コティングリーの妖精

燕谷 智則

コティングリーの妖精



 僕は小学生最後の夏を送っている。だけど、なにか物足りない。祖父の家で風に当たりながらスイカを食べた時は美味しかった。夏祭りに見た花火は綺麗だった。けど、去年も同じことをしたから、新鮮味がそれ程感じられなかった。

 そんなことを思いながらリビングで食事を取っていた僕は、テレビの画面に凝視した。テレビ画面の右上には、「タイムマシンに新たな進化が!」の見出しが。

 ニュースの司会者が続けた。

「今朝、これまで素粒子研究など、タイムマシンの研究に携わってきたスイスのONR(原子核研究機構)からタイムマシンに関する新たな発表がありました。会見で、タイムマシンで過去に行くことが出来たと」

 司会者は興奮しているのか、いつもより声が高い。

「しかし、本当に過去に行けたんでしょうか?」

 白髪が目立つスーツ姿の老人が話す。いつも否定的な発言を繰り返している人だ。

 「現在、未来に行くタイムマシンはありますが、過去に行くタイムマシンは開発出来ませんでした」

「確か、アインシュタイン博士の相対性理論だったか?過去にいくのが無理だといったのは」

「並河さんの言う通りです。ですが、ONRの発表によりますと、・・・」

 司会者は会見の内容を話していたが、そんなのは無視した。

「ねえ、父さん。もし、過去に行けるなら偉い人にも会えるんだよね?」

 父さんは手に取ったコーヒーを口に運んだ。。

「確かに会えるが、父さんや母さん、空(そ)良(ら)が使うにはまだ時間がかかるじゃないのか」

「そうね、未来に行くタイムマシンが発表された時も、使用できるまでかなり時間が経ったわね」

 父さん、母さんは口々にそう言う。まるで興味がないみたいだ。テレビの声が続く。

「会長のロイロット氏はさらに、各国の十二歳以下の子供たちから抽選で数十人が、タイムマシンの体験会に参加させるとのことです」

 僕はその言葉に反応してしまった。

「え、じゃあ僕も参加できるの?」

「もしも抽選で選ばれたらな。でも、各国の子供たちからが選ばれるのはちょっと無理じゃないか」

「でも可能性はあるよ」

「可能性はあっても、各国にどれくらい子供がいると思っているんだ。さあ、早く準備しないと遅刻するよ」

「はーい」

 ひとかけらのパンを口に運ぶと、僕は学校への支度を始めた。



 今は夏休みだが、今日は学校に行かなければならない。友達に会えるのはうれしいが、長い休みをゆっくりしたい気持ちもあった。だけど、教室に入った時、タイムマシンの話で持ちきりだ。

「俺はタイムマシンで本能寺に行きたい」

「いや、あそこに行ったら死んじゃうよ」

「じゃあ、自分の祖先に会いたい」

 話はどんどんヒートアップしている。話に加わろうと思ったけど、邪魔になりそうでなかなか加われない。

「ソラ君、おはよう」

僕を呼ぶ声がしたので、振り向くとスズキ君が手を振っていた。

「この前貸した本を返すよ。結構これ怖かったよ」

 スズキ君に貸した本は子供用のホラー小説。僕はそこまで怖くなかったけど、スズキ君は違ったようだ。

「でも、あの妖精の話は面白かったよ。本当に妖精がいるんだと思うと会ってみたいなあ」

「うん、僕も会ってみたいよ」

 僕とスズキ君が会話に夢中になっていると、チャイムが鳴って先生が教室に入って来た。ばらばらだったクラスのみんなは急いで机に戻る。

先生が出席を取り終わると、

「今朝、タイムマシンの話があったのは知っているか?」

 と言った。クラスメイトは「はーい!」と大きく返事した。

「なら、過去にいけるかもしれないことは知ってるな?」

「先生、“いけるかも”ではなく、“いける”ですよ」

 クラスで一番のお調子者がつっこむ。

「いや、先生の昔の頃は、タイムマシンで過去に行くことは出来ないって言われていたんだよ。今言われても実感が湧かないよ」

「じゃあ、先生は信じないんですか?」

「今はね。では話を戻すけど、今から渡す紙にもし過去にいくなら誰に会いたいかを書いて欲しんだ。三月に埋めるタイムカプセルに入れようと思ってね。ただし、そこに書くのは一人だけだ」

