不死のオリバ (流血描写アリ)

「辺境伯は君が獲れ」

「はっ」


 って、んん?待て?この王子様なんて?

 まさか大将首を私に挙げろといいなすった?


「いい返事だね。あの砦をあずかる辺境伯のことは知ってる?」

「王国の将、死なずのオリバですね」


 知らぬはずもない。前辺境伯の首をすげ替えたのは師匠なのだから。


 不死しなずのオリバ、王国が不死の兵士を作り出す実験に自らの身を差し出し、見事その実験の成功例になった重装兵の男だ。もとは多大な魔力をもつ魔導兵だったらしいが、不死のあざなを賜ってからは重装兵として鉄壁の守りを誇る勇将である。


 不死は伊達ではなく、首を掻き切ろうがどてっ腹、、、、に斧を深々と受け止めようが死なない。重装兵には魔道で対抗するのが定石だが、鎧の中で蒸し焼きになりながらも再生し続け、魔道小隊を皆殺しにしたという。味方の兵は生きた人肉が焼ける臭いが鼻にこびりついて、除隊を申し出た者も多かったとか。


「名のある将です。独力ではとても」

「君だから頼むんだ」


 王族という連中は途中でどんな育ちを挟んでも王族らしい。彼らの言葉は絶対であり、そこに叛意があろうものなら次の日は首と胴がおさらばだ。

ティルフィングは一度抜かれれば願いのために必ず命を奪う魔剣だった。その名前をもつあの王子もそれにたがわない男だということらしい。




 私はすぐに王国の密偵だった頃に暗記した砦の地図を書き起こし、不死しなずのオリバへ安全にたどり着くルートを作った。敵将を討ち取れという任務がどれくらい本気なのかわからない。けれど、先に潜入した密偵のいちばん重要な仕事は他の兵らの侵入ルートを作ることだ。城砦の塔からゴミを捨てる穴から侵入し、兵を手引できる場所には目印を付けていかなければ。

 次の日、王国の姫が率いる王国軍と、ティルフィングが募った解放軍が合流し、連合軍を結成した。私はそれに先行して砦に侵入して間諜につとめつつ、不死のオリバの首を狙う。


 彼が座する主塔の部屋を見通したところ、オリバは自分の不死性に頼り切った戦いをするせいか、周りの兵が少ない。守りを捨てた戦いに巻き込まれて死ぬ兵の方が多いのだろう。砦の周りに混合旗の軍隊が隊列を並べている今、兵らは哨戒につとめ、定期的にオリバへ報告に入っていた。


「オリバ将軍、敵は建築準備を見せません。敵に攻城兵器の備えはないようです」

「私を不死しなずのオリバと知っての侮りか、はたまたただの烏合の衆か…いずれにせよ、そのざまでは私を殺しきれまい」

「先程使者が宣戦布告に参りました。出向かれますか」

「そいつの頭を射抜け。交渉など時間の無駄だ」


 いくら兵が死のうとも、一騎当千の彼が討たれなければ制圧は成らない。この男はそれをよく理解しているから、躊躇なく戦端を開かせてしまう。全く、なんという仕事を任されたのか。戦闘が始まるのなら私も打って出なければなるまい。報告の兵が下がったのを見届け、ヘルムの隙間に毒の吹き矢を打ち込んだ。




「ふ、ふふふ…はははははっ!」

 

 かすかな刺突音の後、遅れて毒のしびれに気づいたのかオリバは自分の手のひらを自分の目の前で二、三度握った。遅れて致死毒を打ち込まれたと気づいたのか、立ち上がって姿の見えぬ密偵に大笑する。

冗談じゃない、ひと刺しで馬が痛みでのたうち回り、一分かからず死ぬ毒だ。


「なんだ、なんだ…じゃないか、お前ら」


 高揚した声は随分と若い。歴戦の老将軍の振る舞いはポーズだったようだ。


「お前らみたいな烏合の衆は手段なんて選んじゃ駄目だ。それでいい、それがいい」


 肩を震わせながら立ち上がった勇将が足元の戦斧を蹴り上げた。やはり毒などでは倒せない。切れ味よりも重さを極端にあげた戦斧はこのままこの部屋一つ、オリバもろとも潰してしまうことにも使われるだろう。こうなったらやぶれかぶれの時間稼ぎだ。


