第30話 姫、手合わせする

 どうしてこうなった。


 いや、それは嘘だ。わかっている。

 こないだの生放送『トーク御殿』で超人的な運動能力を披露したからだ。


 本当に帝国陸上連盟陸連をはじめ、様々なスポーツ団体からオファーが来た。

 バラエティ番組ならいいが、本物のスポーツ大会はまずい。魔法でドーピングしてるからな。絶対ばれないとは思うが、ズルだ。俺の矜持が許さない。


 ということで、鶏冠井かいでさんにすべて断ってもらっている。彼女が有能で良かった。


『日本のために』『国威向上』『国家の威信をかけて』『国民が君に期待している』って、押しがめちゃくちゃ強いんだ。


 ソフィまで「お国のためなら、やらないといけないのでは?」とか言いだすし。

 ああ、こいつ国のために戦争してるんだったよ! っていうか国体そのものだったよ!

 でもズルはダメです! ソフィさん!


 それと、あれ以来ファイヤー・プロモーション系タレントからのいやがらせがなくなった。

 表面上は、だが。

 一度、ファイヤーの畔勝あぜかつ次長と局ですれ違った時、なんともいえないねちっこい視線を感じた。くわばらくわばら。

 そういえば、SSSスリーエス双岡ならびがおかメンバーにもまた会った。

 やけにうれしげに挨拶してくれた。

 こいつは何考えてるのかよくわからん。


 まあ、それはいいとして……。



 今、俺の前にはスキンヘッドのムキムキマッスルガイがいる。

 夜の部マンションコンシェルジュの童仙房どうせんぼう間人たいざさんだ。

 ここはマンションの駐車場。昼間なので車はほとんどなく広々としている。

 駐車場の四方はルーバー状の塀で囲まれており、外から中は見えない。


 おなじくコンシェルジュの室牛むろじ是安これやすさんが脇で俺たちを見ている。


 トーク御殿を見た二人がどうしても俺と手合わせしたいと言って聞かなかったのだ。

 帰りは遅いので、マンションに戻ると二人のうちのどちらかがカウンターに座っている。

 そしてその度にぜひ一手と嘆願されるのだ。


 あんたら、ストーカーだよ!


 ついに根負けした俺は、貴重な数時間の余暇アイドルタイムを使って今ここにいる。

 魔法の勉強しないといけないのにー!


 もちろん、体の制御はソフィだ。俺だと勝負にならない。

 F1マシンを素人が運転出来ないのと一緒だ。同じ肉体とはいえ、俺じゃソフィの性能は引き出せない。


 ルールは1対1の5分間1本勝負。

 得物はなし。身体のみ。でも、噛みつき含めなんでもあり。

 ソフィVS童仙房、ソフィVS室牛の順で、ソフィに一撃を与えれば相手の勝ち。

 ソフィは5分間逃げ切るか、逆に一撃を与えれば勝ち。


 運動神経がいいのは生放送で公開しちゃったけど、格闘術は披露していない。

 逃げ切りで終われば、それに越したことはない。童仙房さんたちが自信喪失しちゃうとマンション警備上困るし。


 童仙房さんはジャケットとワイシャツを脱ぎ、タンクトップにスーツのズボンという格好。革靴も脱いではだしだ。

 ソフィは長袖Tシャツ、膝上までのスパッツにスニーカー。以前の安アパートから持ってきた俺のジャージの上だけを羽織っている。

 俺が以前着てたジャージだが、ソフィが着るとなんか可愛いおしゃれアイテムに見える。不思議だ。


「はじめ!」


 室牛さんが号令をかける。審判役だ。


 それとともに童仙房さんがダッシュでソフィとの距離を詰めた。突き! 突き! 突き!

