旧知


砦の制圧を終え、捕虜の処遇について指示を出すティルフィングを見つけた。斥候兵として彼の側に行くと、ティルフィングは私の声を認識するやいなや眉をあげて笑いかけてきた。


「ドゥリン、伝えたとおりに兵をまとめて整列させておいてくれ。大切なことは私の口で皆に伝えなくてはいけないからね」


「はっ、ただちに」


「うん。 さて…ベサニィ?」


言い慣れない調子で私が伝えた偽名を呼びかけてくる。そう珍しい名前でもなかったはずなのに。


「はい。ご命令通り、辺境伯オリバを討ち果たして参りました」


真剣な調子で彼の顔を見上げると、ティルフィングは一度周りに人がいないかを確認してから力強く私の両手を握った。


「すごいな、君は!」

「殿下?」

「僕は君が辺境伯と相対しているところに加勢するか、逃げ延びた君から情報を貰うつもりでいたんだ」


おい王子、「獲れ」と言ったのは誰だ。


「王国の強兵に立ち向かう姿で、僕の直臣を皆に知らしめることもできたからね」

「そんなつもりでこんな無茶をお命じになったのですね」

「僕は命乞いをするために啖呵を切った君を覚えているよ。君が生にしがみつく力を信じていた」


ティルフィングの碧眼が底知れない煌めきを見せる。この男は私が死ぬとはつゆほども思わなかったのだろう。


「けれど君は本当にった!そんなに強かったのか!僕は君の力を見誤ってしまっていたようだ。どうやって倒したんだい?」


彼が期待に満ちた眼差しで私に顔を近づける。側にあった鎧片…オリバだった肉片がまとっていた腕甲をつま先で軽く蹴飛ばしながら。


けれどその話し方は、きらきらした笑顔は、嫌って言うほどあの綺麗なティルだった。


「その鎧の中は換えのきく死体でした。オリバは魔道で遺骸を操る呪術師だったのです。門番に扮していた彼を殺めたところでその攻撃が止まりました」


もちろん全部嘘だ。

けれどオリバの本体をこの魔剣王子に手渡してしまわないためには、それらしく繕うしかない。

彼に見抜かれまいと真っ直ぐティルフィングの目を見上げて話した。


「君は洞察力で勝った、というわけだね」

「先んじて忍び込んでおりましたので」


私の淡白な報告を聞き届けると、ティルフィングは力が抜けたように微笑んで私の手を離す。


「村で会った時みたいに、素直に話してほしい…のはわがままかな」


心臓がぎゅっと締まる。

隠し立てしていることを見抜かれたか。

いや、動揺を見せてはそれを肯定しているようなものだ。

それに、この男は平気で親しい者にもカマかけをしてくる。



「では、失礼します」

「マ…ベサニィ、僕は王国の姫君と勝利演説をしてくる。その後で君は西の城壁、その出入り口で待っていてくれ。会わせたい人がいる」

「はっ」


軽く頭を下げて彼の前から退く。

ティルフィングは少し肩をすくめて塔と塔の渡り廊下へ出ていった。

それを見届け、私は塔の外へ続く階段へ歩いた。


「王国の王位を簒奪し!あまつさえ我らが公国を侵す狂将ガーグランツの治世は許せぬ!」


渡廊下からティルフィングが張る声に兵士たちの鬨が答える。夕日を受ける美少年が高所から眼下に集う者共へ朗々と語る姿には妙な神聖さが宿っていた。

支離滅裂なことを言っていたとしても、戦闘で疲れた頭であればそれを神託のように信じてしまうだろう。


「辺境伯は討った!ガーグランツ配下の猛将の砦、我らが落としたのだ!」


野太い歓声が男女入り混じった声で響く。武器で盾を打つ音が耳障りに混じっている。

金属が石を打つ音が大きく響き、再び静まり返る。

おそらく共に渡り廊下に立っている、ティルフィングか姫君の家臣が立てた音だろう。


「次の砦も私達が落とす!次も、その次も!そして!」


芯の通った少女の声が、私のいる塔の階段まで鋭く通る。

これが王国の姫君の声。

この世界、この乙女ゲームの正しいヒロインの、声か。


「王都を落とし!ガーグランツの首を!!」


ざわめきが伝わる。脳裏にゲームのスチルがよぎる。彼女は自分の宝剣を抜き放ち、夕日に掲げたのだろう。あの一枚絵スチルの通りに。


「叩き斬って、あるべき地獄へ還す!」


今度こそ最大級の歓声が彼女の啖呵に合流した。



しかし、私の覚えているストーリーより幾分か話す内容が物騒だ。彼女がこんな演説をするルートは何があったのか、それを思い出さなくてはいけないかもしれない。




 ティルフィングに指定されたとおり西の城壁で待っていると、こちらへ真っ直ぐ向かう馬車が見えた。

まずい、ガーグランツ側から辺境伯に宛てられた使者であればすぐに殺さなくてはいけない。落とし格子の巻き上げ機に手を伸ばそうとしたところで、聞き覚えのある声が馬車の御者台から聞こえた。


「マディ…?」


死んだはずの旧知を呼ぶような、か細い声だった。

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