不死の本体(流血描写あり)

砦内へのルートができたことを示す狼煙を前線から見える塔からあげた。私の役目はここまでだが、軍での信頼を獲得するためにもすぐに王子の護衛に出るほうがいいだろう。密偵では体裁が悪いだろうか?小姓、斥候兵、どんな立場の者として彼のもとへ行くかは向かいながら考えよう。


 オリバの身体から出た球を右手に持ち替えて歩き出そうとした瞬間、網膜の裏に私のものではない記憶が一気に流れていった。

悲鳴の絶えない石室、血塗れの診察台、拘束具、腹を開かれて押し込まれる異物。

戦場、消えていく戦友、独りの自分…そこで私は自分以外の人間が入り込んできていることに気づいた。


「な、にこれっ…!」


かぶりを振って右手を握り直すと宝玉が私の傷口に張り付こうとしている。歯を食いしばり、一気に肉ごと引き剥がした。剥がした肉がまだうごめいているのが気持ち悪い。張り付いた肉も削ぎ落とそう。


「まさか、これがあいつ…?」


不死の男は本当に不死なのかもしれない。

私はすぐに備蓄舎の酒をくすねて傷口を洗い、宝玉を持って実験に出た。


王子には悪いが、これも彼の危機管理だ。報告して納得してもらうことにしよう。



「よしよし、まだ死にたてで動く場所は動きそうだ」


実験材料をかかげたまま、ふと便所の窓から戦場を見てみる。ここは王子の解放軍と姫の王国軍の連合圧倒的なようだ。練度も士気も違う兵同士ではほとんど勝負にならないらしい。

四年やそこらで辺境の領まで質の高い軍団を揃えられるほどあの戦闘狂王は守りに強くはない。

宗主国に面した辺境はもはや彼にとって自国と変わらなかったのだろう。



「違うか。不死の将軍とかいうトンデモ戦力がいればそれで十分だったんだ」


さあ、実験に向き直ろう。

私は右手で、先程切り取った兵士の首を壁にしっかりと押さえつけ、首の断面にそっと宝玉を押し込んだ。


「動かせるなら、喋ってみてください。肺がないから声は出せないけど、私は唇を読むからわかりますよ」


断面の肉が球に根を張るように貼り付き、生首の唇が震えた。


「あなた、死んでないんですか」


生首が血に汚れた歯をみせて笑う。こういうグロテスクな絵面は苦手だけれど、尋問を怠けてはいけない。


「唇くらい動かせますよね」


──ちゃんとしてるじゃないか 小娘


「やっぱり将軍ですね。貴方、とっくにそっちが本体だったんだ」


生首が断面から育とうとするが、その瞬間に切り落とす。手足がないうちは私が圧倒的優位にある。


──だったらどうする


「私の主に報告します。貴方の殺し方もまた別に考えなきゃいけないし」


──私を、使え


「人肉なのを伏せれば恒久的に肉が供給できるかもしれないですね。でも王国の将をそのままにはできません」


こいつは表情も調子もおかしい。

これは情報を引き出せそうにはないどころか、変なことを言って撹乱してきかねない。


首から宝玉を削ぎ落としてさっさと終わらせてしまおう。時間の無駄だった。そのつもりでダガーを握り直すと、彼の唇が意味のわからない文字列を紡いだ。


──お前を 守ろう

「何言って…!黙れ!声出てないけど黙れ!」


唐突にわけのわからないことを言う。嫌なことに、それは私を一番動揺させる言葉だ。

この男が私に成ろうとした時に私の内面も一緒に見たのだとしたら本格的にこの世からこいつを消さなくてはいけない。


──ひとり 危機にある時

「うるさい!」


荒っぽく短剣で幾度も肉を削り落として宝玉と生首の接触面を消していく。どうして焦れば焦るほど作業がもたつくのか。


──近くの生き物に 私を

「これでよし…!」



宝玉を引き剥がして最後の肉片を便所に落とす。こんな不気味なもの、王子になど知らせられるものではない。王子には「不死などお伽噺だった」と伝えておこう。


この宝玉は……

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