クローンは追い詰められると現実逃避にわけのわからないことを考える

 というか、あらためてなんでこんなことになってるんです?

 ただの不純異性交遊であの上司がこんなにも怒るでしょうか?

 少し前に下っ端さん達が似たようなことやってたらしいのですけど、その時は特になんのリアクションもなかったような?

 なんで私と同僚さんにだけこんなに怒るのです? なんで見逃してくれなかったんでしょうか?

 あの時同僚さんは私が聖女と同じ顔で同じ形の女だから、他人に好き勝手されれば怒り狂うだろうって言ってましたけど……怒りすぎではないでしょうか。

 ……というかこれひょっとして、かの有名なあのセリフを言うべき場面なのでは?

 例の、あの……『私のために争わないでください』っていう……

 いえ、よりによって私が? こんな私が?

 私がもし聖女本人であったのなら、そのセリフはこの現状にとてもお似合いでしょう。

 ですが私はただのクローンです、偽物です、模造品です、価値など地の底のモブ以下です、ついでに割と残念なゲームオタクです。

 そんなご大層なセリフを叫べる身分ではないのです。

 だって私ですよ? 見た目だけ同じなだけの偽物なのですよ?

 叫んだところでお前は何を言っているんだ状態です。

 いや待ってください、発想を変えましょう……むしろ、これは逆なのでは?

 上司と同僚さんは昔馴染みだと聞いたことがあります、仲が良いというわけではないのですが、上司側からすると同僚さんは教団の中ではまだ信用の置ける部下であるようでした。

 なんというか、扱いが私とか先輩方に比べるとちょっと甘いんですよね。

 上司は私にはセクハラじみたパワハラをしたり、先輩方にはとんでもないパワハラをしているのですが……よくよく思い出してみると、同僚さんにそういうのをやっているのを見たことがないような……

 つまりこれって…………びーでえるな展開だったり……?

 そういえば……信者のおそらくそっち系の娘さんたちが、あの二人はデキてる、って噂してましたっけ。

 …………。

 出来損ないのクローンの扱い方でこうなったと考えるよりもずっとしっくりきてしまったのですが、どうしましょうか?

 い、いえ、待ってください、そもそも上司は聖女にホの字なのです、それは確かに間違い無いのです。

 ……そうするとあれですかね、ブロマンス、でしたっけ?

 というかそもそも優秀な部下が出来損ないのクローンに溺れているっていうのが普通に気持ち悪いということなのでは?

 ……それ、ですかね。

 一人で勝手に納得しました。

 ……多分それで正しいのでしょうけど、昔馴染みの上司と部下のベーコンレタスとか、好きな人多そうですね。

 実は少し前からSNSを始めたのですが、絵が綺麗だなーと思ってフォローした人が軒並みそっち系での人でして。

 なんとなく発想がそっち寄りになっているような……?

