第5話・本物の人間。

 サァー。サァーと茂みに隠れながら、エッサは少しずつ、歩く木に近付いて行きます。


 ふと、子供の頃に、村の子供達と一緒に『達磨さんが転んだ』で遊んでいた事を思い出しました。楽しかった思い出ですが、今は楽しむ余裕はありません。


 おかしい!何で誰もいないんだ!モンスターなんて教会が作った架空の生物だって爺ちゃんが言ってたぞ。エッサはその爺さんの言葉は思い出せても、顔も名前も思い出せません。子供の頃の記憶も断片的です。エッサだけでなく、村人全員です。この世界は何かがおかしくて、何かが足りません。


『ガサガサ。ガサガサ。』と木の葉を鳴らしながら、歩く木は宝箱が置いてある道とは別の道に進んで行きました。エッサの存在には気づかなかったようです。エッサは歩く木のすぐ後ろに立っていました。


 本の通りのモンスターがいて、本の通りにモンスターの正面に立たなければ襲われない。この本の情報は正しいかもしれない。だども、それだけで全部を信じられる程、オラは田舎者じゃなかぁ!


『ダッダッダッ!』とエッサは宝箱を目指して走ります。本当にあの本が正しければ、特定の武器を持って、技の名前を知っていれば、その技が使えます。


 剣など一度も触った事がない、エッサが技の名前と武器を持っても、そんな事が出来るはずがありません。


「嫌だぁ〜、嫌だぁ〜、オラが、一生あの畑を鍬で耕す為だけに作られた人間なんかじゃねぇ!オラは本物の人間だぁ!こうやって自分の意思で動いて喋っているだぁ。コントローラなんか、知らねぇ。」


「はぁはぁはぁ。はぁはぁはぁ。」と額を流れる汗も、心臓の鼓動も作り物なんかじゃない。オラは笑うし、怒りもする。悲しい時は涙を流す。そんな、オラが、0と1の塊なんて信じられる訳がねぇ!信じる訳にはいかねぇ!父ちゃんも母ちゃんもゴンゾウもハナコも村人全員、生きている本物の人間だぁ!


 息を切らして、エッサは目的の場所にたどり着きました。この本の通りなら、右前方の茂みの中に宝箱が隠されています。


 テクテクテクとエッサは疲れたのか、それとも見たくないのか、ゆっくりと歩いて、宝箱が隠されている茂みに向かいます。


『ガサゴソ。ガサゴソ。』と茂みを掻き分けて宝箱を探します。


『ペタ?』と冷たい感触が手の平に伝わります。金属?木?エッサは手だけで触っている物を確認します。決して見て確かめようとしません。目を閉じて見ないようにします。そこには確かに何かがありました。


「ふぅ〜!ふぅ〜!落ち着くんだぁ。あっはははは。誰かの悪戯かもしれねぇ〜。」


 エッサは呼吸を整えてから目を開けると、両手でしっかりと茂みの中にある物を掴んで、引き摺り出しました。









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