第15話:奴隷商人の息子は奴隷に誤解されている①
俺がこの世界に来たときに見た奴隷たちの悲壮感は酷かった。
ボロ布をまとい、小汚い体で、匂いも強くて鼻をつまみたくなるほどだった。
それでも、風呂に入らせ、清潔な部屋を与えて少しはマシになったはず。
廊下を歩いていると、床に這いつくばって雑巾掛けしているエルフがいた。
長い耳に綺麗な銀髪はストレートで、体の動きに合わせて揺らぐほど軽く見えた。
ゲームでさんざんエルフには
ただ、しばらく床掃除に励むエルフを見ていた。
「ふぅ、疲れた……床掃除って、手で拭かないとダメなのかなぁ……」
エルフの独り言が聞こえる。背後に俺がいることに気づいていないようだった。
驚かせてもいけないので、しばらく俺はその場で立って見学することにした。
貫頭衣の丈が短いもんだから、四つん這いになると、大事なところがギリ見える。
これはこれで、ラッキースケベで嬉しいんだけど、奴隷たちはいつもノーパンなのが気になる。
ちらっと見えるのはパンツであって欲しい。
できることなら純白のパンツ。ピンクでも水色でもかまわない。
水玉でも、いちごパンツでもいい……ってパンツならなんでもいいのかよ! と一人ツッコミして笑う。
その時、俺の笑った声が聞こえたようでエルフが振り返った。
目をまん丸にして、口を丸くして驚いている。
「あっ! ああああああぁ!!」
言葉にならない声を出しながら、後ずさりしている。
おいおい、そんなに怖がらなくても……何もしないし。以前の鬼畜ニートじゃあるまい。
恐怖に引きつった顔をしたエルフの奴隷は、俺の方を向いたまま少しずつ後ろに下がっている。
気が動転して言葉も出ず、恐怖で逃げようとしているようだった。
ふと、彼女の後方を見ると、階段になっていることに気づいた。
あぶないっ!
「おいっ、止まれ! 落ちるぞ!」
俺は、慌てて彼女を追いかけて、肩に手をかけようとした。
その時、キャッ! と小さな悲鳴を上げ、足を踏み外したエルフは階段を後ろ向きで転がり落ちた。
ドドドっと足音が聞こえ、振り返るとアルノルトが走ってくる。
いいところに来た、女の子が落ちたのだ、助けてやってくれと言おうとしたところ、睨まれた。
「おぼっちゃま! 何も突き落とさなくても!」
「い、いや……俺じゃない! 俺じゃないんだ!」
つい、俺は否定してしまったが俺は何もしていない。
しかし、この場でそんなことを言っても言い訳にしか聞こえない。
「おぼっちゃま、お許しください。何があったかわかりませんが、この娘も怪我をしていますから」
階段を数段降りた先の踊り場に女の子が腹を抱えるようにして寝転がっている。
アルノルトはエルフの子を抱き上げると、俺に会釈をしてから急いで階段を降りていく。
「待ってくれ……俺じゃない。聞いてくれ、俺は突き落としていない!」
そう声をかけた時には、すでにアルノルトはエルフの少女を連れてどこかに行ってしまった。
実に後味が悪い。あの様子では、完全に俺があの子を突き落としたと勘違いしているだろう。
ダメだ、なんで俺は自分のことばかり心配しているんだ。あの子の心配をしないといけないだろう。
なんてことだ。俺ってこんなに薄情な男だったんだ。
しばらく、放心状態で俺はその場に立ち尽くしていたが、部屋に戻ることにした。
気軽に奴隷に声をかけないほうがいいのかもしれない……
◆
場所は、ソレ家の屋敷の二階にある奴隷たちの部屋。
エルフばかりが入っている一室。
「ねぇ、聞いた? あの子をニート様が突き落としたそうよ」
一人のエルフがベッドで眠っているエルフを見て言った。
階段から落ちて、そのまま気絶して未だ目を覚ましていないエルフは、先ほど階段から足を踏み外して転落してしまった奴隷だ。
「え、どうして、そんなこと……あの子、何かしたの?」
同じ部屋に住むエルフの少女が、立ち上がるとベッド脇に来て言う。
二人で眠っている少女を見て、スヤスヤと眠っていることを確認すると、壁際のソファに座った。
「なんでも、廊下の拭き掃除をしていた時にニート様にお尻を向けていたらしいの」
「そんなことで? でも、誰がその場面を見ていたの?」
「さっき、あの子が目を覚ました時に教えてくれたわ。まだ朦朧としていたから詳しくは聞けなかったんだけど……」
はぁ……と大きなため息をついたエルフの二人は、しばらく無言だった。
現在、この部屋にはエルフだけで四人が住んでいる。全員が十五、十六歳程度と皆が若い。
エルフは長寿のため、成長が遅くいつまでも美しい姿のままで生きていくため、奴隷として購入する客たちには人気だった。
エルフの売買はお金になるため、奴隷商人はエルフを大切に扱う。
ニートでさえエルフには手を出さなかった。
「最近のニート様は獣人族の奴隷にはやさしくしていたけど、エルフに厳しくなったのかしら」
「どうだろう? でも、以前のように鞭を持ち歩いていないし、暴力も見かけないよ」
その時、もう一人の同居人であるエルフが戻って来た。
「ねぇ、どこに行っていたの? 大変なことが起きたっていうのに!」
部屋に戻るなり、問い詰められたエルフは、キョトン顔で二人を見返す。
そして、後方のベッドで眠るエルフを見た。
「あの子……何かあったの?」
「うん、実はニート様に階段から突き落とされたの」
「まあっ! 大丈夫なの? 怪我はないの?」
アルノルトが、骨が折れていないか傷を負っていないか確認して体に異常なしと伝えていた。
しかし、頭を強く打ったようで眠ったまま、起きそうにない。
「事情はわかったわ。お尻を向けたからって……。ニート様が背後から忍び寄ったんでしょ?」
「そうみたい。あの子が、まったく気がつかなかったって言っていたから……」
その夜、エルフの一人が隣の部屋の奴隷へ、そしてまた奴隷へと話が伝播していったのだった。
もちろん、尾ひれが付いたのは言うまでもない。
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