魔眼の少女と吸血鬼

「なんで私が本物だとわかったんだ?」


「お前の血を飲んで、一時的に魔眼の力が俺に宿ったらしい。破幻シャムロックの祝福はまやかしをはらうからな」


 川で体中にまとわりついた紫色の粘液を洗い落としながら、私は人の姿のままでいるガラを見た。彼の両目にはさっきみたいな三つ葉の光は浮かんでいない。

 あの時、ガラの指先から伸びた血で出来たやいばは私の頬をかすめて、その後ろにいる豚の悪魔の首をスパっと切り落としたのだ。


「呪いだと思ってたこのが役に立つなんてな」


 私の血を飲んでそんなことができるようになるとは思わなかった。あの時はただムカつく悪魔をガラが殺してくれればそれでいいと思ってしたことだ。吸血鬼になってもいいと思ったが、血を吸われただけではなれないらしい。


「赤頭巾、お前をむしばむ呪いはどうすればける?」


「そんなもん私が知りてえよ」


 唐突に言われた言葉に驚いて手に持っていた前掛けが川に落ちる。

 慌てて前掛けを拾おうと手を伸ばしたけれど、その手はガラに掴まれてしまい、悪魔の血が大量についた私の前掛けは川下かわしもへ流れていった。


「違う。お前の心を蝕んでいるのはその美しい夕焼け色の髪でも、破幻シャムロックの魔眼でもない。お前は普通になりたいと言った。その普通とはなんだ?」


「…名前を」


 普通になりたい。確かにそういった。でもこいつに言ったところでどうなる?このままこいつはこの村から出ていくんだろ?

 そう思って黙ろうとした。だけど、私の目からは涙が勝手にこぼれ落ちて、口からは止めようとした言葉があふれ出る。


「名前を呼ばれたい…赤頭巾なんて変な名前じゃなくて…アンナみたいにちゃんとした普通の名前を家族から呼ばれて…温かい食事を食べて…それで…髪を撫でられて…それで」


「…愛すべき子メイテ


 それは、ザワザワしてトゲトゲした気持ちが包み込まれてしまうみたいな柔らかい声だった。

 川辺かわべに立っていた私のそばまで来たガラが、ぎゅうと私の顔を自分の胸に押し付けるようにして抱きしめる。

 あの時一緒に寝た時のような、彼の決して高くない体温が伝わってくる。

 背中に回された手の片方は、すぐに離れたかと思うと私の頭に触れて、そのまま大切なものでも扱うみたいにそっと撫で始めた。


「名前が欲しかったんじゃないのか?」


 驚いて両腕をつっぱらせてガラから離れると、彼はきょとんとした顔をしながら私を見つめ返した。

 丸みを帯びた彼の瞳孔はしっかりと私を捉えて離さない。


「馬鹿。私は…家族からこうされたいって言ったんだ」


 憎まれ口を叩いたつもりだった。でも一度離れた私を再び抱きしめ、頭を撫で始めたガラに思わず笑ってしまう。

 私の目から勝手にこぼれてきた涙の滴は、ガラの綺麗な細い指で拭われていく。


「…なら俺は今から君のつがい…いや、兄としてふるまおう。それなら、なんの問題もないだろう?」


「これだから人のことわりの外にいる奴はダメなんだ」


 今度は、ガラの胸に顔を埋めながらそういった。

 家族から…両親からこうされたいと本当は思ってた。でもそれは私が髪の毛を金髪にして目を青くしてもダメだってことはわかってた。

 だから…手に入らないはずの幸せが、たとえ形は違っても近いものをくれようとする存在がいることがうれしくて私は目の前の吸血鬼を抱きしめながら言葉を続ける。


「ちゃんと幸せにしてくれよ」


 泣きながら笑う私のひたいに、ガラは自分のひたいをそっとくっつける。

 柔らかそうな唇の両端を持ち上げて微笑む彼は息をのむくらい美しかった。


「まずはこんな村からおさらばだ。あと、私を勝手に祝福したやつはぶん殴りたい」


 抱き上げられながらひたいに口づけを落とされる。こんなことされたことがないのでなんだか全身がくすぐったいような笑いだしたくなるような心地になる。

 ガラが地面を蹴ると、さっきまでいたババアの家がとおくなるどころか、村があった場所までが遥か下の方で豆粒みたいに小さく見える。

 すっかり高く上がっていた月にまで手が届きそうだ。


「その契約を受け入れよう」


 空を飛びながら彼はそう言って私に微笑ほほえんだ。

 私は、彼に抱かれて頬を撫でる風と心地よい彼の体温に包まれながら目の前に広がるどこまでも続いているように見える夜の大地へ目を向けた。

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魔眼の少女と吸血鬼 こむらさき @violetsnake206

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