第29話 おっさん、土下座される

「最初のテーマはこちら!『最近びっくりしたこと』! えー、石橋雲雀ひばりちゃん! 『いもうとの寝起きが天使すぎてびっくりした』! なんやこれ?」


 初撃ファーストアタック回避とか言ってた石橋さんが初撃受けたよ。世の中厳しいな!


「妹のほたるはきびきびしたイメージがあると思うんですけど、……」

「うんうん、石橋蛍ちゃんな、優等生っぽいもんなあ。こないだ局で分度器で計ったみたいなお辞儀されたで。数学の先生かと思たわ」

「……なんですけど、前日の仕事が遅くなって、うちに泊まったんです」

「あー、それあるな。おねーちゃんの家の方がスタジオに近いんや」

「はい、それで久々に一緒に寝たんですけど、寝起きが悪くて」

「一緒に寝た! 石橋蛍と! うわー、まあ姉妹やけど、今、テレビの前でだいぶ嫉妬されてんでー! 代わってくれって!」

「ダメです。で、顔がぼうっと緩んでるのが、普段のイメージと全然違って、チョー可愛かったんです! もうびっくり!」

「おー、それはすごいなー、レアやなー。写真ないの?」

「もちろん撮りました! けど、絶対に見せられません!」

「後でメッセージふるふるしてな。教えるから」

「まぐろさんでもダメです!」

「んー、イケず―」


 笑い声の効果音SE


 そんな感じで生放送が進む。みんな受け答え上手いなあ。さすが芸能界の先輩、しかも旬のタレントといわれるだけのことはある。タイプはいろいろだが、美人揃いだし、キャラも立ってる。てか、濃い。

 そうじゃなきゃ、あまたの芸能人の中で視聴者に支持されない。

 厳しい生存競争だよな。

 大変なビジネスだ。


 俺も脳内でまぐろさんとの想定問答イメトレを繰り返す。俺のせいで番組がつまらなくなったら、皆さんに申し訳ない。

 ロールプレイングはお手のものじゃなかったのか、俺!

 しっかりしろ!


「次は、巽南そんなんはかりさん! えー、『選手村でずっとアニメのコスプレしてる選手がいた』。あ、これは有名な話やね。金メダリストのバルトチェフちゃんもその前のウルスラちゃんもアニメ大好きやんな」

「はい、プリンセスマスタープリマスのぬいぐるみをアリーナに持ち込んでましたし。あのー、それよりもっとびっくりしたことがあるんですけど」

「お、アドリブ入れてくるとはあんたも業界慣れしてきたやん! かまへんかまへん、なんでもゆーて」

「そこの椥辻なぎつじソフィーリアさんがさっき見せてくれたんですけど、彼女、オリンピック選手バリの運動神経してるんです。連続宙返りなんて朝飯前みたいで」

「あ、そうなんです、彼女すごいんですよ。イベントでもキレッキレの動きします」と、声優の川上美由紀さんも乗っかる。


「え、そうなん? ソフィーリアエルちゃん、ちょっと前でやってみてーや」


 おはチョーでのコスプレアクションのことはまぐろさんも知ってるはずだが、他局だから触れないんだな。

 でも、これはイメトレの想定外だぞ。


(ソフィ、頼む)


 すまん、丸投げだ。


(はい。ここは天井が高いから、大丈夫そうですね)


「は、はい、わかりました。失敗しても怒らないでくださいね」

「怒らへん怒らへん、大笑いするだけや」


 爆笑の効果音SE


 榿ノ木はりのきさん、射場いばさんの間を通って前に出る。

 なんか、狭い。わざと邪魔してる?

