第17話:奴隷商の息子は奴隷の店に行きたい

 この世界に来て二週間ほどたった。

 毎日、特に何をするわけでもなく屋敷にある書物を読み、奴隷たちが甲斐甲斐しく労働をしているのを、ぼうと眺めているのも、俺にとっては至福の時間だ。


 エルフや獣耳ケモミミ娘たちは、いくら見ても見飽きない。

 今しがたも、つい目の前を通るエルフや獣耳娘を目で追ってしまう。

 奴隷たちも俺の視線に気づくと、ハッと驚いた顔をして恥ずかしそうに視線を外す。

 初々しくていいね!


 先ほど、窓を拭こうと手を精一杯伸ばしているパオリーアを見つけたのだが、あろうことか貫頭衣チュニックがずり上がり、可愛いお尻が丸出しになっているところを見てしまった。

 ラッキースケベは、この二週間ほどで何度となくあった。

 目のやり場に困る反面、つい鼻の下が伸びてしまう。


 威厳を見せなくてはいけないのに、気をぬくと顔がほころんでしまう。いかん、いかん。


 少し気になったことがある。奴隷たちがパンツを履いていないのだ。

 この世界にパンツはないのかと思ったら、あるそうだ。

 それはそうだろう。俺も履いている。


 最近、北のほうの国で可愛いパンツが流行っていると、出入りの商人が言っていた。

 なんでも、とても小さいのだそうだ。

 小さいことはいいことだ。大は小を兼ねると言うが、パンツに限ってはそれは当てはまらない。

 布面積の小さいパンツこそ正義なのだ!

 心の中の雄叫びに合わせて、知らないうちに手を挙げていた。


「はいっ! すぐ参ります! お呼びでしょうか?」


 アルノルトが、駆け足で寄ってくる。

 いやいや、呼んでない、呼んでない。慌てて手を振り静止する。


「こっちに来なくて良い!」


 怪訝な顔をしたアルノルトが来た道を引き返した。

 ときどき振り返って見てくるが、呼んでないから!


 とりあえず、その小さなパンツとやらが見てみたい。



 ◆


 その日の夕飯の時、親父に街へ買い物に出たいと申し出た。

 アルノルトが、必要なものは買ってまいります、なんてしゃしゃり出てくるものだから、邪魔するなと怒鳴り付けたけど、親父も心配して渋るもんだから困ったものだ。


 それでも、どうにか説得し街に出ることを認めてもらった。


 お供に誰かを連れて行きなさいと親父が言うので、道案内にアルノルトを、荷物持ちに奴隷から一人を選ぶことにした。

 奴隷を外に連れ出すためには、奴隷環スレイブリングを外す必要があるらしい。

 付けたまま敷地の外に出ると逃亡とみなされ魔法で八つ裂きにされるそうだ。

 そんな恐ろしいものを足に付けて、よく生活できるものだ。

 一度、奴隷に聞いてみたが足環リングは、あまり気にならないらしい。

 魔法道具だからなのかな?


「アルノルト。街に連れて行く奴隷を選ぶのだが、誰が適任だと思う?」


「荷物持ちでしたら、腕力がある者がよろしいかと。獅子人族か犬人族あたりが適任と思います」


 ここ二週間ほど、夜のご奉仕はエルフにお願いしているので、しばらくマリレーネにもパオリーアにも会っていない。

 掃除をしている光景は見かけるのだが、話しかける勇気も話すタイミングも取れないでいた。

 特に、パオリーアは俺の顔を見ると、目を背けるようにして後ずさりするもんだから嫌われているとしか思えなかった。


 この前、好きって言ってくれたのに……

 いったい、俺が何をしたというのか。

 知らず知らずのうちに傷つけたのかな。


「犬人族というと、パオリーアか。あんな美人を連れて街を歩くって大丈夫だろうか?」


 俺は、この世界に来て一度も街に出たことがない。

 だから、街の治安や街の様子を知らなかった。

 もしも、ならず者だらけの街だったら美人さんのパオリーアを連れて歩くと、彼女に絡む輩がいるかもしれない。


 奴隷商人がいるような世界だ。悪い奴がゴロゴロいてもおかしくないだろう。



「ニート様。街には町娘や商人の娘も多く働いていますし、自警団もいますのでそれほど心配することはないかと。もしも、何か危険なことがあった場合は私が命をかけてお守りいたします」


 アルノルトが守ってくれるとは言うが、どう見てもこの男は強そうに見えない。

 何か武道の心得でもあるのだろうか。


「ちなみに、アルノルトは強いのか? 奴隷になる前は何をしていたんだ?」


「強いかと聞かれるとお答えに窮します。なにしろ私は戦ったことがありません。その……貧しい村で育ちましたので畑を耕したり、魚を釣って売って生活していました」


 ようするに、弱いのね。アルノルトは護衛には向かないと……

 でも、この人の性格なら盾になって守ろうとしてくれるだろうから、なんとかなるだろう。

 それに、自警団がいるって言っていたもんな。


「奴隷商店にも立ち寄ってみたいが、いいか? 事前に予約がいるか?」


「ニート様は奴隷商会ギルドの長のご子息です。店に出入りは自由でございます。本日、奴隷商店へ奴隷が一人出荷されることになっていますので、一緒に奴隷商店までご案内します」