 ええー、とあちこちから不満が上がる。先生は全員に紙を配ると、さあ始めてと手を叩いた。

 みんなは悩みながら書いているなか、僕は腕を組んで悩んだ。

僕にも会いたい人はいっぱいいる。昔の偉い人に会って、聞きたいことが山ほどある。

だけど、一人だけ会うなら・・・。

僕は鉛筆を握り、紙にスラスラと書いた。



学校はお昼ごろに終わったけど、僕の両親は共働きで、家には誰もいない。だから、いつも近くの学童保育園で、両親が迎えに来るまで待っている。

学童保育園でもタイムマシンの話題で持ちきりだった。僕はスズキ君に返してもらった本を読み返した。何度も見ているけど、飽きることはない。しばらくして学童保育のお姉さんが僕に近づいてきた。。

「空良君、またその本を読んでるの?」

 僕はお姉さんに顔を向ける。

「はい、この妖精の話が気になって読み返しています」

 「妖精?」

 僕は読んでいる本の小タイトルを見せた。

「コティングリーの妖精?変わったタイトルね」

「コティングリーは実際にある村です。そこで妖精を見たという話です」

「へえー、なかなか興味がそそるわねえ。どういう話なの?」

 僕は、その話に興味を持ったお姉さんに話を続けた。

「二〇世紀前半、イギリスにあるコティングリー村で、二人の女の子が妖精と一緒に写った五枚の写真を親に見せたんです。最初は誰も信じていなかったけど、コナン・ドイルがこの写真を『本物だ』と言って、大騒ぎになったんです。でも、四枚の写真は偽物だってことを、大人になった少女が告白したんです」

「あぁ、それ昔の番組で見たことがあるわ。でも最後の一枚は本物だって女の子たちは言ってたわよ」

「だから、本当に妖精がいると思うとワクワクします」

「なるほど、空良君は妖精に会ってみたいのね」

お姉さんの言葉に僕は大きく頷いた。



 夕方になって、父さんが迎えに来た。まだ遊びたかったけど、また遊べるので父さんと一緒に帰ることにした。

父さんは疲れているのか、時々欠伸をしていた。僕が声を掛けても、返答が曖昧だった。

家に着いて父さんがカギを開けて中に入ろうとした時、

「あの、加藤(かとう)昇(のぼる)さんと空良君ですか?」

と声がかかった。

 いきなり僕の名前を呼ばれてびっくりした。

後ろに振り向くと、そこにはスーツを着た若い男性がいた。しかも眼鏡をかけているから知性的に見える。

急に名前を呼ばれたことに不安を感じたのか、父さんは僕の前に立った。

「何故家族の名前を知っているんですか?どなたですか?」

 その声は淡々としていた。しかし、眼鏡の男はそんなことは気にもせず、胸ポケットから名刺を出して渡した。

「私はONRの研究員を務めている片倉(かたくら)と申します」

「ONR?」

 その言葉に僕ははっとした。もしかして僕が選ばれたのか。僕は声を上げようとしたけど、父さんがそれを遮った。

「他に身分を証明できるものはありますか?私から見たら、詐欺師に見えるんですよ」

 その言葉に片倉さんは困った顔をした。

「証明できる身分証があるので、見て下さい」

 片倉さんはカバンから小さなメモ帳ぐらいの大きさのものをいくつか父さんに渡した。父さんは裏まで見た後、それを返した。

「一応ONRの職員であることは分かりました。要件は今朝のタイムマシンのことですか?」

「はい、詳しい話は家の中でしたいのですが」

しばらく父さんと片倉さんがじっと見つめ合っていた。

すると、突然家のドアが開いた。一斉に視線がそこに向く。多分父さんが家に入らないことに母さんが不審に思ったのだろう。母さんは外にいる片倉さんをちらっと見てから父さんに声を掛けた。

