人避けのピアスは鏡の国のアリス風

「お前、本当にいい顔で食べるよね。思わず抱きしめたくなる」

「そうですか?」

 すっかり習慣になってしまった私の家でのお茶会で同僚さんにそんなことを言われました。

「いっつも気の抜けた感じの幸せそーな顔するよね。その顔をポスターにしたら売上が伸びそう」

「そうでしょうか?」

 確かに聖女の顔でそういう顔をしているのであれば、少しくらいは売上が上がるのかもしれませね。

「ところで、前から聞こうと思ってたんだけどそのピアスなんなの? なんでそんなにつけてんの? そういう趣味があると思ってなかったから凄い意外なんだけど」

 と、同僚さんはこちらに手を伸ばして私の右耳に触れました。

「あー……これはただの人避けですよ。髪上げてこの耳を晒すと人が『この女はやばい奴だ』と避けてくれるんです。ちなみにテーマは鏡の国のアリスで病んでる女感を出してます」

 職場では髪を下ろして隠しているピアスまみれでごちゃごちゃの耳を弄られながらプリンをひと匙。

 今日のお菓子は近所のプリン屋さんの濃厚なチョコレートプリンです。

 プリンというよりもほぼチョコレートな味わいがたまりません。

「ふうん、なら良かった」

「イヤホンするのでそれの邪魔にはならないようにしてるんですけどね。でも一応開けられるだけ穴開けてるんですよ」

 こういうのはお嫌いでしょうねと淡々と言ってみたら、別にいいんじゃないのと半ば予想通りの返答が。

「いいと思うよこれ。人避けに使ってるのなら余計に。簡単にどうにかできなそうな雰囲気がちょっとだけ出てるし」

「少し、だけですか?」

 結構限界に近いのですがもう少し数を増やした方がいいのでしょうか、いえもう無理ですねと思いながらもうひと匙。

 いっそ鼻とか舌にも開けてみましょうか、いえ、流石に職場で怒られますね。

「だってお前、元々がめちゃくちゃ簡単にヤれそうな感じだし。ちょっとした手間で簡単になんでもいいなりのダッチワイフにできそう」

「……だっちわいふ」

 チョコレートプリンを噴きそうになりましたが堪えました。

「何? 意外? まさかね。だってお前、顔も身体も極上なのに隙だらけなんだもの。おまけに雰囲気がいかにも弱そうで……死にかけの子猫の方がもう少し頼り甲斐がありそうな感じだし」

「さ、流石にそこまで弱くはないのですよ……!? 一応は一般人よりも強いし性能はいいのですよ……」

「そういうの関係なしに簡単にヤれそうなんだよお前は。見た目も雰囲気も……あの聖女が高嶺の花ならお前は道端の花だよ。誰にでも簡単に踏み潰せそうな脆くて可愛い白い花……汚そうと思えばいくらでも汚せそうだから、めちゃくちゃにしたくなる」

 なんなら今すぐ犯してやろうかと言われたので首を横に振っておきました。

「そういう顔しないでよ。冗談だったのになかせたくなってきた」

「冗談ならよかった……よかったんですかこれ……?」

「さあ、どうだろうね」

 右耳を弄りながら同僚さんは薄く笑いました。

 触り心地は絶対に良くないと思うのですが、何が楽しいのでしょうか?

「でもこのピアス、威嚇っていうよりもマーキングみたい」

「マーキング?」

「お前の雰囲気に合わなすぎて誰かに無理矢理つけられたように見えるんだよね、これ……最初に見たとき誰につけられたのかって思ってはらわたが煮えくり返りそうになったし」

「そうですか……?」

 そんな風に見えることもあるのかと考え込みます。

 痛くてやばい女を演出してるつもりなのですが……顔に迫力がないのでしょうか?

 今度やばい女に見えるメイクの仕方でも勉強しましょうか?

「ねえ、この後時間ある?」

「なんの用ですか?」

「新しいピアス買ってあげる」

「……多分これ以上穴開けられませんよ?」

 増やせるならもっとゴテゴテにしたいのですが、割と今ので限界なんですよね。

「……今のを外せばいいじゃん。というか全部付け替えてよ」

「ええ……総入れ替えってことですか?」

「何? ご不満?」

「気に入ってるのがいくつかあって……ちなみに嫌だといえばどうなるんです?」

「……かわりに首輪でも嵌めようかと思う」

「くびわ……」

 首輪はさすがに目立つし隠しにくいですね。

 うーん……ピアス総入れ替えか首輪か……

「どっちがいい? 俺はわかりやすくお前が俺のだって示せれば別にどっちでもいいよ」

 そっけない顔で今度は喉を撫でながら同僚さんは言いました。

「……ピアスでお願いします」

 その日、私の両耳のピアスは鏡の国のアリス風からやたらと刺々しいパンク風になったのでありましたとさ。

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