第15話 アオノリュウゼツラン
「今朝、亡くなったの。癌だったの。ずっとみっちゃんに会いたがっていたのよ。……けど、病気で痩せた姿は見せたくないからって、あの子。……一番にみっちゃんに会わせてって言ってたの。わがままな子よね」
サトちゃんの顔にかけられた白い布を、お母さんがはずそうとする。
「……サトはね、みっちゃんとの約束を果たしたかったのね。……アオノリュウゼツランが次に咲くまで友達でいようって約束よ。……みっちゃん覚えてる?団地のベランダから見た花が、明日か、明後日に咲くのよ」
「アオノリュウゼツラン?」
団地に咲いたアオノリュウゼツランの子株を、サトちゃんのお母さんが育て、家の庭に植えたそうだ。
「……この臭い、覚えてます。このにおい」
サトちゃんがヘコキ虫だとからかわれた、甘くて汗をかいた時と同じ臭いだ。
「……あっ、みっちゃん、ヨシばあからもらった巾着袋持ってきてくれたかしら?」
「……えっ、おばさんも知ってるんですか?」
「サトがハガキを書いたときにそばにいたんですもの、分かるわ。痛み止めが効いてるうちに鉛筆で一生懸命に書いたんだけど……意識も朦朧としてたんでしょうね、平仮名ばかりで、ウッ」
痛み止めのモルヒネは十分しか効かなかったらしい。手が震えて、それでもサトちゃんは、私にお願いをしたのだ。
「……これどうぞ、私の巾着袋です。中の石もそのままです。おばさん、どこに置きますか?」
「庭のアオノリュウゼツランに掛けて来るわね。サトのはもう掛けてあるの。……みっちゃんその間サトとお話していてね」
おばさんはそういうと、庭に向かった。
もう亡くなっているサトちゃんと何を話せばいいのか、サトちゃんは目を閉じている。
「……サトちゃん、さっきまでサトちゃんに会っていた気がするよ。私ね、貧血でサトちゃんの家の前で倒れてたみたいなの。その間にサトちゃんとの思い出を夢で見てたみたいなの。……ウッ、サトちゃん、最後に私が謝りに行った時、どうして出て来てくれなかったの?……ずっとずっとサトちゃんと仲直りしたかったのに。ウッ、サトちゃん」
涙が止まらない。ボロボロとこぼれて、しゃくりあげて、止まらない。
「……サトちゃん、何で死んじゃったの!仲直り出来ずに……四十年ぶりに会えたのに。……サトちゃん、色が白くなった?サトちゃんブスじゃないよ。キレイになったね。リュウゼツランがね、明日か明後日に咲くんだって。……目を開けてよ。一緒に、あの黄色の花を見ようよ。約束したよね。四十年ぶりに咲くんだよ!……目を開けてよ。サトちゃん」
四十年前、団地のベランダでした約束は、まるで昨日の約束のように鮮明に覚えている。
何度呼び掛けても、サトちゃんは目を開けない。当然だけど、奇跡が起きるのを願う。
「サトちゃん、ヨシばあの事覚えてる?前歯がなくて、ふっ、優しいヨシばあが言ったよね。月明かりの下、巾着袋の玉をかざせば、死んだ人に会えるって……言ってたよね。……やっぱり子供だましだったんだね。けど、サトちゃんにこんな形でも会えて、仲直り出来たのはあの巾着袋のおかげだよ。私、これがあったからサトちゃんの事、忘れなかったもの。サトちゃん、もう一度会いたいよ」
涙声でサトちゃんに話しかける。サトちゃんはピクリともしない。亡くなっているから当たり前の事なのに……何度も願った。
「……みっちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう。サトも嬉しくて微笑んでいるわ。……ヨシばあに貰った巾着袋のおかげで、仲直りも出来たし、会うことも出来たわね」
「……おばさん、そうですよね。サトちゃんに会えました。やっと仲直りが出来た気がします。……サトちゃん、また来るね」
一度、家に帰り、お葬式のために出直してくるつもりだった。
家族葬だからと丁寧に断られ、その夜が本当のサトちゃんとのお別れの日となった。
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