最終話 女子中学生は、今日も癒し系主婦に餌付けされる。

「葉那ちゃん、たすけてぇ」


「もーお、今度は何?」


 またしても、多喜子さんからヘルプが来た。

 多喜子さんたっての希望というなら、行かねばなるまい。


 あれから数日、葉那は多喜子さんとさらに打ち解けるようになった。

 相変わらず、料理を教わっている。

 敬語もやめた。

 

「これ、どうしたの?」

 葉那が渡されたのは、ミニスカメイド服だ。

 というか、小学生用のメイド衣装である。

 

「撮影用の衣装を買ったら、全然違うのが来てぇ」

 もっと落ち着いた衣装が届くと思っていたらしい。

 色々な場所が窮屈すぎて、多喜子さんに着られるわけがなかった。


「サイズを確かめないからでしょ? で、私が着ればいいの?」


「うん。それは葉那ちゃん行きだよ」


 胸がない分、葉那にピッタリなのが、なんとも言えない。


「ごめんねぇ。わたしが着られればよかったんだけど」

「いいよ。多喜子さんがこんなの着ると、かえって魅力が削がれるよ」


 メイド服の上にエプロンをして、葉那がスマホの準備を行う。

 

「じゃあ、撮影しようか」


「はーい」


 あの後、少し相談して、葉那の方が料理を作る側になった。

 多喜子さんの副業である、コラム記事の主旨も変わっている。

 

 名付けて「女子中学生が、近所のお姉さんに料理を教わる」という企画だ。



「多喜子さん、野菜の焼け具合って、これでいい?」

「いいよー」

「それにしてもさ、よかったよ。またこうして多喜子さんに、料理を教えてもらえるんだもん」



 あの電話の直後、多喜子さんは一度実家に帰った。

 今度こそ、交際を許してもらえるように。



 天川家の方が興信所に手を回し、例の元婚約者を調査していたという。

 多喜子さんの夫も、捜査に協力していたそうだ。

 結果、その男はあくどい商売に手を染めていたと判明した。



 つまり、多喜子さんの両親は、すっかり騙されていたのである。



 天川家の説得により、多喜子さんの実家は詐欺に遭わずに済んだ。

 多喜子さんが会いに行くと、まるで人が変わったかのようになっていたという。

 結果、両家とも円満に話が進んだらしい。



「わたしもうれしいよ。連れ戻されたらどうしようかと思っちゃった」



「ダンナさんって、すごいね。見直しちゃった」



 正直に言うと、葉那は天川を信用していなかった。

 見た目で判断してはいけないと、反省している。



「そうなんです。頼もしいの。だから一緒になったんだぁ」


 また、おノロケが始まった。



「いただきまーす。うん、まだ硬い!」

 野菜炒めを一口食べて、葉那は感想を述べる。


「あちゃー。残念。味はいいのにね」

 指導側の多喜子さんも、肩を落とす。

 


 葉那は毎回、なにかしらミスをやらかす。狙っていないのに。

 だが、リアリティのある失敗談がウケて、毎週のように記事執筆に追われている。


「多喜子さん、無理してない?」

 葉那は、野菜炒めをミシミシとかみしめた。


「ううん。料理を作っている方が気楽だよー」



「ごめんね。毎回微妙な味になって」

「大丈夫、味の調えはお姉さんに任せてー」

 

 さらに炒め直し、多喜子さんのレクチャーで味を立て直す。


「うん、おいしい!」


 多喜子さんの指導により、野菜炒めが生まれ変わった。シャキシャキ感がありつつ、程よく柔らかい。


「よかったねー、葉那ちゃん」


「はーあ、いつになったら多喜子さんのレベルになるんだろ?」

 ため息をつく葉那を、多喜子さんは後ろから抱きしめてきた。


「今は焦らなくていいよー。気がついたら、作れるようになるから」


 不思議だ。


 多喜子さんから言われると、本当にその通りになる気がする。

「次は何にしよっか?」

 

 

「じゃあさ、私、クマの手煮込み作ってあげよっか?」


「やめてよぉ。トラウマがまだ残ってるんだから」


「トラウマを乗り越えるという企画で」


「えーっ」

 

 プリプリと怒る多喜子さんもかわいい。


 やはり、多喜子さんは少し抜けている感じがいいと思う。


 変に気を張っている多喜子さんは、見ていて辛くなる。

 

 自分が多喜子さんの手を貸せたら。

 

(終)

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