 隣の兵の喉に槍を突き入れて広間の中へ内開きの扉ごと押し込む。

私は見張りの兵士に扮し、報告に入った兵士が出ていく瞬間を見計らって扉の隙間から吹き矢を吹いたのだ。面が閉じられたヘルムからはわからないが、兵士に混じっていた私という暗殺者を見下ろすオリバの目は、それはそれは愉快そうに細められているのだろう。



「ふっ、ふふふっ…」


 不気味に上ずった声で笑いながらオリバが巨大な戦斧を振り下ろす。私は体軸を合わせて彼の手を取り、その軌道を誘導しようと重心を移動させる。


瞬間、鎧の装飾に刻まれた紋様が光り、戦斧が彼の重心移動を無視してかちあげられた。

「嘘」


 すぐに手を離して後ろに跳んだが、胸元が戦斧先端の刺突で切り裂かれた。兵士から拝借していた金属の胸当てが火花を散らして破壊される。まともにうけていれば死んでいた。


「重石を剥いてやろう、ドブネズミ」


 戦斧を構えなおしたオリバの右肩がずるりと下がり、血を吹いたが、すぐに嫌な音を立てて元の位置に戻る。


「もう、気持ち悪い、なあっ…!」


 さらに一歩後ろへ跳んで靴底を壁につけ、蹴り出してオリバに向かい自身を射出する。オリバのヘルムを両手でひっつかみ、反対側へ首をねじ切りながら着地する。首のねじれは再生に時間をとるだろう。


「あ、がっ……」


 今度はヘルムに彫られた紋様が光り、オリバの首がありえない方向へ勢いよく回って私を放り投げた。床に叩きつけられる前に回転して衝撃を殺し、目の前の敵を分析し直す。あの鎧はやはり…

「魔導術式か」


「ごぼっ、ごぼぼぼぼっ…よくワかっ、ガラガラガラッ タね。でモ、ごほっ、ペッ…すぐに読めなかったってことは魔導書は読めないらしい」


 オリバの首がゴキゴキと音を立てて元の位置に戻る。自分の血に溺れながら喋る彼の声色がおぞましい。


「私が触ると作動する防衛機能、それも貴方自身の体を顧みない動きすら強制する…貴方じゃなきゃ使えない鎧だ」

「そのとおり。さあ、どう攻略する?」


 再び戦斧が襲いかかってくる。触れれば使用者すら壊して襲いかかる防衛機構なんて、素手の戦闘を封じてきているのと一緒だ。

兵士に刺さった槍を抜き、戦斧を振りかぶって隙だらけのオリバのヘルムの隙間から顔を貫く。嫌な感触が手に伝わるが、これであの男は止まるまい。戦斧を持ち直す彼の手の腕に乗り、破裂玉を鎧の隙間に投げ入れて距離をとった。


「ぉっ、と!ははははがはごほごほごほっっはぁぁぁ!再生した目を焼かれるのは久しぶりだぁ!」


応えてすらいない。こんなやり方など幾度も試されてきたのだろう。破裂玉は単純な術式が書かれた布を詰めた石球が相手の素肌に触れればその魔力に反応して破裂する暗器だ。魔導式を破裂させるのは触れた相手の魔力で、相手が強い魔導兵であればあるほど威力が上がる。対オリバの虎の子として持ち込んだ暗器だが、この分では時間稼ぎにも頼りない。


まだ使える暗器は毒の吹き矢と鎧通しダガー一本だけ。しかも砦の主塔の最上階の広間はこの戦斧を避けながら立ち回るには狭すぎる。


「さあ、さあっ!さあっ!!」


 オリバが縦横無尽に戦斧を振り回し、私は都度跳び、くぐり、致命傷を避けていた。

スピードがない私にできるのは先読みだが、その読みも実戦経験で勝るオリバがじきに上回るだろう。だいたい、もう拝借していた兵士の鎧だってもうボロボロにひん剥かれている。中に着ていた皮の防具だって傷だらけだ。