「どなたなの?この方は?」

「ONRの関係者だそうだ」

 その言葉に母さんは驚いた。まさかここに来るとは思わなかったのだろう。

「希美(のぞみ)、今この職員を入れてもいいかい?」

 父さんの問いに、母さんは僕と父さんを交互に見たが、意を決したのか「いいわよ」と答えた。その答えにほっとしたのか、片倉さんは肩の力を抜く。

「どうぞ、中に入って下さい」

 父さんがリビングに案内すると片倉さんも続いた。母さんは飲み物を出そうとしたけど、片倉さんはそれを断り、母さんも来るように勧めた。リビングに向かい腰を下ろすと、片倉さんは僕たちを見てから言った。

「改めましてONRの研究員である片倉健(けん)太朗(たろう)と言います。前から準備を進めていましたが、メディアへの公表が遅れてしまい、今日こういった形になりました。申し訳ありません」

 片倉さんはお辞儀をすると続けた。

「今朝ニュースでもありましたが、会長が各国から数十名の子供達を選んで、タイムマシンの体験会に参加させます。これから話すことは他言無用でお願いできますか?」

 片倉さんの言葉に父さん、母さんは頷き、僕もそれに続いた。全員の了承を得た片倉さんは、鞄から分厚い書類を出してそれを僕たちに渡した。

書類には難しい漢字や外国語が並んで、僕には理解できない。ただ、写真に写っている雲の上まで届きそうなくらい大きく白い塔は見たことがある。ONRの施設の一つだ。

父さんと母さんは無言でペラペラとページをめくる。僕は書類を読むことを諦め、じっとすることにした。片倉さんは父さんと母さんが書類を読み終わるまで、待ってくれた。

三十分後、読み終わったのか、父さんと母さんは書類から顔を離し、片倉さんは言った。

「今回の体験会は五日後、スイスのジュネーヴで行います。非公開で、参加者の名前は公開しません。もちろん参加者にも体験会の内容を黙ってもらいます。そうしなければ、タイムマシンの研究が漏洩してしまうので」

「こちらからよろしいですか?」

 母さんの言葉に片倉さんは頷いた。

「五日後ですか?急すぎませんか?」

「ええ、私もそう思っていますが、上からの命令で・・・。そこは本当に申し訳ないです」

 片倉さんは頭を下げた。

「あと親は同行できますか?過去に行くタイムマシンとはどういうものなのですか?」

一旦話を区切ると母さんは続けた。

「もしそのタイムマシンが危険なら、息子を行かせるつもりはありません」

 片倉さんは顎に手を当て、何かを言いだそうとしたけど、黙っている。どうしようか迷っているのだろう。

少し時間が経って話がまとまったのか、片倉さんは言った。

「親は同行しても構いません。旅費はこちらが負担します。タイムマシンについてですが、書類に書かれている通り、今はお話できません」

 ですが、片倉さんはその言葉を強調した。

「我々が開発したタイムマシンの安全は、絶対に保障出来ます。信じて下さい」

 信じて下さいと言われても、と母さんは片倉さんの回答に不満を見せる。

「他の子供達はどうしていますか?」

 父さんの質問に片倉さんは答えた。

「既に了承を得ています。加藤さんが最後です」

 つまり、僕以外はタイムマシンに乗ることを承諾したことになる。タイムマシンに関する詳しい説明もないうえ、もしかしたら事故で死んじゃうことだってある。

 それでも、タイムマシンに乗りたいのだろう。誰よりも先に乗りたいと思うぐらいに。

 僕は立ち上がった。みんなの視線がこっちに集まる。

「僕はタイムマシンに乗ってみたい!」

 その言葉に反応した母さんは、僕を制止する。

「ちょっと待って、これは空良だけの問題じゃないの。タイムマシンの事故で行方不明になった人だって何人もいるのよ。簡単に決めるべきではないわ」

「でも、これを逃したら二度と乗れないよ!」

「空良君の言う通りです」

 片倉さんは言った。

「書類に書かれていますが、この体験会以降、過去へ行くタイムマシンの一般公開及び実用化は二度としません。これが最後です」

 しばらくの間、沈黙が訪れた。僕はどうやって説得すればいいのか分からなかった。だから黙ってしまった。

 沈黙を破ったのは父さんだった。

「希美、空良を行かせてもいいじゃないのか?」

 母さんは驚く。父さんは続けた。

「書類にも、何百人の職員が実際に体験している。タイムマシンの内容がどうであれ、実験後の経過やアフターケアを見ても、十分対応出来ている。ここは一つ空良の願いをかなえてもいいと私は思う」