 高速ピストンの正拳突きだ。一撃一撃に本気のパワーが乗ってる。

 容赦ないな。

 でも、神経伝達加速下では、まだまだ遅い。余裕でかわせる。


「はっ!」


 気合と共に童仙房さんが踏み込み、足払いを掛けてくる。ひょいと跳びあがってよけるが、連続してするどい上段蹴りが来る。

 でもそれは予想していた。空中で体をひねり軌道を変え斜めになる。蹴りが空を切る。狙いが正確な分わずかな変更で避けられる。ぽんと着地。

 童仙房さんが半歩踏み込み膝蹴りがぐんと迫ってくる。バックステップで距離を取る。またダッシュで詰めてきて正拳突きのラッシュ。通称オラオラパンチってやつだ。スウェーで左右にかわす。フック、アッパーを混ぜて揺さぶってくるが、遅い。


 髪の毛1本とは言わないが、わざとわずかな間隔でかわし続けているので、童仙房さんがいらいらし始めた。攻撃が荒くなる。足払い、外掛け、内掛けと柔道技が多くなってきた。

 きっと打撃技より柔道の方が得意なんだろうな。でも、そんなむきになった攻めじゃソフィは捕まえられないよ。


 もう残り時間があまりない。

 童仙房さんがバックステップで間合いを取った。その場ステップしながら深呼吸。気持ちを切り替えて冷静になろうとしているな。さすがだ。


「はああっ!」


 猛烈なダッシュで突っ込んできた。これは早い!

 勢いに乗った回し蹴り。今までで最速の技の出だ。

 上体を大きく後ろにそらして避ける。慣性で胸が遅れてあやうく当たりそうになるが、ぎりその上を脚がかすめていった。が、童仙房さんはすでに宙に浮いていた。空中回転したまま2撃目の後ろ回し蹴りが迫って来る。

 こっちが狙いか。しかも童仙房さん自身が重力で沈みつつあるから、下に避けたソフィとちょうど交差する高度だ。考えたな。

 ソフィは仰向けに反ったまま、両手で素早く地面を突いて脚を先にして飛びあがり、回転する脚の間をミサイルさながらに抜けた。

 そのまま両ももで顔を挟み、体をひねり童仙房さんを地面に叩きつけた。

 ごん、と鈍い音がする。


 ぱっと離れて様子を見るが、床に寝たまま動かない。気絶したようだ。やけに幸せそうな顔をしているが……。


「1本! それまで!」


 もしキックだったら、童仙房さんの命がなかったかも。

 ソフィが手加減したな。まあ今のも一歩間違えたら頚椎骨折だよ。

 太ももをクッションにして体落としのショックを和らげたのはわかったけど。


(反撃するつもりはなかったんですが、つい……)


 しばらくして、「いててて」とか言いながら童仙房さんが起きあがった。


「間人、まるで歯が立たなかったな」

「ああ、是安。まるで大人と子供だった。いくら戦っても勝てるイメージが全くなかった。椥辻様は本当にすごいぜ。お前、なんか策はあるのか」

「いや。間人との戦いを見て、上には上があるなと思った。16歳の女の子だぜ。まったく、戦の女神というものがいるとしたら、椥辻様のことだろうぜ」

「そうだな、是安。次はお前だ。女神の胸を借りて来い」

「おお、出来るだけのことはやってみるよ」


 二人が間人、是安と呼び合うたびにソフィの目がキラキラしている。

 こいつガチのBLだった!

 頼むからリアルな人物に対して受けとか攻めとか考えないでね!

 それはフィクションの中だけにしてね!


 童仙房さんは今夜当番なのでスーツを着ていたが、室牛さんはトレーニングウェア姿だ。童仙房さんに比べるとスリムだが、筋肉はしっかり盛り上がっている。細マッチョだ。四角い日焼けした顔に短髪が似合ってる。ザ・達人って感じだ。


「二戦目だけど、いいかな?」

「いつでも」


 相対して構える。


「はじめ!」今度は童仙房さんが審判だ。


 同時に、室牛さんが距離を早足で詰める。開幕ダッシュは童仙房さんと同じか。拳か? 蹴りか?

