第16話:奴隷商人の息子は奴隷に好きと言われる
窓から差し込む日差しで俺が目を覚ました。
――――コン、コン、コン
タイミングよく、ドアを叩く音が聞こえる。
「入っていいぞ!」
俺の言葉を受け、アルノルトが部屋に入って来た。
この屋敷の執事で、元は男奴隷。元とはいえ、身分は未だ奴隷だった。
一度奴隷の身分に落ちたものは、一般階級には戻れないということを先日知った。
それでも、親父が奴隷からアルノルトたち三人の男奴隷を執事や召使いに抜擢したのは画期的だと俺は思った。
オールバックにしたアルノルトは細身で長身、見た目はガラの悪いチンピラ風にも見えるが、実は腰が低かった。
親父の世話だけでなく、俺の身の回りの世話もしてくれるため、いつしか彼とはフランクに話せるようになっていた。
「おはようございます。ニート様、朝食のご用意ができました」
毎朝、この一言から始まる。
分かったと返事をし、着替えたのち食堂へ向かった。
朝食は、サラダに芋を蒸したもの。それから木の実、果物が並ぶ。
この世界に来てから、朝と夕食どちらも菜食が多い気がする。
肉っ気がないけど、たまたまだろうか。
こんなに葉っぱや豆ばかり食ってると、虫になってしまいそうだ。
せめて卵焼きか、ゆで卵が食べたい。
朝食には卵が無いと始まらないと思っているほど、元いた世界では朝食には卵を食べていた。
アルノルトにゆで卵か卵焼きはないかと聞いた。
「えっと……、卵はご用意しておりません」
「なんだとっ! 卵が無いってどう言うことだ!」
思わずカッとなり声が大きくなってしまった。
『立場が人を作る』って言うけど、俺もだんだん偉そうになって来たみたいだ。自重しなくては……。
突然怒鳴り付けたもんだから、速攻土下座のアルノルトは、謝りつつも言いにくそうに答える。
「以前ニート様が、卵は嫌いだから見たくないと。卵を出したら容赦しないと仰っておられたので……」
俺そんなこと言ったっけ? あ、前のニートのことか。
とことん前の
もし、アレルギーがあったのなら俺が食ったらどうなるんだろうか……やめておくか。
やっぱり食べたい。もしダメだっら諦めるが、何事もチャレンジだ。
「それがあれほど嫌いだった卵が、急に食べたくなった。明日から卵料理もよろしく頼む」
「かしこまりました!」
向かいに座ている親父が目を細めて、うんうんと頷く。
なに納得してるんだよ、親父さん。
「ところで、奴隷たちの食事はどのようにしているのですか?」
俺は親父に尋ねると、サラダを口に運ぶ途中の親父は食べ損ねてぽろぽろと机の上に落とした。
おいおい、落ち着いて食べようね。
「奴隷たちは一日一食を出してやっている。奴隷たちは、一日中座って過ごしているからそれで十分だろう」
「一日一食ですか……。ですが、これからは奴隷にも使用人と同じく屋敷の掃除や洗濯、その他雑用をしてもらうことにしました。ただ座らせておくのはもったいないですからね」
「使用人なら、すでにデルトやコラウス、アルノルトがいるではないか」
「この大きな屋敷で、三人しかいないのですよ。掃除が行き届いていないところも多いし、そもそも奴隷を閉じ込めていたら病気になってしまいます」
俺は、奴隷を働かせることで健康になり、屋敷も綺麗になると同時に、家事全般ができるように奴隷を躾けることできる。
それに、奴隷の状態が良くなると高く売れるのだと力説した。
ゲームで、奴隷エルフの健康管理、技能を上げるとレベルアップしていたもんなぁ。
現実とゲームでは違うのだろうが、あながち間違ってないと思う。
俺の説明を聞いた親父はそれもそうだと、納得したようだ。
俺はずっと気になっていたことがあった。
初めてアーヴィアを見た時にやせ細った手足に、幼児体型のような腹。
そして虫に噛まれた跡だらけの足。
栄養不足と筋力不足、そして不衛生な環境だ。
おそらく、奴隷小屋の掃除もずいぶんしていなかったはずだ。
匂いもきつい上に不潔だとしたら奴隷にとっても生きた心地がしないだろう。
それに、実際この屋敷は掃除が行き届いていなかった。
昨日この異世界に来たばかりの俺がこんなことを言うのはおかしいのだが、風呂はカビが多く、台所にもカビが生えていた。
ようするに、三階の親父の部屋と俺の部屋以外は、掃除ができていなかった。
「そんなわけで、今日から奴隷たちに仕事を命じましたので、ご承知おき下さい」
「わかった。ニートがそう言うのなら私はかまわんよ」
親父に感謝しつつ、もう一つ気になっていることを尋ねた。
「奴隷たちの名簿がありますか? 一覧になったものがあれば見せていただきたいのですが」
俺は、奴隷たちがどういった経緯で売られたのかわからない。
もし名簿があるのなら書いてある可能性もある。
また、それぞれが得意不得意があったり、字が読めるのか、特技があるのかなど履歴書的なものがあるのではないかと期待して言った。
「そんなものはないよ。奴隷を売りに来る奴らから、年齢を聞くくらいだ。あとは見た目と種族を判断して金額を決めている。売れた者は
ふと、給仕をするアルノルトを見る。
奴隷の足にはめられた
奴隷の足首に装着されたブレスレットのような魔法具を
あれが付いていると奴隷は逃げられないのだそうだ。
だから行動を管理する必要がないのだろう。
そう言えば、奴隷小屋は施錠されていなかったし、檻の出入りも自由っぽかった。
俺は親父から帳簿などがないと聞いて、案外ずさんな管理をしているんだなと拍子抜けした。
王都から奴隷売買の許可をもらってるのも本当か疑わしい。
そもそも商売人なのに、名簿や帳簿がなくてよく管理ができるもんだ。
いや、本当はあるんじゃないだろうか。隠しているだけかもしれない。
昨日、何か書き物をしていたが、それが帳簿なのか……?