 僕はほとんど読めなかったけど、どうやら実験後の詳しい状況が記載されているようだ。

 父さんの言葉に母さんはつぐんだ。恐らく母さんも分かっていたのだろう。眉を曇らせつつも、頷いた。

 家族の決定を見守っていた片倉さんは、僕に目を向けた。

「話を進めるけど、空良君はどこに行って何をしたいの?」

 僕は持ってきたカバンを開け、一冊のページを取り出しページをめくる。その写真を見つけると、指を指し「これです」と言った。

 僕の指したものに片倉さんや父さん、母さんが「えっ」と間の抜けた声を上げた。

 僕の指したところには妖精がいた。



 五日後

 空港に着いた時、周りの喧騒に圧倒された。これまで空港に行ったことがないので、これほど人がいっぱいいるとは思わなかった。

「加藤さん、こっちです」

 向こう側で片倉さんが手を振っていた。相変わらずのスーツ姿だ。僕と父さんはそっちに向かう。

残念ながら母さんは用事で来ることは出来なかった。それでも、何か大きなお土産を渡したいなあと考えている。

「セキュリティチェックと出国審査は既に終わっているので、後は乗るだけですね」

セキュリティチェック?あのゲートのことだろうか?通る時、使っていたスマホも没収されたので、嫌な気分だった。

「それでは、飛行機に乗りましょう」

 そう言って僕と父さん、片倉さんと一緒に飛行機に乗った。飛行機の中は今まで座ったことがないくらいフワフワとした椅子が並んでいる。しかも、周りの人が楽しそうに話しているので和やかだ。

僕は指定された席に座ると、大きく背伸びをした。朝早くから空港に来たので、頭が疲れたのだ。隣に座っていた父さんは僕に声を掛ける。

「ここから目的地に着くまで半日かかる。時差もあるから今は寝たほうがいい」

 それを聞いて僕は安心した。すると突然ガタンと音がした。外を見ると建物が少しずつ動いている。いや、飛行機が動いているのだ。機内から「今から出発します。シートベルトをしっかり着用してください」という声が響く。ガタガタと揺れが大きくなる。フワッと浮き上がる感じにつられて僕は眠ってしまった。



 次に目を開けた時、太陽の眩しさに思わず目をつぶった。窓の外を見ると、雲が下の方にあった。もう既に空を飛んでいたのだ。

飛んでからどのくらい経ったのだろう。あとどのくらいで着くのだろう。後ろにいる片倉さんの頭はユラユラと揺れている。隣にいる父さんも同じだ。僕がキョロキョロとしていることに気が付いたのか、近くにいたキャビンアテンダントがこっちに来た。偶然にも日本人だったので、ぼくはほっとした。

「後どのくらいで着きますか?」

 キャビンアテンダントはすぐに答えた。

「もうすぐ着きますよ。あなたはよく寝ていたから気付かなかったけど」

 その言葉に僕は苦笑いをした。機内から「まもなくジュネーヴに到着します」という声と聞き覚えのない言葉が流れた。おそらく僕の知らない外国の言葉なのだろう。

 やがて雲が僕の窓に近づいた。ガタガタとする揺れに父さんも片倉さんも目を覚ました。雲を抜けると大きな山が見えた。雲が積もっているのだろうか、山頂が真白だ。町は日本のような高層マンションがあまりない。教科書で見たヨーロッパの町とよく似ている。

