観覧車で愛を確かめ合う場合

 みんなで一緒に昼食を取った後、帰る前に全員で観覧車に乗ることになり、白板京子しらいたきょうこ奈良橋浩太ならはしこうたは当たり前のように二人っきりで乗ることになった。

「別にそんなに気を遣ってもらわなくたっていいのに……」

「何言ってるのよ。午前中はろくに遊んでなかったんでしょ? いい機会だから、しっかり遊んでおきなさい」

 京子の言葉に、征矢野明日香そやのあすかはすっかり気楽な口調で答えた。

「そうそう、今日の主役は京子と奈良橋くんなんだから、気にしないでいいのよ」

「……私たちのことこそ、気にされなくても大丈夫です、はい」

「……ま、最近姉ちゃんも浩太兄ちゃんも張りつめた生活していたから、いい骨休めになるんじゃないの?」

 鈴村恵美すずむらえみ高宮たかみやゆかり、白板正次しらいたまさつぐも京子たちは二人で居るようにという意見で一致しているようだった。

「おいおい、俺たちの意見は無視かよ」

「あら、奈良橋くんは京子を差し置いてでも、一緒に観覧車に乗りたい人がいるのかしら?」

「いや、その、そういうわけじゃないけどさ……」

 恵美にカウンターで返されて、浩太は押し黙ってしまう。

「けど、実際のところ、私は明日香やゆかりに話したいことがあったりもするんだけど……」

「ああ、ひょっとして午前中のこととか? いいのいいの、そんなの後でじっくり聞けば良いんだしさ」

「……私もそんなに話は急ぎませんから、どうぞ奈良橋先輩とお二人で一緒にのんびりされたら良いかと……」

 暖簾のれんに腕押しの状態であるのを感じ取って、京子は呆れたようにため息をついた。

「みんなそんなに私たちのことを心配しているわけ?」

勿論もちろん

「今更何言っているのよ」

「……午前中までのご自分を、思い出されてはどうですか?」

「諦めろよ姉ちゃん。それに、そんなに悪い話でもないだろ?」

「う……」

 口々に「御託ごたくはいいから二人でいろ」と言わんばかりの言葉を投げかけられ、さすがの京子も二の句が告げなかった。

 そんなやり取りを経て、京子と浩太は二人で観覧車に乗ることになったのだった。



「それにしても、随分物好きな友人や後輩を持ったもんだよな」

 観覧車に乗りこんですぐ、浩太が呆れ半分、感心半分の調子でそう言った。

 二人は向かい合わず、ぴったり隣り合って座っている。

「夏合宿の時もそうだったけど、みんな私たちが付き合っているからって気を遣いすぎよね」

「まぁ俺たちって、自分たちが思っているよりも、周りに支えられている気もするけどな」

「ああ……それは確かにあるわね。……単にお節介焼きが多いだけかもしれないけど」

 浩太の言葉に、京子も首をかしげながらも同意した。

「そう悪く言うものでもないだろ。例えば今日の集まりがなかったら、俺たちきっと最悪の方向に行っていたんじゃないかって思うところもあるし」

「それはそうだと思うけど、何でもかんでもそればっかりって言うのもちょっとね」

「京子は、俺と一緒にいるばっかりじゃ不満か?」

「浩太こそ、私と一緒ばっかりでつまらなくないの?」

 二人は同じような質問を同じような口調で相手にぶつけた。

「そんなわけないだろ」

「そうよね。私もそうだから」

「何か不安なことでもあるのか?」

「午前中まではあったけど、今はぜんぜん」

 京子はゆったりと首を左右に振った。

「それに私の感じていた不安って、結局自分に対する不安であって、浩太に対する不安じゃなかったからね」

「自分に対する不安?」

「うん、浩太がぐんぐん変わっていっているのに、自分だけ取り残されそうになっちゃうっていうか、置いてけぼりにされてしまうっていうか、そういうね……」

 京子がそこで少し言いよどむと、浩太は真顔で京子を見つめてきた。

「前にも言ったかもしれないけど、俺は、京子もどんどん変わってきていると、そう思うけどな」

 京子はその言葉に少し戸惑った

「……そう、かな? ……例えば?」

「例えば夏合宿の時に、苦手な早起きをそれでも頑張って二日間皆勤で出来ただろ? 小学校の時も中学校の時も、結局早起きが出来なくて先生たちに見逃してもらってたのにさ」