「父さん、いろいろ教えていただきありがとうございます」
「いや、いいんだ。そうやって商売に興味を持ってくれて父さんはうれしいぞ」
泣きそうになった親父を見て、前の
もし、前の
だが、あいつが鬼畜だったおかげで、俺は恐れられたりすることも多いが、少し優しくするだけで見る目が変わっていくのもわかる。
ありがとうと言うべきか……
◆
昼間は、主に中庭のテーブルに座って庭の掃除をする奴隷たちを眺めているのが日課だった。
ケモミミやエルフがせわしなく動いているのだ。
女の子たちは、どういうわけか可愛らしい子が多い。
エルフは別格の美しさで、見ているだけで俺の幸福感を満たしてくれた。
愛らしい顔をしているのは、ケモミミの奴隷だ。
特に、猫耳の子は見ているだけで妄想を掻き立てられた。
「何をニヤニヤしておられるのですか?」
いつの間にか隣にアルノルトが立っていた。
「ニヤニヤしていたか? まぁ、奴隷たちを見ていると自然とニヤケてくるんだ」
「そうですか。わかります。私も、彼女たちが働く姿を見ていると嬉しくなります」
おぉ、わかるか! アルノルトも男だな。
「見ろよ。あそこの、猫耳の子。ちょこちょこ歩いている姿を。可愛いだろう? 守ってあげたくなるよな」
「はい、わかりますとも。やはり女性を守ってあげたくなるような可憐な娘がいいですね」
「そうそう……。お前も、分かってるじゃないか。では、エルフはどうだ?」
俺は、花壇で草むしりをしているエルフを指差した。
銀髪のエルフで、腰のあたりまで伸びた髪を後ろで一つに束ねている。横顔がまるで彫刻の女神のように美しい。
「エルフですか……。私は苦手ですね。あの者たちは精霊を使う者や不思議な力を持つ者もいて、何を考えているのか分からないので」
「不思議な力か……でも、俺は可愛かったらいいけどな。あのエルフなんて、めちゃくちゃ美人だろ」
「はい、ですがエルフは見た目で若く見えても年上だったりするので、私はちょっと……」
アルノルトは、本気で苦手なのか眉間にシワを寄せている。
まあ、ひとそれぞれ好みというものがある、仕方ない。
草を抜こうと力を込めたエルフが、勢いづいて尻餅をついて後ろに転ぶのが見えた。
「あっ、転んだ。見ろよ、可愛いだろ。あれだよ、ああいうドジっ子を待っていたんだよ」
「おぼっちゃまの好みやよくわかりませんね。以前は、もっと大人の女性が好きなのだと思っていましたが」
俺はロリコンではないとはっきり言える。
大人の女性も好きだし、色っぽい女性はもっと好きだ。
「色っぽい女も好きだぞ。好みといえば、パオリーアなんて最高に好きだな。ああいう垂れ耳の獣人族はゲームでも珍しいし」
「げーむ? それはなんです?」
「いや、いいんだ。気にするな。ようするに、パオリーアは俺の好みだってことだ」
俺がアルノルトを横に立っていたアルノルトを見ると、ニヤリと笑う。
なんだ?
背後で、ごそっと音がして振り返った。
「ニート様……ありがとうございます……」
目をウルウルさせたパオリーアが立っていた。やばい、聞かれてたのか!
「いや、その……い、いたのなら黙っていないで挨拶くらいしてくれ!」
「も、申し訳ありません! ですが、お話中だったもので……」
俺は、赤面していることに気づき、恥ずかしくなった。パオリーアの目の前で好みだと言ってしまったことを後悔した。
「ニート様にお気に召してもらい、私は嬉しいです。私も、ニート様が……好きです」
あわわわ、マジか。なに、この甘い空間は。これってラブコメか?
冷酷な奴隷商人の息子に、ついこの間までいじめられて虐げられていたのに、好きとか言っちゃうわけ?
「む、無理をしなくてもいい。お前たちが俺を怖がっているのはわかっている」
「いいえ、近頃のニート様が本当にお優しくて、こうやって奴隷たちを見守ってくださっているのも心強いです」
見守っているって、そう見えるのか。
俺がラッキースケベに遭遇しないか女の子ばかり目で追っているのを、パオリーアはそう思ってくれていたのか。
ありがたいけど、どこか申し訳ない気がする。
「何か用事があったのではないのか?」
パオリーアは、ハッと気づいたように身を正す。
「あ、あの……なにか、ニート様のお手伝いがあればと思って……いえ、お話のお邪魔して申し訳ありません」
深々と頭を下げるパオリーアを見て、俺は手伝いなんていいよと答えた。
「ニート様。お茶でもお持ちしましょうか。おい、パオリーアも手伝え」
アルノルトが気を利かせたのか、パオリーアを連れて屋敷へと戻っていった。
パオリーアが、嬉しそうについていく後ろ姿を見る。尻尾が左右にブンブン振れているのを見て自然と笑みが出た。
女の子に好きと言ってもらったのって、初めてかもしれないな。
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