第37話:奴隷商人は後継の儀を受ける
昼を過ぎてから屋敷に戻ると、入口で正装した親父が立っていた。
いつもよりも気合が入っている。
会合は昼からだと聞いていたが、まだ始まっていないのだろうか。
「遅くなってすみません、父さん。帰りの馬車の手配に手こずってしまいました」
俺は、遅れたことを詫びると、ニコニコとした親父は、いいんだよと俺に声をかけ、そのまま屋敷へと戻った。
アルノルトも、いつもの白いハーレムパンツとシャツではなく、黒の上下を着ている。
「さぁ、ニート様も着替えてください。汗びっしょりではないですか!」
「ああ、走ったからな。汗を流してくる」
俺は風呂で汗を流すと、急いでアルノルトが用意した衣装を着た。
この国の正装といえば、元いた世界でいうアラビアンナイトのような服だった。
このスティーンハン国が南国だから、この衣装でも違和感がないが金髪の俺が着ると、どうも観光客が粋がって民族衣装を着て歩いているように見える。
アジアの民族衣装って、黒髪が一番似合うんじゃないだろうか。金髪にはどうも似合っていない気がする。
「アルノルト。お客様はもう全員揃っているのか?」
「はい、みなさま、首を長くしてお待ちですよ」
俺は急いで身支度をすると、部屋を出た。
「会合では、俺は何をしたらいいんだ? 何かスピーチすることってある?」
「もちろん、跡継ぎになられるわけですから、抱負を語っていただきとうございます」
抱負……人前でスピーチなんてしたことないよ。大丈夫かな。
大広間に近づくとどんどんと緊張感が高まる。
ドアを開ける前に、立ち止まり大きく深呼吸を数回繰り返しする。
よし、行くぞ!
アルノルトが大広間の扉を開ける。
中は予想に反して、真っ暗だった。なぜ真っ暗なんだろう。
すると、パッと照明がつけられ、室内が一気に明るくなった。
よく見知った顔が数名。それに、知らない人が数人しかいなかった。
それと、前に一人親父が立っているだけだ。
「さぁ、ニート様。こちらにどうぞ」
「ああ……、ところで他の方達は?」
俺の問いを華麗にスルーしてくれたアルノルトは、親父の前へと案内した。
「父さん、これはいったい……」
「いいから、そこで
カラン、カランと鐘の音が鳴り響く。
『これより、当主コンラウス・ソレ様からニート・ソレ様への奴隷商許可の相続の儀を執り行います』
正装したデルトが、高らかに宣言する。
俺は、目が点になり、頭の上にはてながたくさん飛ぶ。奴隷商許可の相続?
跡継ぎになると言ったけど、もしかして今日? 今から?
「ニートよ。今まで、お前はこの小さな屋敷の中で井の中の蛙として育ってきた。私も甘やかしてきたことを悔やんだこともある。だが、わがまましていたお前も近頃は奴隷を大切にするようになり、また商売にも興味を持ってくれた。さらに、大きな改革を手がけ、実行した」
そりゃ、文字通り『心を入れ替えた』わけだから、ドラ息子のニートが、まともになったと親父が感じるのは当然だろう。だが、改革なんて、俺しましたっけ?
おそらく、奴隷の販売方法などのことを指して言っているのだろう。
親父は、まだ何やら喋っている。俺は、親父の言葉に耳を傾ける。
「ニートが立派に育った今、私も隠居したいと思っている。そこで、ニートに奴隷商人の許可状を引き継ぎ、奴隷商人ソレ家の当主となって欲しい。いいかな?」
「ま、待ってください。俺はまだ、何も商売のことを知りません。正直、まだ何もかもが未知数で、これから勉強しなければならないことばかりです。そんな俺に、跡を継がせていいのでしょうか?」
俺は、率直に自分の気持ちを伝えた。
「お前には、まだ覚悟がない、とそう言うのか?」
「はい……覚悟と、突然言われましても……」
「お前は、奴隷たちを大切にしたい、幸せにしたいと願っていると言っていたが、あれは本心ではなかったのかな?」
確かに俺は、昨日親父にパオリーアたちをそばに置いておきたい。幸せにしたいと言ったが、奴隷全体のことを言ったわけじゃない。だが、奴隷たちが苦しみ、悲しんでいる姿に胸が痛んでいたのも事実。
俺は、この国の奴隷制度を変えたい。そう思っている。もちろん、すぐにできるとは思っていない。その足がかりにでもなれればと、思っていた。
「俺は……この国の奴隷制度を変えたい。奴隷制度など、いつかなくなってしまう時が来ると思っています。その時に、俺は、この家も奴隷たちも守らなければならない。その覚悟は、あります!」
にっこりと笑顔になった親父は、うんうんと頷くと俺に言った。
「では、早いも遅いもない。お前にしかできない道があるだろう。成し遂げたいことがあるのなら、奴隷商人ソレ家の当主となってから勉強してもいいのではないか? 遅かれ早かれ奴隷商人にならないとできないことにぶつかる。それなら、今ここで覚悟を決めなければならない。どうだ?」
親父の言うことはもっともだ。俺が、奴隷商会に入り、そして他の奴隷商人も巻き込んで行く方が、おれのやりたいことがやれるかもしれない。
もし、これがチャンスだとしたら、今ここで掴んでおくほうが意味がある気がする。
「わかりました! 若輩者ですが、父さんの跡を継ぎ奴隷商人ニートとして生きていきます」
「そうか……よく言ったぞ、ニート」
デルトが、ニート様は前にお進みくださいと俺を立ち上がらせると親父の方へと案内した。
『これより、奴隷商許可証を授与します』
デルトの声は、静まり返る大広間に、よく響いた。
「ニート様、コンラウス様から受け取ってください」
俺は親父の近くまで進むと、膝をつく。親父から許可証となる羊皮紙の巻物が手渡された。
アルノルトや、コラウス、デルト、そして数名の知らない男たちが拍手をしてくれる。
俺は、恭しく礼をして立ち上がった。親父が俺を抱擁して来る。うーん、男同士で抱擁とかちょっと勘弁。
こっちの世界では、これが標準なのかな。欧米みたいなもんか。
「それでは、ニート様にはいくつかの贈り物がございますので、そのままお待ちください」
デルトはそう言うと、部屋を一度出たアルノルトが何やら包みを持ってきた。
「ニートよ。このノートをお前に渡す。これは、大賢者のサルバトーレ様に教えていただいた女神様のご神託を承る方法が記載されている。これで、奴隷を選択し販売することで私は今まで利益を得てきた。お前にとっても、きっと役立つはずだ。大切にしろよ。そして、これはお前が次の代へと引き継ぐが良い」
俺は、謎の女神様の神託ノートをありがたくいただく。
親父がもったいつけていたが、どう見てもただの紙の束。それでも、こういう親から子へ引き継がれるものっていいね。
「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」
「それでは、もう一点、お渡しするものがあるので、目を閉じてお待ちください」
は? 目を閉じるの?
俺は、言われるまま目を閉じる。入り口のドアが開く音。そして、複数人の足音が聞こえてきた。誰かが入ってきたようだ。誰だろう。
「ニートよ。お前に贈り物だ。わしからのな。目を開いてみよ!」
俺は、目を開き、そして俺の目の前にいる女たちを見た。
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