飛行機が地面に着いた時は怖かったけど、揺れはさっきと比べて小さかったので安心した。飛行機が止まると機内にいた人たちが次々と席を離れていく。

「空良、父さんと片倉さんに離れずについてくるんだ。日本の空港とは違って言葉も通じないから気を付けるんだぞ」

 父さんの言葉に僕は頷いた。父さんの言う通りだった。

空港に入ると、大勢の外国人がせわしなく動いている。声やアナウンスも何を言っているのか分からないので、不安と早くここを離れたいことでいっぱいだった。

ようやく荷物を持って空港を出ると片倉さんは言った。

「今からジュネーヴ郊外のONRに向かいます。あちらに乗って下さい」

片倉さんが指したところにはCMでよく見る外国車だった。ただ違うのは窓が薄暗くて中が見えないことだった。そのせいか、誰が運転しているのかよく見えない。

荷物を後ろに載せ、僕と父さん、片倉さんを乗せると車は出発した。窓の外を見たくても暗くて何も見えない。

「空良君には悪いけど、今回は非公開なんだ。外にはパパラッチという悪質な記者がいる。もし君の顔が公開されたらすぐにばれてしまう。だから我慢して欲しんだ」

片倉さんの言葉に僕は頷いた。元々タイムマシンのことは誰にも言わないようにすると決めている。それなら、片倉さんの言う通りにするつもりだ。外から写真を撮ろうと思ったけど、仕方がない。

「それより空良君にもう一度確認したいけど、今回君が過去に行くのは一九二〇年の八月二十八日、イギリス・コティングリー村で間違いないよね」

僕は頷く。

「それと、過去に行った後のナビゲーションは君のスマホを通して行う。スマホは持ってきているね」

「はい、ちゃんと持ってきています」

僕は片倉さんにスマホを見せた。

「最初、君の会いたい人が妖精と聞いて私もびっくりしたよ。妖精なんて空想に出てくるものだと思っていたし、

他の子どもたちは偉人や建物、美術品を見たいって言っていたから」

「あの、もしかして迷惑でしたか?」

 父さんが気になって声をかけると片倉さんは首を振る。

「問題ないですよ。あの謎を解き明かしてくれるんですから。私もあの謎に興味を持ちました」

 その言葉に僕は笑みを浮かべた。片倉さんもこの謎に興味を持ってくれたことが嬉しかったからだ。

その後スイスがどんな国なのか、またおいしい食べ物を食べさせてもらえる約束をした後に、片倉さんが運転者に声をかけた。何を話しているのか分からないけど、短い会話が終わると僕と父さんに言った。

「まもなく目的地に着きます。地下に停まるので、パパラッチが来ることはありません。私についてきて下さい」

車が地下に入ったのか、どんどん下に降りていく。やがて車が停まると、ドアがゆっくりと開いた。運転手に「Thank you」と声を掛けて外に出て荷物を取る。

地下は駐車場になっていて、辺りにはたくさんの車が停まっている。全部の車の窓が薄暗くなっているので、既に世界中の子供達が中にいることが分かる。

「スイスに着いて少ししか経っていませんが、急いで実験室に行きましょう。既に何人かの子供たちがタイムマシンで過去に行っています」

片倉さんはエレベーターまで来るとボタンを押してドアを開け、僕と父さんを入れる。エレベーターはぐんぐんと上がっていく。

「片倉さん、この建物はどのくらいの高さですか」

僕は片倉さんに質問した。

「東京タワーぐらいかな」

「高いですね」

父さんは感心した。ガタンと音がするとドアが開いた。エレベーターを出て、いくつかの部屋を通り越していく。

 途中、検査として何回かゲートを通り抜け、職員が僕の顔をじろじろと眺めることもあった。なんとか検査を通り進んでいくと、片倉さんはあるドアの前で止まり中を開ける。

「お待たせしました。これがタイムマシンです」

その中は色々な機械がケーブルでつながって乱雑とした部屋だった。しかし、中心には箱型のタイムマシンではなく、病院にあるレントゲン室で見かける検査機と似ている。

「えっ」を思わず声を上げた。

「これがタイムマシンですか?」

父さんがおそるおそる尋ねる。父さんもビックリしているのだろう。

「ええ、初めて見る人には「これが」と信じられない顔をしています。簡単に言うなら、〈生体エネルギー増幅器〉をより現実的に近づけたものです」

「生体エネルギー増幅器?それは何ですか?」

「二十世紀後半、イギリスのとある発明家が製作したものです。電磁場を使って精神体が肉体を離れ、好きな場所や時代に移動出来るそうです」

「そのマシンは完成したんですか?」

 片倉さんは首を振る。

「ほとんどの人は軽い耳鳴りしかしないようで、実際にタイムトラベルした人はごく僅かだそうです。しかも検証が不可能に近いので、タイムマシンと呼べるか疑わしいです。空良君、荷物をお父さんに預けてそこに横になって」

