第35話 肥大する身体

「レメディオス様ですか?」

 後ろから高い女の人の声が聞こえた。振り返ると、茶色の服を着て、体が半透明に透けた赤色の神の女性が立っていた。

「誰ですの?」

「ドルメン、紹介する。我が息子、ディーンじゃ」レメディオスが意気揚々と言う。

「ディーン・オータスです、よろしくお願いします」ディーンは恥ずかしくなり、急いで母親のそばから離れる。

「レメディオス様の息子……」

「ま、まあ……」

 ドルメンと呼ばれた少女はディーンと同い年か少し年上くらいだろう、20代かそれ以下であることは確かだ。赤目が大きく、堀りの深い美人だ。そんな彼女に上から下までじろじろと見られ、ディーンはいささか緊張した。

「ドルメン、あいにくこの子にはすでに心に決めた女子(おなご)がおるぞ」

「私、そんな人間の男の子に手を出したりなんかしないです」ドルメンは美しい顔でレメディオスに食って掛かった。

「私は永遠にここにいるから。永遠が欲しくなったら、この国を思ったときに、いつでもここで待っている」ドルメンはか細い甲高い声でそう言った。

「はあ……」正直に言えば、ディーンは彼女が何を言っているのかわからなかった。

「レメディオス様、」ドルメンはレメディオスに振り替える。

「今日はもう休んではいかがです。大王様はしばらく起きないと思います。本来の姿でお休みになっては」

「ベッドはあるか?」

「ええ。どうします?エネ大王とディーン様とは、

「三人で寝るのもよかろう。だが父さまはいつ元の姿に戻るかわからん」

「元の姿?」ディーンはおそるおそるレメディオスに聞く。

「おお、ディーンはまだ知らんのじゃの。あ、既に元の姿に戻りかけているの」

 エネ大王が寝ているベッドを見やると、彼は再び巨大化していた。ここに来たときは身長が縮んでいたはずだ。ベッドの中央に寝ころび、まだそこには余裕があったはずだ。

 だが、今見るともうエネ大王はほとんど体を布団からはみ出している。大根よりも太い足をのっぺりと出し、丸太のような腹はブクブクと膨れ上がっていた。

「儂も父さんの本来の姿を見るのは久しぶりじゃ。父さんが『あっちの世界』で常に寝ているのは、ほとんど体型を維持するためじゃよ」

「なんだかこうして喋っている間にも今にも大きくなっているんですけど……」

エネ大王はついにベッドの柱を折った。もう彼の体重を支えきれなくなっているのだ。風船が膨らむかの如く彼の腹は次第に大きくなる。ついにこぶしが壁に激突し、壁に穴が開いた。と思ったら、ドルメンが両手を壁に向かって突き出した。白い壁は移動し、部屋が広くなった。

「す、すごい……」

「こんなもんじゃありませんけどね」とドルメンは慣れているように言う。

「儂は思い出せんのう、どれだけ大きかったかのう」

「母さん、避難しないとこの部屋父さんでいっぱいになっちゃうよ」事実、彼はもうすでに部屋いっぱいに膨らんでいた。

「ん。確かにそうだな」レメディオスは両手の人差し指だけを立てて一本にし、それぞれを90度に交差させた。部屋の4つの壁が一瞬で変わる。

「移動しよう」母親はぼさっとするディーンの腕を引き、ドルメンに目配せした。ドルメンと彼女はディーンの腕を片方ずつ掴み、猛スピードで走る。

「わっわっわっ」

 馬車の二倍のスピードは出ているであろう。基本的にレメディオスが前を走り、ピッタリ全く同じスピードでドルメンがそのあとに続いた。二人ともかなりの身体能力だ。

 いきなりレメディオスはスピードを緩めた。

「ここまでくれば安全かの?」

「……」ドルメンの呼吸はやや乱れていた。

「安全です、レメディオス様。さあ、お休みになってください。今布団を出します」

「全然話が見えないんだけど……」とディーンはおずおずと切り出した。

「エネ大王(おじいちゃん)はいったい何者なの?」

「儂にも本当のことを言うことはできん」

「……」

「お前が人間とは何か、と言いう問いに答えられるか?」

「……」ディーンは黙ってしまった。

「そういうことだ。ただ、多くの命の集合体、魂の集合体、エネルギーの寄せ集めが、父さまなのじゃ」



カヌオウェ  ネイオカ ガハボス エフ

シンショウ ショウエン ロウナ コウジン

カヌオウェ  ネイオカ ガハボス エフ

シンショウ ショウエン ロウナ コウジン



ディーンの頭の中で、どこかで聞いたようなマントラが流れる。

「父さまがエネルギーの集合体……?」

「そうじゃ。魂は肉体と離れた後に記憶の湖の中に染み込む。そのあとこの『溝』にまで流れ込み、一度父さまに吸収され、エネルギーへと昇華されるのじゃ」



ミアオウェ ポスエフ センチェン ペクスジャ

キタワナ アガミ オーエン ルフイン

カヌオウェ  ネイオカ ガハボス エフ

シンショウ ショウエン ロウナ コウジン



「それじゃあ父さまはいったい……」

どかん、と音がした。一対の壁が破られ、埃が舞った。エネ大王の足が生えて見える。

「父さんはどれくらいの魂を一度に蓄えているのかな?」

「さあ、儂にはわからん」レメディオスがきっぱりと答える。

「私にも正確なことはわかりかねます」とドルメンは冷静に答える。

「ただこの百年の間ずっと魂を浄化していますし、浄化のスピードは年々落ちていますからね。国の一年間の死者数とどっこいどっこいじゃないですかねえ」

「ええっと確か、変わっているかもしれないけど、およそ三十・・・万・・・?」

「それくらいかと」ドルメンは極めて冷静に淡々と答える。

 エネ大王の足はむくむくとその間にも大きくなる。次は腕が別の壁に当たる。

「いったいどこまで大きくなるんですかあ?!」

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