 と、ゼロレンジに入る直前、急角度で右に跳んだ。右に体を向けると、すでに地面を蹴って撥ね上がっていた。空中で半回転して両足蹴り。さっとステップでかわすが、それは読んでいたのだろう。左側に抜けて両足で地面を蹴ってボディアタック。飛んでくる室牛さんの周りをローリングして逃げる。室牛さんは何とかソフィを捕まえようと手を伸ばすが届かない。お互いアクロバットな動きで位置を入れ替え、相対する。


 かなり早いな。パワーファイター童仙房、スピードファイター室牛という感じか。力と技みたいなもんか。どこかにV3がいそうだな。


 室牛さんはふぅと息を吐くと、低い姿勢でジグザグにダッシュしてきた。何とか捕まえようという魂胆だろうが、そう簡単にはいかないよ。

 ポンとジャンプしてやりすごす。と、室牛さんが跳ねた。ソフィに続いて高くジャンプする。ひねりながら空中のソフィを捕まえようと手を伸ばす。ソフィは屈身から伸身に姿勢を変え軌道を曲げる。着地。直後室牛さんも着地し、低い姿勢で足を払う。残念、遅い。膝のバネで跳び上がり、空中で一回転して避ける。すでに室牛さんがダッシュで迫っていた。後転して避けながら逃げる。


 たしかに早いけど、ソフィの方がスピードが上だ。逃げる、攻められる、また逃げる。そんな手合いが続いた。


 室牛さんの息が荒い。そろそろ時間いっぱいだ。全力5分はしんどいだろうな。ソフィは余裕だが。


 室牛さんがすぅと深く息を吸った。

 弾丸のように飛び出した。これは早い!

 童仙房さんといい、なんかスピードが上がる呼吸法みたいなのがあるのか?


 迫る室牛さんが巨大に見える。どっちに逃げても捕まえてやるという執念が姿を大きく見せているんだ。

 ソフィは軽く屈んで左にそれつつ室牛さんの右手に触れた。この機を逃すかと室牛さんがソフィの左腕を取ろうとする。が、逆にソフィが左手で室牛さんの右ひじを跳ね上げ、右手を股にくぐらせた。

 そして室牛さん自身の勢いを利用して、担ぎ上げながら投げ飛ばした。


 どがん! と衝撃音が響いた。


 室牛さんは背中を強かに打ち付け気を失っていた。やっぱり幸せそうな顔をしている。

 もろ握ってましたよね、ソフィさん。あの手の感触……。


「1本、それまで! おい是安、大丈夫か!」


 童仙房さんが駆け寄り、頬をぱんぱんと叩く。


「お、お……、いててて。生きてるよ……」


 童仙房さんが室牛さんの肩を担いで起こす。

 あー、ソフィがキラキラしてるよ。

 まあ確かにそういう絵図だな。俺もなんか変な気分になる。

 きっとソフィの目にはバックで紫の薔薇が満開になっているに違いない。


「最後、絶対捕まえたと思ったのにな。なんだあの技の無茶苦茶なスピードは。仕掛けたつもりが仕掛けられて、気がつけば宙を舞ってた」

「是安、俺たちもまだまだだ。いささか自惚れが過ぎたな」

「ああ、まったくだ。間人」


 二人が立ち上がり、俺に向かって深々とお辞儀した。


「「お手合わせ、ありがとうございました! 椥辻様!」」

「い、いえ、こちらこそありがとうございました。では、私はこれで」

「はい、もっと強くなったら、再戦リベンジお願いします!」


 ええ、またやるの~。


 マンションロビーに戻ったら、山端やなばなさんと柊谷ひいらぎだにさんがカウンターにいた。

 会釈をして俺は部屋に戻ったので、その後のやり取りは見ていないんだが、童仙房さんたちが山端さんたちにソフィと戦った話をしたようで、次の日から今度は、マンションを出るときに女子コンシェルジュチームから一戦手合わせの熱烈ラブコールが始まった。

 とりあえず忙しいのでと断っているが、いつまで逃げ切れるか。


 それにしても、このマンションいつから武闘会の会場になったんだよ!

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