第2悪「悪人、千里を全力疾走中」


 悪事千里を走る、いいや、悪人千里を全力疾走中だ。


「しっかし、こんな世の中に俺の居場所は……」


 目的地も到達点も夢も希望も目標も道標も何もかも皆無、俺はいったいどうすりゃいいんだ……


 そうして考えあぐねる俺は一つの解答を見出す。


「まあ、なければ作ればいいか」


 いつ何時もプラス思考、お気楽な楽観主義者と言われても構わない。理由が見つかるまで走り続けるだけだ。


 走り続けて何時間経過しただろうか。いくつもの山を越え谷を越え、俺は道なき道を突き進む。


 道は切り開くだとか、自分が進んだ後に道ができるだとか言う下らない言葉に踊らされたわけじゃない。


 道がなくても前に進み続けろだとか、後ろを振り向かずに進めだとか言う訓示に影響を受けたわけでもない。


 ただ、我が儘に我を通しただけだ。


「俺が通る、我が通るってな!」


 鬱蒼とした林の中、見たことのない植物が郁郁青青と生い茂る。花の香、鳥の囀り、春風駘蕩たる穏やかな日和。


 全てが俺を歓迎しているようだぜ。


「っと……あれ……」


 ここで俺を取り巻く全てに感謝したところで突然視界が歪み、俺の足がその場に崩れてゆくのが分かった。


「体力の限界に厳戒注意ってな」


 そのまま俺はしばらくその場にうつ伏せになり、朦朧とする意識の中、快い風を一身に受けていた。


「ちょっとお休み、お安い御用……」


 こうして俺の逃亡生活は終了した。ほんの少しの脱獄生活、楽しかったぜ……


 あれ、あれあれ。俺はあの鉄格子の中にいない。ふかふかのベッドに横たわり、体調も万全といって差し支えないようだ。


「知らない天井だ……」


 なんていう凡人が言ってしまいそうなセリフを俺は言わない。あそこで倒れていた俺は誰かに見つけてもらって助かったんだ。


 きっとそうに決まっている。


「気が付きましたか?」


 なんて言う言葉をかけられた。見れば分かるだろ? 気が付いてるっての。


「ああ、悪くはねえ」


 きっと、気分はどうですかなんて質問をするだろうから機先を制したまでだ。


「そうですか……それは良かった……なにせ道端で倒れていらっしゃったから……」


 親切にどうも、俺は彼女に礼を言ってさっさとこの場所から逃れようとする。


「あ、ちょっと……まだ動かない方が……」


 俺はそう言いかけた彼女の喉元を思いっきり鷲掴みにする。


「っく、るしい……」


 精一杯彼女は抵抗する、華奢な体が俺の右腕の力だけでかすかに浮き上がる。抵抗しようと必死に体を動かすががっちりと掴んだ俺の右腕がそれを許さない。


「分かっただろう。この通り、問題ねえよ」


 俺はふっと右手の力を抜いて彼女を開放する。その場にばたりと倒れこんだ彼女、俺はこのまま俺に怯えて逃げ出すと推測していた。いきなり乱暴されたんだ、当然のことだ。


「っか……っ……」


 しかし彼女は咽ながら、呼吸を整えて、何かを俺に伝えようとしていた。彼女の目が俺の瞳をまっすぐに見つめる。これは覚悟をしている奴の目だ。


「私の命はどうなってもいい! だから……村を救って!」


 なるほど……そうきたか。村を救う、脅威の排除、村の安寧の確保、こんな見ず知らずの男に懇願しなければならない逼迫した状況。ふむふむ、奴の覚悟の瞳に免じて、一丁やってやるかちょっとばかし頑張ってやるか。どうせ目標だって、生きる意味だって何もかも失っている。そんな俺に生きる意味ができる。任務が与えられる、役割を持たされる、使命が頂ける。


 いいじゃねえの。


 だから、しばらく考えた風を装って答える。


「うい。じゃあ、てめえを殺して村を救う」


「え……あ……なん……で……」


 彼女は苦しみに顔を歪めながら、凄絶な苦痛に悶絶しながら、そう言った。彼女の華奢な体がまた俺の腕力によって宙に浮く。彼女はどうやらこの状況が理解できないらしい。


 そんなの単純なことさ。対価ってやつさ。前払いってやつさ。


「それがてめえの望みだろ。それが正しいんだよなあ。まさか、運良く、都合よく、自分の命まで助かるなんて思っちゃいねえよなあ」


 当然、物事は平等だ。両者に利益があってこそ、交渉は意味を成す。謝礼や報酬を貰うのは当たり前のことだ。お前の命を代償にして、俺はお前の望みを叶える。


 何も難しいことはないだろう?


 何も間違ったことじゃないだろう?


 これを悪というのか。


 そんなの倫理的におかしいって。


 命は等しく尊重されるべきだって。



 はっはっは!


 高笑いしてそんな幻想吹き飛ばしてやる。さっさとそんな妄想から目を覚ませよ!


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