いつだって笑顔でいたい場合

 遊園地中央のカフェレストラン前。白板京子しらいたきょうこ奈良橋浩太ならはしこうた以外の面々がそこで待機していた。

「……京子先輩と奈良橋先輩、本当に大丈夫でしょうか?」

 一番最初にここにたどり着いた高宮たかみやゆかりが不安そうにつぶやいた。

「奈良橋さんを最後に見た時の状況からすると、多分大丈夫だと思うんだけどね」

 征矢野明日香そやのあすかが言った。明日香は浩太と別れたように見せかけて後を追ったのだが、途中で疲れた様子のゆかりが一人でいるのを見つけたために追跡をあきらめて、ゆかりに付き添っていたのである。

「……鈴村先輩、俺たち呑気のんきに遊んでいる状況だったんですか?」

 白板正次しらいたまさつぐが不満そうな声で言った。彼は自由行動中ずっと鈴村恵美すずむらえみと一緒に園内のアトラクションを転々としていた。

「しょうがないじゃない。二人一組で動かざるを得ない以上、誰か二人は京子とも奈良橋くんとも組まずに動くしかなかったわけなんだから」

 恵美は肩をすくめながら正次をなだめた。

「だからって、ずっと遊んでるってこともないでしょうに」

「あら、結果は空振りだったけど、遊んでいる姿をあの二人に見せるのも作戦のうちだったのよ」

「どんな作戦なんです?」

「二人にカップルが楽しく遊んでいるところを見せて、それぞれに自分を見つめ直してもらいたかったのよ」

「え、じゃあ、俺が呼ばれたのってまさかそのため……」

 正次がげんなりしたように肩を落とすと、恵美はお馴染みのいたずらっぽい口調でフォローを入れた。

「それだけでもないけどね。もし作戦が上手くいかなくて、二人が本当にまずい状態になったときに奈良橋くんと京子の両方の立場でものを言うことができるのは正次くんだけなんだからね」

「げっ、そんな修羅場のときのための要員だったんですか?」

「大事な役割よ。その時は容赦なく私を切り捨ててほしかったんだから」



「……切り捨てる? ……どういうことですか?」

 物騒な言葉を聞きとがめて、ゆかりが口を挟んだ。

「……あくまで最後の最後の手段だったわよね。いざというときは今日のことは全て鈴村さんの仕組んだことで、鈴村さんは皆を利用して奈良橋くんを誘惑するつもりだったんだ、って話をでっちあげて全ての責任をかぶる、ってシナリオ」

 恵美がしゃべりだすより前に明日香が努めて平板な口調で言った。

「……そ、そんなことを考えていたんですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ鈴村先輩! 何もそこまで思いつめなくったって……」

「友達と、惚れていた男の子の心をこっちの都合でどうこうしようとするんだもの。それくらいの罰があってしかるべきじゃないかしら?」

 恵美は普段と全く違う、ひどく冷たい声で吐き捨てるように言った。

「あたしは反対したんだけどね。でも、やる以上は誰かが責任を取らないといけない、汚れ役をあたしに任せる以上、その責任は自分が取るのが筋だって言って聞かなくて……」

 明日香の言葉に、恵美は静かにうなずいた。

「明日香にはただでさえ負担のかかる役割を任せているし、連座させるのは気の毒だったのよ。それにそういうことにしておけばあなたたちの責任もなくなるしね」

「全部を話してくれなかったのは、ひょっとして……」

「……鈴村先輩、あんまりです……!」

 正次とゆかりが非難のこもった目で見つめると、恵美も二人をにらみ返した。

「責任を取るというのは、こういうことよ。それとも、あなたたちに責任が取れるって言いたいのかしら?」

 有無を言わさない恵美の強い口調に、二人は何も言えずに黙り込んでしまう。

「まぁまぁ、いいじゃないの。どうにかその最悪のシナリオを使わずに済みそうなんだから」

 雰囲気がこれ以上悪くならないように、明日香がその場をとりなす。

「……明日香がそう言ってくれると助かるわね。本当に上手く行ってくれればいいんだけど」

「……本当に分からない人だよなぁ、鈴村先輩って」

 直前とは打って変わって気楽な口調でつぶやく恵美を見て正次がぼやくと、明日香が気遣うように肩をポンポンと叩いた。

「……あ、見てください! 京子先輩たちですよ!」

 嬉しそうなゆかりの声に全員が顔を向けると、京子と浩太が仲良く手をつなぎながらゆっくりこちらへと歩いてくる所であった。



 京子はしっかりと浩太と手をつないで歩いていた。

「な、なぁ、俺、ちょっと気恥しいんだけど……」

 堂々としている京子に対して、浩太は少し顔を赤らめている様子であった。

「これよりもっと大胆なことしたこともあったじゃないの。今更手をつなぐくらいで恥ずかしがらないでよね」

「あの時と今じゃ状況が全然違うだろ」

「あら、どの時のことを言っているのか分からないけど、どこでも変わりないわよ……それとも、二人してすっとぼけて他人行儀で歩いてみたいの?」

「……それは……そうは言わないけどさ……」

 浩太が口ごもると、京子は意地の悪そうな笑みを浮かべて浩太の顔を見つめた。

「あーあ、せっかく男らしい浩太の姿を見れたのに、もうどっかに行っちゃったかぁ」

「京子こそ、さっきまでのしおらしい女の子はどこに行っちゃったんだよ」

「甘いわね浩太くん……デキる女の子は常に出し惜しみをするものなのよ」

「それじゃあ、さっきのはたまにしか出てこないのかよ?」

「そんなこともないけれど、常にああじゃ浩太だって物足りないでしょ?」

「全く、よく言うよ……」

 浩太が呆れたような表情を浮かべると、京子はクスクスと小さく笑った。

「……でも、浩太の前でだけよ。私がああいう風になれるのは」

「他の人の前では恥ずかしくて出せないってか?」

「それもあるけど、ね……」

「ん……?」

 含みのある言葉を受けて浩太が顔をじっと見つめてきた。京子はうなずいて言葉を続ける。

「とっておきの、一番素直でかわいい私は、浩太だけのものなの」

 そういって京子はこの日一番の、太陽のような笑顔を浩太に贈った。

 それを見た浩太は一瞬だけ呆気にとられてから、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「やっぱり、京子には死ぬまで勝てそうにないな、俺……」

「違うわよ。勝ち負けじゃないでしょ、私たちの関係って」

「おっと、それもそうだな」

 そう言って二人で笑いあう。

 みんなが待っているカフェレストランはもう目の前だった。

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