父さんに荷物を預け、指定されたところに寝転がると、片倉さんは声をかけた。

「頭に特殊なものを被せるけど、怖がらないで」

すると、僕の視界が真っ暗になる。何かを被せられたのだろう。隣でキーボードを叩く音がする。

「よし、空良君、準備は整った。今から君を過去に送る。眠気が襲ってくるけど、ゆっくりしてね」

そういわれても、僕は落ち着くことは出来ない。心臓の鼓動がドクドクと波打つ。突然右手に何か感触が伝わった。

「空良、聞こえるか」

父さんの声だ。

「父さんはここにいる。安心するんだ。今、空良に言えることは、見たこと、感じたことを脳に焼き付けること、ただそれだけだ」

 父さん、と言おうしたけど、急に眠気が襲い、それどころではなかった。



 僕が目を覚ました時、ザワザワとした声が聞こえ始めた。ここは何処だろう。先程まであの施設にいたのに。

ふと馬の鳴き声が聞こえた。声のする方向に目を向けた時、目の前にひづめがあった。蹴られる、と思い咄嗟に目をつぶったけど、当たった感触がしない。おそるおそる目を開けると、そこにひづめはなく、後ろを振り向くと馬車が通りすぎて行った。

どこからか、ボロボロの灰色の服を着た子供がこちらに走って来た。その子供が僕の目の前で転ぶ。すると、後から来た女性が子供の髪をつかんだ。

その瞬間、子供と僕の目が合った。碧眼だった。女性が怒鳴っているけど、言葉が通じない。僕は声をかける。

「ちょっと待って下さい。何で子供を捕まえているんですか?」

 ところが、二人はこちらを無視している。いや、気付いていない。もしかして、と思い子供に触れてみた。すると、僕の手が子供の身体をすり抜けた。触っているのにまるで煙をつかんでいるようだ。

 僕は呆然とした。突然ブルブルと震えがきた。僕ではない。今気づいたが、ポケットに入っている何かが震えているのだ。

ポケットから取り出すと、僕がいつも使っているスマホだった。おそるおそるタッチする。

「空良君、空良君聞こえるかい?」

 片倉さんの声だ。僕は声をかける。

「片倉さん、ここってもしかして・・・」

「そうだよ、君が指定したコティングリー村だよ」

 僕は周りを見る。市場なのか、店の人が歩いて来る人に声をかけている。放置しているのかレンガ造りの家には大きな亀裂があった。服はあちこち破れ、洗っていないのか泥がこびり付いている。

「正確にはコティングリー村の中心部だよ。今は朝になっているから、ちょうど集まっているんだ」

「本当にすごいですね」

 この気持ちを誰かに伝えたくてうずうずする。もっと何か言いたかったけど、何を言えばいいのか思いつかない。

「片倉さんは見えているんですか?」

「ああ、君の視点から見ているよ。ちなみに君のお父さんは君の隣にいる。私は別室のモニターにいるよ。話を戻すけど、今から妖精を目撃したコティングリー渓谷に案内するね。地図は今表示するよ」

 すると、画面が地図の表示になった。おそらくコティングリー村の地図なのだろう。僕は、スマホの地図を頼りに足を進めた。

 市場を抜けると広大な畑が現れた。これほど広い畑は見たことがなかった。既に収穫が終わったのか、刈り入れた跡が残っている。

ようやく森らしきものが見えてきた。

「空良君、この先がコティングリー渓谷だよ」

 森に近づいてみると、手入れが全くされておらず、草や枝が森に入ることを拒んでいるように思えるくらい荒れていた。

楽に進める方法はないかと辺りを歩いていると、小さな獣道を見つけた。しかも誰か通ったのか、小さな足跡がある。

「これは動物の足跡ではないね。たぶん妖精の写真を撮ったエルシーとフランシスだよ」

 僕もその獣道を通ることにした。何回も通っているのか、枝は折れているし、草も踏みつけられている。

獣道の向こう側から子供の笑い声が聞こえた。笑い声のする方向に行くと、そこには二人の女の子がいた。

金髪で小柄な女の子は小さな箱のようなものを使っていて、茶髪で背が大きい女の子は小さな滝を背景に座っている。いや、彼女の近くの枝に何かが留まっている。片倉さんが言った。

