第27話 ゴミ溜まりの闘争

「憐れみだよ」


 俺はそんな言葉を吐いて捨てた。


 その時、地面に黒い染みが一つ。

 

 水滴。

 

 大粒の水滴が、ボタリ、ボタリ、と空から降ってくる。

 

 雨だ。

 

 俺は、この雨を待っていた。


「春譜。喋り過ぎだ」


 雨粒は加速度的に増える。


 リンゴを人質に取ったのは、苦し紛れではない。


 この雨を待っていた。


 この時期、青色地区では珍しくない。絞れば滴るほどに水を含んだ夏の大気。そして、青色地区という街が吐き出す熱によって造られた、上昇気流。それらは合わさって、爆弾のような雨雲を造り出す。


 黒々とした、分厚い雲の塊。


 まるで、この街に吹き溜まる何もかもを吐き出したように。


 雨垂れ。


 降りしきる。


 数メートル先の春譜でさえ雨に煙るほど。


 狙撃なんてできるはずがない。


 土砂降りの中、俺は駆けた。


「春譜!」


 叫ぶ。

 

 水煙の先で、彼が銃口を向けた。


 帯磁の万象律 操蛇


 ヘアピンが連結し、鎖を成す。


 吸い込まれるように拳銃に伸びる。


 捉えた。


 鎖を引く。


 瞬間、銃声。


 弾丸は明後日の方向へ飛んでいく。


 その時には、俺は春譜の懐に飛び込んでいた。


 顔面に拳を叩きつける。


 しかし、躱された。


 というより、俺は何も無い空間を殴っていた。


 何故、と悩む暇はない。


 廻し蹴り。


 しかし、雨粒を跳ね飛ばすだけで終わった。

 

 その脚を掴まれた。


 揺炎ようえんの万象律


 春譜の万象律だ。

 

 熱さに脚を引く。空気分子の運動量を制御する基本的な万象律だ。それでも、俺より数段速い上に、規模も大きい。新・最年少律術士は、流石に伊達じゃない。


 掴まれた脚が火傷していた。


 跳び下がって距離を取る。


 そのまま屈みこんで、両手の平を地面に添える。


 帯磁の万象律 操蛇


 ゴミ山のガラクタを磁化。


 幾筋の鎖が、同時に、四方八方から春譜に迫る。


 しかし、どれも空を切った。


 その時、顔面に軍靴の底。


 蹴り飛ばされた。


 立ち上がった所に、拳が飛んで来た。


 春譜は、巧みな体捌きから、切れ目のない連撃を繰り出す。


 軍隊仕込みの格闘術だ。


「弱すぎます! 狙撃が無くなった所で、勝ち目なんて無いんですよ!」


 そんな言葉に、俺の口の端が、思わず吊り上がる。


「一人ならな」


 俺の背後から、詩が飛び出した。


 この雨だ。


 春譜も気づくのが遅れた。


 抜き身の緋兎丸を振り降ろす。


 それでも峰打ちなのは、流石と言うべきか。


 ただ、剣風に吹き飛ばされた雨粒が、その威力を物語っていた。


 しかし、そんな最速の一撃も空振った。


 切っ先がゴミ山にめり込む。


 その刃の腹を、春譜が踏みつけた。


「んっ」


 詩が必死に刀を引き戻そうとするが、びくともしない。


「終わりです」


 春譜が終幕を宣言する、が、その時、彼の踏みつけた刃が煙のように溶けた。


 瞬閃の万象律


 不意に足場が無くなり、春譜が体勢を崩す。


 そう。


 ここだ。


 多分、これが最後の隙。


 彼の左腕を掴む。


 そのまま、その腕を肩で担ぎ上げるように投げ飛ばす。


 背負い投げ。


 春譜が宙を舞う。


 受け身を取ろうにも、地面はゴミの山。


 おまけに、雨でぐちゃぐちゃに濡れている。


 転がり落ちる。


 ゴミ山の麓で、起き上がる気配が無い。


 頭でも打って、気を失ったか。


 ゴミに混じって、足元に拳銃が落ちていた。


 春譜が落としたものだ。


 思わず拾い上げる。


「駄目だよ」


 詩が言った。


「分かってる」


 分かっていなかった。


 詩が居なかったら。


 俺は拳銃を、ゴミ山に放り投げた。


 結局、春譜の武装や通信装置の類を剥ぎ取り、ゴミ山に埋もれていたコードで幾重にも縛り上げるに留める。詩がリンゴを背負い直した。


「証。行こう」

「ああ」


 雨が止まないうちに、この街を出なければ。


 踏み出した一歩。


 水溜まりを跳ね飛ばす。


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