に成れる可能性がでてきました。

 そのように、父上様や親族には大きな事件でしたが、私には何の影響もないと、当初は軽く考えていました。

 しかしそれは私の思い違いでした。

 大きな大きな影響があったのです。


 龍騎様が陸軍騎兵学校の乙種学生に選ばれたこと自体は、とても喜ばしい事でしたが、学校の場所が習志野なのです。

 我が家に毎週末「遠乗り」するには遠すぎるのです!

 それに、今上陛下まで巻き込んで陸軍騎兵学校の乙種学生に選ばれたのです。

 世間の眼はとても厳しくなります。

 昔誘拐事件から救い出した相手とは言え、男爵令嬢との醜聞は絶対に許されないと、父上様も親族一同も厳しく言うのです。


 ですから私は決断しました。

 一日でも早く龍騎様と婚約すると!

 父上様にも、叔父上様達にも、大叔父様達にも反対させません!

 まずは母上様を味方につけます。

 龍騎様の御家族にも味方になって頂きます。

 「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」

 ですわ!

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