第3悪「命を懸けて命を狩る」


 なんてことはない、村を救うってのは。


 蓋を開けてみれば、たかが熊を退治するってだけの簡単で明快なお仕事だったわけさ。拗れた人間関係の修復だとか、未知の疫病の猖獗しょうけつだとかもっとまどろっこしいものだったなら俺はとんずらを決めてやろうかなんて思っていたけれど、そのくらいなら彼女の命と釣り合っているだろう。どっちもおんなじ命なんだし。


 命を懸けて命を狩る。


 まあ、いいんじゃねーの。



 問題はこれからどうするか、だ。せっかく与えられた役目もあっという間になくなったわけだしな。村に残るなんてのはあの檻の中にいるのと変わんねーし。


 とりあえず、まあ、あれだ、なによりだ。


「目の前の状況を何とかしないとな……」


 俺の前には激高する村の民。


「おかしいな、俺はお前たちの村を危機から救ったはずなんだがな……」


 鬼を退治した桃太郎は、村に帰り、称賛され、感謝され、崇拝されるはずなのに。熊を退治した俺様は労われることさえも許されてないってのかい、おいおい、そりぁあねえぜ。


「間違えるなよ、俺は、あの熊をやってやったんだぜ。感謝されても、癇癪かんしゃくを起される筋合いはねえってもんだ」


 まあさ、理由は分かってるけどよ。


「よくも……よくもうちの娘を……」


 悲痛な声で、そして、沈鬱な様で父らしき人物が言った。その慟哭どうこくは俺が狩った熊よりも恐ろしく、気味が悪い。


「すまない、すまない。つい手がよ、滑ってな……」


 最近、自分の否を素直に認めない輩が多い気がする。もちろん、その気持ちは分かる。自分のやった過ちは、看過できるなら看過してもらいたい、当然のことだ。だが、俺は自分のやったことを正直に話そうと思う。これまでもそうだったし、これからもそうだ。


 自分を正当化するつもりは一切ない。自分の命はどうなってもいいと言った奴の命をどうでもよくしてやった、それだけだ。


 これを非情と言うのか、冷徹と言うのか、残忍というのか。おそらく世間一般ではそうだろう。常識と言う消えないペンキで塗り固められた人間の見分では、そうとしか思えないんだろうな。


「だから、脳の八パーセントしか使って生きられないんだよ、クソが」


 そうぶつくさと嘆く俺。その前で娘の父は、


「どうして……どうして……」


 このまま俺に殴りかかってくるような奴だったら俺も遠慮なく潰すことができた。俺に盾突く奴は問答無用で壊してやる、そう思っていた。


 だけど、目の前の父はその類ではなかった。


「娘は……赤梨あかりは……」


 どうやら自分の脳内の記憶を辿り、娘のいない現実と、娘のいた過去とを往還し、その狭間で懊悩おうのうしているようだった。


「赤梨を返してくれよ……くれよぉ」


 そんなことを言われても、死んだ命を生き返らせる技術はあいにく持ち合わせてはいないんだ。


 こういう、自己内対話でうだうだとするタイプもよ、結局のところさ、


「鬱陶しいんだわ。悪いけどよ、今死ぬか、後で死ぬかどっちか決めてくれ」


 俺はなるべく優しい口調でそう言ったつもりだ。なにせ目の前の人間の命、それもなんの罪もない人間の命を奪うのだから、申し訳なさを感じて、精一杯遠慮がちに言った。


「なんだそれは……お前は、一体、何者なんだ……」


 困惑する父を意に介しすることなく俺は言ってやった。


「俺が何者かって……そりゃあよお……」


――悪者だよなあ。


「だから、殺しても、壊しても、消しても、文句ないよなあ。理にかなってるよなあ」


 その後は語るのも野暮ってもんだ。無辜の民を無残に無益に無理に殺しただけだ。この話は終わり終わり。


 っと、ここで俺は我に返る。まあいつでも自己中の我中心だから初めから我々なんだけども。


「この後どうするか、そう言うことだな」


 破獄の祁答院メギドとなったわけだが、人助け? なんてのも性に合わない。だからといってこのまま漫然と、自堕落に、生きていくのも興覚めってもんだ。



 俺は沈思黙考の末にある決断を下す。



「そうだ、家に帰ろう」


 どうして最初にそう考えなかったのだろう。誰もいない家があるじゃないか。こうして放浪の旅も悪くねえが、俺には帰るべきところがあるだろう。

 そうだ、帰ろう、故郷アグリアに。


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