「避けてみろ!」

「きゃぁっ!!」

ぎりぎりで避けた私のブーツをオリバの脚甲が蹴り転ばす。

「こんなの無理…っ!」



――ぎぃっ、がきん


 とっさに前転して命をつないだ瞬間、耳に何かが引っかかる。それは、鈍い音だった。けれど、鎧の駆動音とは違った音、戦斧ではなく、鎧が立てた音。

 

はっとして顔をあげる。私が避けた戦斧が、私が殺した兵士の死体に深々と食い込んでいた。だが彼の鎧の破壊音でもない。


―─びぎぃっ



 斧を構え直す駆動音に混じって金属の悲鳴のような音がする。あれはきっと、魔導術式が歪まないよう、柔軟性のない金属で特別に作った鎧だ。



 一か八かの勝ち筋が私を酒より強く酔わせてくる。これだけがきっと攻略法、けれど私の技量が足りなければ?こっちの強度が読み違えだったら?いいや、どっちみち命なんてないならやってやらなきゃ。



「もう避け疲れたか?毒は?剣は?いしゆみは?俺を殺す装備で来たんだろ?」

「やっぱり無理ぃ…!」


 退路を限定するように戸口でへたり込みかける。かすかな失望がオリバの吐息に混じったが、私が彼の気持ちの何を気にかけてやるというのか。覚悟を決め、祈るように両手を胸の前で組む形を作る。オリバが思い切り縦に戦斧を振りかぶり、、、


穿つらぬけェッ…!!!!」


 私は右手を隠す左手を退け、右手首を支えてダガーを固定する。そして踏ん張った足をその形のまま、すり足でオリバの懐に入り、オリバの鎧がきしんだ右脇腹の小さな一点めがけて全体重×かけることのオリバの体重×かけることの私の速度×かけることの戦斧の振切り速度を叩き込んた。


「なっ、あ……!」


 驚くほど脆く、まるで砂の城を崩すようにダガーの先端が鎧の中へ、オリバの体内へ、背中側の鎧へ、空へと突き込んでいった。崩れた重装兵から肉塊を纏う宝玉が摘出される。

その宝玉は、教会へ卸していた回復の杖に付くそれによく似ていた。

彼の再生力の源はこれだったらしい。


その瞬間をスローモーションのようにとらえていた私の手からダガーが落ちるのと、半身に大穴をあけたオリバが私へ崩れ落ちてくるのは同時だった。


「ごぼっ……な、ぜ…」

「硬すぎるものは脆いの。術式を彫り込むために硬くした鎧でしょ。それも無理な動きばかりさせるもので、貴方用にあつらえた替えのきかない鎧…かなり無理が蓄積してたんでしょうね」

「それを感じ取り…こぷ……貫いた…だと」

「昔は武器商で修行しててね。目利きはいいんだ」

「ふ……お前、んだなあ……」


 私に触れた鎧がオリバの身体を無理に動かして私を攻撃しにかかってきている。しかしすでに戦斧を落とし、肝臓をぶち抜かれたオリバの身体は動けば動くほどちぎれ、勝手に四肢がばらばらになっていく。血を滴らせながら飛んでくる腕はロケットパンチみたいで滑稽だった。

「痛みにも欠損にも慣れすぎ。こんな状態で会話をしてくるなんて、やっぱ化け物だよ」

「………」

「あ、しんじゃったんだ」


 物言わぬ肉塊と化したオリバを身体から離し、手で触れないように吹き矢の筒とダガーでヘルムを剥がす。中身はわりと普通の青年だった。もう一度深呼吸をすると、じくじくと怪我の痛みが脳へ駆け上がってくる。とくにダガーの刃部分を中指と人差し指の間から出していた右手は血まみれだ。さっさと洗わなきゃ。


 

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