「出荷があるのか……ではさっそく、パオリーアを呼んでくれ。あの娘を連れて行く」


 小さく頷いたアルノルトは、さっそくパオリーアの部屋に行き、身支度をさせて連れて来た。

 身支度といっても、貫頭衣はそのままで、裸足から草履を履いた程度だ。


 奴隷って丸わかりの格好だけど、服はこれしかないし可哀想だけど仕方がないか。


 頭からすっぽりと被っただけの貫頭衣は、無地で胸元も大きく開いている。

 パオリーアは巨乳だから、いやでも目につく。

 金色の髪は美しく、背中まで伸びているがブラッシングしていないので、寝起きの女みたいにだらしなくも見える。


「アルノルト。ブラシをパオリーアにかけてやりたい。持ってきてくれ。それと布の紐はあるか? 帯にしたい。できれば色がついたものがあればいいのだが」


「はい、かしこまりました。すぐにお持ちします」


 俺とパオリーアは、一階のテラスに置かれた椅子に座る。

 たまに、この場所で茶を飲みながらのんびり読書をしているのだが、広い庭には樹木や美しい花などが植えられ、俺にとっての癒しの空間になっていた。

 この場所で奴隷たちが花ガラを摘み取ったり、雑草を抜く作業を眺めているだけの日もあり、スローライフを満喫する場所なのだ。


 パオリーアは手持ち無沙汰なのか、下を向いてジッとしていた。

 顔はよく見えないが緊張しているようだ。

 最近の俺は奴隷に怒鳴ったりしていないのに、まだこのように緊張しているところを見ると、以前の俺はかなり酷いことを彼女にしたのだろう。

 トラウマになっているのかもしれない。


「パオリーア……」

「……はっ、はい!」

「悪いが荷物持ちとして街へついて来てくれ」


 目も合わさずに、わかりましたって言われても、イヤイヤ連れていくようで落ち込む。

 奴隷だから外に行くと言うと喜ぶと思ったんだけど、これは俺の独りよがりだったか。



 アルノルトが戻ってきたのでブラシをかけてやる。

 パオリーアの髪はブラシを一度もかけていなかったようで絡み、縺れてブラシがなかなか通らずに苦労した。

 それでも、一通りブラッシングすると艶やかな髪がサラサラとなって風に揺れる。


「うん、とっても美人だ。これなら街の男たちもきっと色めき立つぞ!」

「あ、ありがとうございます……」


 頬を紅潮させたパオリーアは、うつむいたままお礼を言う。

 嫌われていたようだが、機嫌が治ったみたいで良かった。


 アルノルトが用意した赤い紐を手にすると、パオリーアは緊張して身を固くして立ちあがった。

 そっと、腰に手を回し、貫頭衣の腰の上あたりに紐を巻きつけ帯とした。

 帯でキュッとくびれた腰が強調され、バストも見事に持ち上げられて、彼女のスタイルがより魅力的になった。

 帯を付けられた本人は、俺が腰紐をつけて引っ張って歩くのかと勘違いしたようで、固く目を閉じていたが、帯だと気づくと嬉しそうに微笑んだ。


「ニート様ありがとうございます」


「ああ、とてもよく似合う。これなら街に出ても奴隷には見えないだろう」


「はい……」


 膝をついて礼を取るパオリーアの腕を取って立たせると、出発まで待っていろと伝えた。


「アルノルト。俺は金を持っていないのだが……その、俺が使える金はあるか?」


「もちろんです。後ほどお持ちいたします」


 それならよかった。これまで金を持ったことがないため心配していたのだ。

 部屋の中を探して見ても財布らしいものがなかったからな。

 この家から一歩も出ない生活だったから必要なかったのだろう。


 その後、アルノルトから金の入った皮袋を渡された。中には銀貨と金貨が入っている。

 この国の貨幣制度はわからないが、金貨が入っているということは値段の心配をして買い物をする必要はないだろう。

 さすが、奴隷商人の御曹司だけのことはある。

 親が金持ちというのは、生まれた時から優遇されているってことだもんな。

 日本にいるときは、中流家庭だったので、何か欲しいものがあるときは数ヶ月貯金したりバイトしたりしていた。

 こちらの世界でも、できれば親の脛をかじらずに自分で金を稼げるようになりたい。


「ニート様、そろそろ出発の時刻です。奴隷を一人商店へ運びますので一緒にあちらの馬車へ」


「わかった。パオリーア、行くぞ!」


「はいっ!」


 俺たちは、ダバオの街にある奴隷商店へと向かった。

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