 二人に冷たく笑われたような気がした。


 西宮にしのみやさんが言ってた上手くイジられるって、新人は無茶振りされて笑いを取らされるということだったんだな。


「棒を貸してください」


 雛壇の前に立ってそういうと、アシスタントディレクターさんがマイクのロッドを差し出してくれた。もちろんマイクを外した棒だけ。


「いきます」


 ソフィにスイッチ。


「ハアアッ!」


 ステップしながらブン、ブン、ブンと棒を振る。上段、下段、クルンと回って中段で突き。これは杖術じょうじゅつだ。異世界流なので、日本の杖術や、中国の棍術とも西洋の棒術とも違うが、そのハイブリッドのようにも見える。

 って、俺も詳しくはないけどね!


「イヤッ!」


 気合いとともに棒を体の周囲にひと回しし、床を蹴った。腕を伸ばして高く跳びあがる。伸身で宙返りしつつ、伸ばした腕の先の棒をコマの軸にして高速回転する。三回転半して着地。さらに床を蹴る。

 今度は屈伸し体の中心に棒を水平に抱え、それを横軸として逆上がりするように後方へ二回転。

 着地すると今度は前方に飛び込む。片手に棒を持ち、片手で開脚側転。1回転半回って片腕の力だけで宙へ跳ぶ。

 体を空中でひねって屈伸で着地。そのまま立ち上がりながら棒を左右に払って、腰に納めた。


「オソマツサマデシタ!」


(ソフィ、戻して!)

(あっ、すみません。ディーゴにスイッチ)


 まぐろさんが口をかぱーっと開けて固まっていた。

 おい、生放送!


「あ、棒ありがとうございました」


 慌ててADさんが引き取る。


「なんや今のー!」 まぐろさんの意識が帰ってきたようだ。


「オリンピックちゃうやん! これ、オリンピックや! なんちゅーものすごいもん見せてくれたんやー! たしかにこれは、びっくり、いや、超びっくり、ウルトラスーパーデラックスびっくりや!!」

「スタジオの床で三回転半って……。人間の限界超えてるよ!」


 巽南さんが引いてる。そうだった、彼女の得意技は三回転―三回転。スケートのスピードがあってこそだもんなあ。テレビ局のスタジオでハイヒール穿いたまま軽々やられたら、立場ないな。

 それに体操の床はスプリングで反発するように出来てたよな、たしか。


「えー、オリンピック委員会の皆さん、椥辻ソフィーリア選手へのご連絡はトーク御殿支配人の放出はなてんまぐろまで、よろしく頼んます! お申し込みはこのあと24時まで!」


 どっと笑う効果音SE

 よかった、何とか繋がったな。


 席に戻る時、榿ノ木さんらは今度はさささっとどいてくれた。


 しかし。


「椥辻ソフィーリアちゃん! ……」


「椥辻ソフィーリアちゃん! ……」


「椥辻ソフィーリアちゃん! ……」


 なんか、俺、出番多くありませんか?

 エルちゃん呼びがどっかいったのは良かったけど。


 アクションが気に入ったのか、各コーナーで俺が指名される。もちろん他の人も指名されてるけど、俺の回数明らかに多いよね。

 台本では各コーナー3人。それで1人1回ずつで12人全員出番がある。もちろん時間があればプラスアルファなんだが、さっきのコーナー、俺2回も指名されたし。

 そのしわ寄せで一言二言で切り上げられる人が何人か出てきている。


 俺の回りの空気が冷たい。ような気がする。


 いよいよ最後のコーナー、『実はこんなことが得意です』がはじまった。

 これを乗り切れば、終わりだ。

 射場さん、九条さんが指名される。結構トークが長い。


 放送時間は残り2分を切った。十分出番はあったし、このまま終わってくれればよしだ。


「椥辻ソフィーリアちゃん!」


 え、また俺!?


「魔法の美少女キューティプリティRのエンディングダンス。キュープリ、懐かしーな!」

「まぐろさん、劇場版でゲスト声優されてましたよね」と川上さん。


 え、そうだっけ? 劇場版は見てないのがあるな。


(劇場版キュープリ『魔法帝国の逆襲』併映のミニドラマ『テレビの国からこんにちは』です)

(ソフィ、あんたオタクシンクロ率が相当上がってるね!)


