第9話 瞑想(1)

12月24日。

夕刻。

臣人は生家である円照寺に戻ってきていた。

長い長い石段を登り、表門をくぐると広い庭が見えてきた。

人の気配はまるで感じられない、シンッ…と静まりかえった境内で足を止めてちょっと見回した。

誰もいないことに安堵感を覚えた。

今日と明日はできることなら誰にも会いたくはなかった。

こんな顔を見られたくはなかった。

ふんっと短いため息をついてまた歩きはじめた。

さらに歩いていくと何棟かの建物が見えてくる。

そのうちのひとつ、本堂に上がり込んでいた。

勤行堂も通り抜け、渡り廊下を歩き寺務所の方へと回った。



寺務所の一室で國充は正座をして茶を飲んでいた。

床の間の方を向いて座りながら、考え込むように両手で湯飲みを抱え込んだ。

(そろそろ臣人が戻ってくる頃じゃな)

そこに飾られている一輪の花を見つめた。

その花を見ながら自分の内側へと意識を沈めていった。

遠い遠い過去。

今から遠い昔に辿り着いた。

十数年前に。



「うるせぇってんだよ!」

はあはあと息を切らしながら、少年は走っていた。

細い細い路地を抜け、迷路のように入り組んだ通りを出口も見つけられぬままに走っていた。

そんな彼のあとを数名の大人が追いかけていた。

「俺が警察マッポごときに捕まるかってーのっ」

(売られたケンカを買って何が悪いんだよ!?)

どこへ行くつもりもなかった。

どこへ行くあてがあるわけでもなかった。

ただ捕まるわけにはいかなかった。

自分の自由を犯すものは誰であれ敵だった。

それが警察であろうと何だろうと。

「っとにしつこいぜっ」

そう言いながら横を見ると、今まで力いっぱい地面を蹴っていた足がなぜか動くのをやめた。

少年はふと立ち止まった。

目の前に階段があった。

地下へと続く階段が目についた。

本当なら走っている自分の目に入るはずのない入り口。

のはずだったが、妙に気になった。

「!」

後ろから足音がさらに近づいてきた。

少年は迷うことなく階段をおりていった。

階段は下に降りていくごとに暗さを増し、見えなくなった。

陽の光の中を走っていたこともあるが、なかなか目が慣れなかった。

(こんなとこに逃げ込んでもいずれバレちまう…な)

そんなことを思いながら進むとぼんやりとした明かりの中に木製のドアが見えてきた。

階段を降りきってコンクリート床の上に立った。

迷わず少年はドアを開けた。

そして勢いよく中に飛び込んでいった。

カラーンと乱暴にドアベルが鳴り響いた。

「いらっしゃいませ~」

その声を聞くかきかないかのうちに、少年は滑って転んでしまった。

「って!」

ひっくり返ってびっくりして目を開けると、止まり木の向こうににっこりと微笑む女性の姿が逆さまに見えた。

「あら~? 大丈夫ですか~?」

舌っ足らずな話し方をする女性だった。

少年は床に打ちつけた頭を手で押さえながら素早く起き上がった。

あぐらをかいたまま彼女の方を見てみた。

微笑むその顔はとても幼く見えた。

それとは不釣り合いな服装。

黒いカチッとしたバーテンダーの服に身を包み、長い黒髪が揺れていた。

それに大きな翡翠の瞳が印象的だった。

その瞳に吸い寄せられるように少年は立ち上がった。

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