第38話:奴隷商人の息子は父の演出に舌を巻く


 目の前には、美しく着飾った、三人の女。

 パオリーア、マリレーネ、そしてアーヴィアだった。


 みんな、笑顔で俺を見ている。

 その瞳には涙を溜め、まばたきすると、頬を伝い涙となって流れ出た。

 それを見て、俺も胸が熱くなり、自然と涙が溢れる。


「ど、どうして…… お前たちは商店に連れて行かれたのではないのか?」


 奴隷商店で売りに出されたと思っていた三人が、俺の目の前に立っている。

 しかも、奴隷らしからぬ美しい衣装で着飾っている。


「旦那様。私たちは、今朝、部屋を出た後にご主人様から今後はニート様にお仕えする様に命じられました。嫌なら断ってもいいと言われましたが、私たちはニート様にお仕えすることに異存はありません」


「お前たち……」


 言葉が出てこなかった。カラフルなマーメイドスカートに、キラキラ光るスパンコールがつけられたブラ。そしてシースルーのサリーをまとっている。


「みんな、とてもきれいだ……本当にきれいだ」


 三人の女たちは、満面の笑みでうなづくと俺に駆け寄り、そしてぎゅっと抱きついた。


 もしかして会えなくなるのではないかと不安になったが、こんな形で会えるとは、親父の演出に舌を巻く。

 あの親父、やはり何を考えているのかわからない……



 俺たちは、しばらく抱き合っていたが、改めて親父に礼を言うために離れた。

 女たちも膝をつき、胸に手を当て頭を下げる。


「ありがとう、父さん。この三人を俺に贈ってくれた計らいに感謝します」


 にこりとした親父は、うんうんと頷いている。


「でも、なぜ言ってくれなかったんだ。知っていれば街まで俺は行く必要がなかったのに」

「まぁ、その……お前を驚かしてやろうと思ってな。だが、隠していたわけじゃないぞ。言葉の端々にヒントがあったはずじゃ。落ち着いて聞いておれば気づいたのに、相当焦っていたようじゃな」


 ヒント? どんなヒントだろ。気づかなかったよ。

 確かに、俺って焦りすぎてたかもしれない。

 朝からアルノルトの様子がおかしかったから、ひょっとしたら俺に内緒で売られたんじゃないかとか、ネガティブなことばかり考えていた。

 ネガティブな心が俺を間違ったほうへ走らせたのかもしれない。

 冷静さを欠いたことに恥ずかしくなる。本当に迂闊うかつだった。


「この屋敷には馬車は一台しかないと言っただろう? それをアルノルトが買い物に使っていると。では、奴隷たちはどうやってダバオの街まで行くのだ? 行けないじゃろ。ここにこの子たちはずっといたのさ」


 一台しかない……そういえば言っていたよな。たしかに。


「それを早く言ってくれよ!」

「言おうとしたさ。しかし、お前が飛び出して行ったんだ」


 人の話は最後まで聞けってことだね。ごめんよ、親父。


「アルノルトは、隣国のアルーナの街のほうへ、この者たちの衣装を買いに行ってもらったが、まさかお前が追いかけて行くとは思わなんだぞ」


 マジか。それくらい言って欲しかったけど、俺が聞いてなかっただけなのかも。

 わざわざ、隣町にまで衣装を買いに行くとは、手が混みすぎだろ。

 昨日、思いついて、すぐ実行するあたりは、さすがとしか言いようがないが。


 もう一度、着飾ったパオリーアたちを見た。本当に美しい三人だ。

 ずっと、貫頭衣チュニック姿しか見ていなかったから、美少女たちの美しさがさらに際立っている。

 労働で鍛えている肉体がさらに美しさを倍増させていた。


 三人も俺の方を見て、やさしい表情で頷いている。


「じゃあ、奴隷を出荷するという話は? ジュンテは、必ず奴隷は出荷されると言っていました。もしかして、この後、パオリーアたちを商店に連れて行くのですか?」


 親父は、首を横に振ると言った。


「ジュンテにも、今朝の早い時間に伝書鳩で伝えていたさ。別の奴隷を出荷するとな」


 俺は、店主ジュンテの言葉をもう一度思い出していた。

 たしか、俺が「俺が買う、親父とは話がついている」と言った時、「存じ上げています」と答えた。すでに知っていたってことか。

 あの野郎、黙っていやがったのか。いや、俺が気づかなかっただけだ。

 あの、でっぷりと肥えたジュンテの得意げな顔を思い出すが少しも腹が立たなかった。


「女神の御神託に逆らうことにならなかったのですか?」


 素朴な疑問だ。あれほど、パオリーアたちの出荷を進めようとしていたのに、なぜ急に俺にくれるってことになるのだ?


「あれか。あれは、もう一度やってみたんじゃ。三回もやったら、さすがに女神様も呆れてしまったんじゃないかな。でも、バチが当たることもなかろう」


 おいおい、女神の信託を三回やり直すって、すでに冒涜してるだろうに。

 それをバチが当たらないと思っているあたり、この親父も相当なポジティブ人間だわ。



「ありがとうございます。こんなサプライズまで用意していただいて。精一杯頑張らせていただきます」


 その後、粛々と引き継ぎ式は進み、俺は晴れて奴隷商人となった。

 実感はまだないけど、なんとかなるさ。


 さぁ、みんなで裏庭で祝杯をあげるぞ! バーベキューだ!

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