「おお、コラボのシットルケンケン役でな。なに、音源用意出来てる? あらー、テレビ朝陽ちょうようさんありがとうございます。うちのスタッフの無理を聞いていただいてー。今度またコラボ企画よろしくお願いしまっさ!」


 キュープリは大東亜テレビDTVじゃなくてテレビ朝陽の番組だった。最近は他局でも結構融通が利くなあ。

 って、音源

 それってもしかして!?


「ほな、『ソフィ、キュープリダンス踊ってみた』いきまっせ。ミュージックスタート!」


 エンディングソングのイントロが始まった。

 ええええ!


 と、困惑している暇はない。これは生だ。振られたら受けるしかない!

 また前に出る。榿ノ木さん、射場さんが間を大きく開けてくれた。やけに素直だな。まあこれ以上露骨に邪魔するわけにもいかんか。


(ソフィ)

(任せて!)


 音楽に合わせ、手を振り、ステップを踏み、腰を振り振りして踊る。

 ソフィ、ノリノリだ。

 ホントは歌いたいとこだろうが、今日はダンスだけ。

 いつの間にか手拍子が始まった。ADさんの指示だな。


 曲はテレビサイズからさらにBメロを中抜きしたものだった。40秒足らずで踊り終わる。

 ラストの決めポーズで、カメラに向かってウインク!

 ADさんが『そのままのポーズで』というカンペを出す。


「はい、本日はここまで! 来週は『集結! バイプレイヤー』。次回も必ず見てや―!」


 カメラのタリーランプが消える。


 終わった!


 スポットやセットの電飾が消えて、通常照明に戻る。

 俺も決めポーズを解いた。体の制御はすでに俺にスイッチされている。


「お疲れさまでした!」


 前に出ていた俺が一番近かったので、まぐろさんに挨拶する。順番飛ばしだけど、俺がどかないとほかの人が挨拶できないし、かといって挨拶せずに後ろに戻るのも不自然だから仕方がない。


「おー、お疲れさん。ソフィちゃん、あんた、ホンマにすごいなあ。何がすごいって、あんだけ動き回って全くパンチラせんのがすごいわ! 内心見えへんかなーっておもててんけど! くえくえくえ!」

「ご心配なく。一応、考えて動いてますから」

「今度は考えんでええで。くえくえくえ!」


 ご機嫌だな。まあ、テレビでもこの人の機嫌が悪いとこなんて見たことないけど。


 順番飛ばしは誰からも叱られなかった。よかった。

 ということで鶏冠井かいでさんと一緒に他の誰よりも早く控室に戻った。


「女神さま、荷物を片付けて早く出ましょう。今日の放送で完全にファイヤーを敵に回したと思われます。女神さまが目立つのは想定どおりでしたが、ちょっと目立ちすぎてしまいました」

「そうだよな。空気が冷たかったし。ソフィ、やりすぎだよ」

「ソウデショウカ? アノクライ、トウゼンデス。でぃーごニ、シオタイオウ、スルカラデス!」


 ああ、ソフィ、榿ノ木さんたちに怒ってたのか。でも、会社だって先輩なんてあんなもんだし。

 ましてや人気商売なんだ。新人いじめなんてよくある業界だろう。


 とか言っているうちに、岸和田きしわださんたちが帰ってきた。

 マネージャーは連れていない。


「お疲れさまでした!」と、笑顔で挨拶。新人だもの!


 三人とも青い顔をしている。特に岸和田さんは真っ青だ。西宮さん、淡島あわしまさんは少し震えているように見える。


 ん? どうした?