 そっち系の人のフィルターで見たら、私はきっとていのいい噛ませですよね、多分あっさり殺されてお役御免の。

 現実逃避にそんなことを考えて、いっそこれで一筆書いたら神絵師の燃料になったりしないでしょうかとか考えていたら遠くから声が。

「おい、スクラップ!! 聞いてんのか!!?」

「ちょっと、一体これはどういうことですか!!? 何故二人が戦っているのです!!?」

 顔を上げると思いの外近くに先輩方が立っていました。

 遠巻きに下っ端さん達も集まっていることも確認します。

「え、ええとですね……これは……」

 なんて説明すればいいのか、咄嗟に頭が真っ白になって、次に私の口から飛び出してきたのはこんな感じの妄言でした。

「噛ませの私がいらんことして二人の仲を引き裂いたせいで殺し合いに……?」

 違う、それはフィルターを通してみたらそうなるんだろうなという妄想です。

「「は?」」

 先輩方が綺麗にハモりました。

 ついでに阿呆なことを言うなと蔑み混じりの視線で睨まれました。

「えっと今のは違くてですね…………同僚さんの不純異性交遊にキレた上司が、急に即死級の禁術ぶっ放してきて、そのままなだれ込むように殺し合いになったのです……!!」

 慌てて正しく説明し直している途中で、異様に静かになっていることに気付きました。

 視線を恐る恐るスライドさせると、いつの間にか殺し合いを中断していた同僚さんと上司が私の顔をすごい顔で睨んでいました。

 嫌な予感しかしません。

 ちなみに同僚さんは全体的に細かい傷だらけで、上司は腕と脚にそれぞれ深い切り傷を負っていて喉になんらかの呪詛を喰らっているようでした。

「す……すみません、急用を思い出したので帰ります……」

 三十六計を決め込もうと思ったのですが、そういえば腰が抜けていたのでした。

 立てません。

「おい、何? 今の?」

 いつの間にか私のすぐ目の前に移動していた同僚さんに恐ろしい顔で睨まれました。

「すみません言い間違えました」

「お前今までそんな風に思ってたの?」

「思ってないです現実逃避の妄言なんです忘れてくださいなんでもないんです……」

「……………………へえ?」

 すごく冷たい目で睨まれました。

 あと同僚さんの背後の上司も似たような目で睨んでくるので怖いです。

 うまいこと逃げられないかともぞもぞ動きますが、足腰に力が入りません。

「なに? お前立てないの?」

「腰が抜けました……」

「ふうん」

 同僚さんが何故か唐突にとてもいい笑顔を浮かべました。

 あ、殺されますかねこれ。

 割と本気で死を覚悟して、思わず目を閉じました。

 身体がふわりと浮きました。

「……?」

 おそるおそる目を開けたら、同僚さんに抱きかかえられてました。

「ほんとしょうがないなあ、お前は」

「……ごめんなさい」

 いわゆるお姫様抱っこ状態で謝った直後に騒動に集まってきた先輩方とか下っ端さんに注目されていることに気付きました。

 気まずい……

「おい、何事だ?」

 ざわつく周囲の音を一刀両断するような凛とした声に顔を上げると教祖の娘様がこちらにパタパタ向かってくるところでした。

 教祖の娘様は同僚さんと上司の殺し合いの余波でめちゃくちゃになったそこら辺を見て、絶句したのち眦を吊り上げました。

「おい、誰が何をしたらこうなる?」

「俺とそいつです。さっきまでやり合っていた余波でそうなりました」

 そいつ呼ばわりされた上司の殺気が強くなりましたが、何故か何も言いませんでした。

 ……よく見たら上司が喰らっている呪詛はどうも声を封じる類のものであるようです、それもすごく頑固そうな感じの。

 だから静かだったんですね。

「……なんとなく察したが、なんだって喧嘩になった?」

「物陰で愛しい恋人を抱きしめてたらそいつがひがんできたんです。……それでいきなり即死級の魔法をぶっ放してきたので、仕方なく応戦を……」

 上司が喋れないのをいいことに同僚さんは好き勝手言い始めました。

 というかほぼ真実なのですけどね。

「仕方なくは嘘だな。貴殿のことだ、どうせ嬉々として応じたのだろう?」

「さあ、どうでしょうか?」

 同僚さんは飄々と誤魔化しました。

 教祖の娘様は深々と溜息をついた後、腰から硝子細工の指揮棒を抜いてバッと振りました。

 ぐちゃぐちゃになっていた地面とか、攻撃の余波を喰らって葉が散ってしまった木々が元どおりになりました。

 流石です。

 心の中で拍手喝采を送りました。

「まあ、いずれこうなるんだろうなと思って問題を先送りにした私も悪い、か」

「いいえ、貴方様にはなんの落ち度もありません。全てそいつが悪いのです」

 同僚さんが全部上司のせいにしようとしている……

 その方が私にとっても都合はいいのですが……果たして本当にいいのでしょうか?

「……本当に全部か?」

「ええ。……多少こちらも煽りはしましたが冗談程度でした、あの程度で本気で殺しにかかってくるそいつの人格に重大な問題があるかと」

 言いたい放題ですねこの人……

 いっそ清々しいです。

「本当に冗談程度だったのか? 何を言ったんだ?」

「お前にとっては大した価値のない聖女のクローンの出来損ないに俺が何しても問題ないだろうって言いました」

「……すごい悪役っぽいセリフだな?」

「端折りましたからね。これの少し前に俺にとってはただの可愛い女だけど、と言っていたのですが……それでも悪役っぽいですか?」

「ふむ……他には何か?」

「意識して煽ったのはそれくらいです」

「無意識で煽っている可能性がすごく高そうな気がするのだが?」

「さあ、どうでしょうか?」

「……ちなみに、『何しても問題ないだろう』の何をしてもって具体的には何をするつもりで言った?」

「…………具体的にいうと18禁になるので詳細は控えさせていただきます」

「それだ」

 教祖の娘様は深々と溜息をつきました。

 それからしばらく教祖の娘様は『あー』とか『うー』と唸っていました。

「……貴殿らのことは前々から知っていたし、おしか…………普通に応援したいと思っているんだ、私は」

 おしか、ってなんでしょうか?

 推しカプ……? いやまさかそんな世俗にまみれた言葉をこのお方が使うとは思えませんし。

「ありがとうございます」

「礼を言われる謂れはない。だから今回のことに関して、貴殿達に関してはお咎めなしにしたい……したいのだが…………しても問題ないよな?」

「そうしていただけるのであれば、とてもありがたいです」

 同僚さんは深々と頭を下げました。

 私も一緒に下げておいたのですが、抱えられた状態だったのでうまく下げられませんでした。

「い、いいんだよな……だって別に浮気とか不倫ではないのだし……正式に付き合っているのだし……」

 教祖の娘様は何かに迷うような様子でしばらくぶつぶつ呟いていましたが、唐突にきりりとした表情で顔をあげました。

「よし。この後事情聴取はさせてもらうが基本的にはお前ら二人はお咎めなしとする。あとでちゃんと過去視で状況は確認するが、アレは少々手間がかかるからな……」

「じじょうちょうしゅ……」

 時間がかかりそうなワードに思わず辟易としました。

 今日は早く帰りたかったのに……いえ、どちらにせよという感じではあったのですが……

 過去視使うなら今日はもう解散ってことにはできないのでしょうか?

 ……無理ですかね、状況的に。

 諦めましょうか、色々と。

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