「ああ、今写真を撮っているところなんだ。写真を撮っている子はフランシスで、座っている子はエルシーだ」

 エルシーに近づいてみると、留まっているものは妖精ではなく、厚紙で書かれた妖精だった。しかも、ピンでずれないように固定されている。フランシスが声をかけると、エルシーは頷きじっとした。写真を撮っているのだろう。

写真を撮り終わると、エルシーはフランシスに近づき互いに笑った。この写真で、親に妖精がいると見せびらかし、どんな反応をするのか楽しみなのだろう。

「二人とも楽しそうですね」

「ああ、エルシーとフランシスは妖精が・・・・結局他の人が・・・・・巻き込まれたから・・・・・・」

 どうしたのだろうか。先程からノイズがはいっている。

「片倉さん、何があったんですか?」

片倉さんも気が付いたのか、僕に声をかける。

「空良君、こっちに・・・・・応答し・・・・・」

 ブチっと嫌な音がした。片倉さんの声が聞こえない。何度もボタンや画面をタッチしても変化がない。

「何が起きたんだろう?」

 僕が呟いた時、突然二人の笑い声が消えた。咄嗟に二人のいる方向に目を向けると、何故か黙っている。いや、二人そろって口に人差し指を立てて黙っている。まるで何かが来るのを待っているかのように。

風が吹いていないのに、森がざわつき始めた。僕は周りを見回した。妖精がこの近くにいるのではないか?この不可解な現象は妖精の仕業ではないのか?そう思わずにいられなかった。

すると突然、僕の目の前で何かが光った。ホタルのように小さいけれど、僕の周りを飛び回った。これが妖精なのだろうか。それに僕の姿をしっかり認識している。

エルシーとフランシスは気付いたのか、こちらに近づき、光る物体を捕まえようと必死に手を伸ばしている。だけど、蚊のように飛び回るのでなかなか捕まえることが出来ない。捕まえるのは無理だと思ったのか、フランシスはカメラで地面を這う光る物体を撮った。

光る物体はそのまま森の奥に逃げ込む。エルシーとフランシスも追っていく。僕も二人の後を追おうとした。突然、頭にズキンとした痛みが襲った。何とか立ち上がろうとしたけど、頭の痛みが大きくて動くことが出来ない。僕はそのまま気を失った。




 僕が目を開けると、ぼんやりと二つの顔が見えた。目を擦ってもう一度見ると、父さんと片倉さんがそこにいた。

父さんは安心したのか、頭に浮かんでいた汗をハンカチで拭いた。片倉さんは誰かに「もう大丈夫です。すぐに手配を」と頼んでいた。

僕に何が起きたのか分からなかった。声を出そうとしても、上手く口を動かせない。しばらくして「何が起きたの?」と声を出すことが出来た。片倉さんが言った。

「通信が切れた後、突然エラーが発生したんだ。もしこのまま続いたら、君が死んでしまう。だから、急いで君をここに呼び戻したんだ。今だるいと感じているのは、その時の影響だ。本当に申し訳ない」

 片倉さんは頭を下げた。父さんの目は冷ややかだ。これまで怒られることがあっても、これほど怖いと感じたことはなかった。僕は逃げるようにそっと目を閉じた。

 目を閉じた後も、父さんと片倉さんは話していた。だけど、僕は無視した。あの時の光景が頭から離れず、未だに興奮しているからだ。

この思い出は例えどんなことがあっても決して忘れないに違いない。これは僕の大事な宝物だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コティングリーの妖精 燕谷 智則 @tubatanitomonori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る