「ちょ、ちょっと、そんな例を持ち出さないでよ」

 あまりにも恥ずかしい例を持ち出してきた浩太に顔を真っ赤にして抗議する。

「はは……今のはちょっと極端な話だけど、それ以外でもやっぱり中学生時代と今じゃ京子は変わっていると俺は思うな。外見も、中身も、どんどん美しくなってるなって」

「そうかなぁ。自分じゃさっぱりそれを感じられないんだけど……」

 自信なさげにいう京子の頭を、浩太は優しくなでた。

「大丈夫だと思う。俺も自分がどうなのか、自分じゃよく分からないしな」

「浩太も?」

「俺だけじゃないさ。きっとみんな同じなんじゃないかって思うけどな。自分の変化なんて、誰かに言われてはじめて気付くくらいでちょうどいいって、俺は思う」

 その言葉に京子は少し考えるように目を伏せて、ややあってからこくりと首を動かした。



 それからしばらくの間、京子と浩太はとりとめのないおしゃべりをしながら穏やかな時間を過ごした。

 やがて、二人の乗っているゴンドラは観覧車の頂点に差しかかる。

「うわー、良いながめねぇ」

「観覧車って、結構高いところに行くんだなぁ。子供の頃は気付かなかったけど」

「そうね。私も観覧車なんて小学生以来だけど、こんなに高いんだなって思った」

「こんなに高いと鈴村さんは大変かもな」

「そういえば、恵美は高いところ苦手だったんだっけ?」

 京子がそうつぶやくと、ゴンドラの下から何やら悲鳴が聞こえてきた。

「……鈴村さんかな、やっぱり」

「でしょうね、多分……正次のせいでしょうけど」

「あいつもいたずら好きなところがあるからなぁ」

「まぁ、本気でやってるわけでもないでしょうから、大丈夫だと思うけどね」

「今日は随分と寛容なんだな」

 浩太が感心したように言うと、京子は肩をすくめた。

「まぁね……推測だけど、今日のこの話の筋書きを書いたのは恵美じゃないかって思うし」

「呼びかけは征矢野さんがやったって聞いてたけどなぁ」

「明日香はあまり作戦を練って動くタイプじゃないし、裏で必ず恵美が動いてるはずよ」

 京子は確信をもって言った。

「京子は鈴村さんを信頼してないのか?」

「ううん、それはまた別の話。信頼する、しないで言えばしているけど、私の身の回りで一番頭が切れるのはどう考えても恵美だもの。特に今日は話が出来すぎだったし」

「事の善し悪しはさておいて、ってことか」

「そういうこと。勿論、恵美は悪い人じゃないから皆に害を与えるようなマネはしないって信じているけどね」

「それを聞いて安心したよ。同級生を疑われるのはちょっと心苦しいしな」

「今の言葉を聞いたら、恵美はきっと喜ぶわね」

 ほっとしたような浩太の言葉に、京子も微笑みながらうなずいていた。



 二人の乗ったゴンドラは頂点から少しずつ下へと向かっていた。

「色々あったけど、今日は来て良かったわ」

「そうだな。朝は一体どうしたものかなって思っていたけどな」

「私も同じ。朝の自分に今の姿を見せたら驚くと思うわ」

「朝の京子は、心ここにあらずの状態だったもんな」

「まあね」

 浩太の言葉を京子は素直に受け止めた。

「大丈夫か、京子?」

「何が?」

「俺と一緒に居るのが、だよ」

「大丈夫よ。さっきも言ったけど、午前中まで感じていた不安はもう感じてないもの」

「でも、京子って肝心な所で強がるようなところがあるだろ?」

 浩太が鋭いところを突いてきたが、今の京子はもう焦らない。

「確かにそうね。私、弱気な所ってあまり他の人に見せたくないから」

「だろ? だから今もそういうところがあるんじゃないかって、ちょっと心配で……」

 浩太がそう言うと、京子はドアにノックするように浩太の胸を軽く叩いた。

「否定はしないわ。でも、私はもう、そういう自分の弱さから目を逸らさないって決めたから……」

「うん」

「だから、心配してくれるのは凄く嬉しいけど、私は大丈夫。もし仮に辛いことが起きたら、ちゃんと浩太にも伝えるわ」

 京子はゆっくりと、はっきりとそう言い切った。その顔に気負いはなかった。

 それを聞いた浩太は、ゆっくりと京子の体を抱き寄せる。

「ここでするの?もうすぐ周りに見られちゃうような高さになるけど」

「午前中は結局出来なかったしな。それに……」

「それに?」

「今の京子には、きっと「おまじない」が必要なんじゃないかって思ってね」

「おまじないって、浩太ったら……ものは言いよう、ってところかしら」

 京子はそういって小さく笑ったが、大人しく浩太の腕に体を預けて顔を向けた。

「京子が不安にならないように……」

「いつまでも浩太と一緒に居られるように……」

 二人は静かに唇を重ね合わせて、お互いの思いを確かめ合った。



 こうして、遊園地での一日は穏やかに暮れていったのだった……。

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駆け出しカップル!? 緋那真意 @firry

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