「あああ足、踏みかけて、ごごごめんなさい!」


 岸和田さんががばっとカエルのように伏せて土下座した。

 いや、結果的に踏まれなかったんだし、土下座するほどのことは。


「ゆゆゆ許してください。ででで出来心なんです。ほんとにすみません! こここ殺さないで!」


 なんか泣き声になってるよ。

 それにフレディかジェイソンみたく言われてるよ。なんで?


「ええ、岸和田さん、なにか勘違いされているのでは? それに踏まれそうになっただけですし。土下座なんてやめてください」

「いえ、いえいえいえいえ! あの棒! 殺気がこもってました! もうあれから怖くて怖くて! あああ、申し訳ありません! すべて悪いのはこのあたしです! でも殺さないで! お願い!」


 床にぽたぽたなんか垂れてる。涙?

 ちょっと臭うけど。


「はい、確かのあの時研ぎ澄まされた感覚がありました。一気にスタジオがヒヤリとするくらいに」


 鶏冠井さんが付け加えた。そうか、空気が冷たかったのって、俺の、いやソフィのせいか!


「いえ、あれは殺気じゃなくて、集中しただけです。岸和田さんとは関係ありませんから」

「ほ、本当ですか?」


 岸和田さんが顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃになってるよ。グラドル台無し。


「本当です。全然気にしてませんから! そら、立ってください」


 手を引いて立ち上がらせる。

 床のシミは前後に二か所あった。気にしないでおこう。


(ソフィ)

(はい、殺気をこめたのは本当です。人によっては本当に斬られたように感じたかもしれません。でもやりすぎちゃいましたね、テヘペロ)

(おい、視聴者は大丈夫なのか?)

(効果範囲を限定しましたから。まぐろさんとか普通だったでしょ? 鶏冠井さんも殺気までは感じてないですし)

(まだ練習中なんだから、暴走したらまずいだろ。そういうのは安定してからやってくれ)

(はーい)


 そうなんだ。


 この10日で、既に電素セル魔法を現実世界リアルで一部使えるようになっている。一部なのは俺が魔法をまだ少ししか覚えていないからだ。


 ソフィの身体能力が以前より遥かに向上しているのも、実は時空魔法によるものだ。

 もとから、感覚は鋭かったし、基礎体力もあったが、骨格や筋肉を魔法障壁で強化し、神経伝達を加速させる。

 身体の内側には発動させやすいこともあって、さっきのように超人的な運動能力が発揮できるのだ。


 どうやら選択的魔法障壁に殺気の精神波動を乗せたようだ。時空魔法ってこんな使い方も出来るのか。

 ソフィ、恐ろしい子!


「ソフィさん、私たちも、謝ります」西宮さん、淡島さんも頭を下げる。


「え、どうしてですか?」

「実は、事務所から、新人に厳しさを教えてやれ、みたいなことを言われまして」


 淡島さんが打ち明ける。ああ、やっぱりね。淡島さんファイヤー所属だもんな。


「私も似たようなことを指示されました」西宮さんはファイヤー系列のビーエックスだったな。


「そうなんだ! 私、目立っちゃうから、ごめんなさい! 私も気にしないので、皆さんも気にしないでください! こんな業界ですから、足の引っ張り合いも仕方ないですよね。ビジネスは仁義なき戦いです。でも、出来たら仲良くしたいですけど」

「「「本当?」」」

「本当です! 事務所は違いますが、これからもよろしくお願いします!」

「あ、ありがとう、ございます」

「ありがとう!」

「ありがとうね!」


 三人とがっちり握手した。みんなホッとした表情だ。岸和田さんは早くメイクなおした方がいいよ。うん。


 外に出ると、三人のマネージャーが廊下にいた。俺を見て、猛獣でも見たかのように青ざめた。

 ああ、そうか。彼らも側か。それで、俺が中にいたから入ってこれなかったのか。

 タレント置きざりにして無責任な奴らだな!


「今日はありがとうございました」


 マネージャーたちにお辞儀をしてその場を去った。新人だもの。


 鶏冠井さんが勝ち誇った顔をしていた。

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