第28話 姫、足を踏まれるのを回避する

 順番に並んで、セットに入るところからリハが始まった。

 当然俺は一番最後だ。最も新米タレントだからね。

 拍手に迎えられ、雛壇に座る。


 ちなみに、この番組は一般客に公開していない。生放送なので万一アクシデントがあったら困るからね。だから拍手も笑い声も効果音SEだ。副調整室サブコンで入れているが、タイミングを掴むためスタジオ内にも流れる。


椥辻なぎつじちゃんの椅子下げて。んー、それでもバランス悪いな。位置変更、椥辻ちゃん、岸和田きしわだちゃんの場所に。で、一人ずつずれて」

「すみません……」


 謝りながら岸和田さんと代わる。ずれた岸和田、西宮にしのみや淡島あわしまさんに睨まれた。

 だってディレクターの指示なんだもん! 俺のせいじゃないもん!

 それにソフィは身長はあるけど、主に脚が長いため座高はそれほど高くないんだけどな。

 普通の日本人の女の子よりは大きいけど。


 ディレクターは大東亜テレビDTVじゃなく、制作会社の人だ。株式会社スープ・プランニングの馬場ばんばさん。濃い目の脇役バイプレイヤーでよくいる感じのひげ面メガネのおっさんだ。


「じゃあ、入り順もそれでよろしく。オープニングトークの後、CMなしで第1コーナー、あとはコーナーごとにCM入れて、第4コーナー終わればそのままクロージング。基本この流れだけど、盛り上げれば沸けばコーナー延長がある押すのはいつものとおりね」


 いや、こちとら初出演なんですけど! いつものとおりといわれても! まあなんとなくわかるけど!


「で、コーナーは『最近びっくりしたこと』『恥ずかしい失敗』『おすすめスイーツ』『実はこんなことが得意です』の順だけど、まぐろさんのアドリブで変わることがあるので、全般に話膨らませる感じでよろしく」


 事前に出演者にアンケートがあって、既に回答している。

 他にも『こんなもの買いました』『カバンの中身』『身内に言われた厳しい一言』『そば派?うどん派?』とかもあったけど、アンケート結果があんまり面白くなかったのだろう。没になったようだ。


 俺は、最近びっくりしたことは『マネージャーが作った冷蔵庫の残り物メニューが豪華すぎた』、恥ずかしい失敗は『うっかり顔を怪我して救急隊員に怒られた』、おすすめスイーツは『海外で買ったパパイアクッキー』、実はこんなことが得意ですは『アニメ・魔法の美少女キューティプリティRのエンディングダンス』と答えた。

 残り物メニューは鶏冠井かいでさんに再現してもらって写真を撮った。パパイアクッキーは配った残りがあったので持参した。どちらもアシスタントディレクターさんに渡してあるから、見せろと言われた場合の準備は出来てる。


 さあ、どこからでも来い!


『まぐろさん局入りです』


 そのアナウンスで全員わらわらとスタジオを出て行った。俺も慌ててついていく。


「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます、まぐろさん」


 スタジオ前の通路で放出はなてんまぐろに筆頭ゲストの榿ノ木はりのきさん以下、射場いばさん、巽南そんなんさん、川上さん……の順で挨拶する。

 ヒエラルキーは絶対だな。


 まぐろさんは「やー、また飲みに行こうやー」とか「おっ、その服ええやん、俺の趣味や。アピールしとんな」とか「こないだイジりすぎてすまんかったなー。つい調子出てもーて」とか、それぞれに応対している。

 頭の回転が相当速いんだろう。俺が若い頃からお笑いの一線で活躍していたし、番組もよく見ていたが、生で見て改めて感心した。


 おっと、岸和田さん、西宮さん、淡島さんに挨拶の順が回ってきた。俺も前に出る。


「おおっ! でっかいのが来たな!」


 まぐろがおどけて後ずさる。往年の『出たなケンチャンマン!』のポーズだ。

 まだ西宮さん、淡島さんが挨拶してないんだけど、頭一つ分俺が大きいので、間を越してまぐろさんと目が合ったのだ。順番飛ばしだけど、声かけられたから挨拶しないわけにはいかない。


「おはようございます。椥辻ソフィーリアです。よろしくお願いします」

「あー、視聴率ゲッターやな! 今日は頼むでー! めっちゃイジるからな、覚悟しときやー。くえくえくえ!」


 最後はまぐろ独特の笑い方だ。

 視聴率ゲッターって、おはチョーの生放送の視聴率のことだよな。

 その後、西宮さん、淡島さんが挨拶したが、また睨まれた。

 いや、その場の全員がこっち見てる。


 なんか、めっちゃアウェイ!


(榿ノ木、大江橋、西宮がビーエックス、射場がオフィスライド、寝屋ねや、淡島がファイヤー・プロモーションです)

(え、なに? ソフィ)

(ビーエックスとオフィスライドはファイヤーと兄弟会社です。ゲストの半分がファイヤー系ということです)

(その6人って……)

(はい、挨拶の時に塩対応だった方々ですね)

(てことは、やっぱり最初から目をつけられてたってこと?)

(そうかもしれませんね。なにか、動いてくるかもしれません。気をつけましょう)

(お、おう……)


 気をつけるって言われても、なにをどうすればいいんだよ。



『トーク御殿、ダンスダンスダンス―――!!!』


 オープニングBGMジングルの後のタイトルコールに合わせ、ゲスト出演者がセットの入り口から一列で拍手の効果音SEとともに入場する。

 緊張しながら歩いていると、入り口をくぐる時にソフィがさっと脚を上げた。


(どうした?)

(後ろの岸和田さんに踏まれかけました)

(え、幼稚ないじめだな!)


 岸和田さんはファイアー系じゃないから、純粋に位置ずらされた妬みか。めんどくさっ!


『さて、本日は今が旬! 春の女性タレント花盛り! 最近噂の美女12人が勢ぞろい! まぐろさんも心なしか頬が緩んでますねえ』

「あほか! 緩んでるのはズボンのチャックや! こんばんは。ってなにがじゃーい!」


 ナレーターに突っ込むまぐろに、どっ、と笑い声の効果音SE

 なんか、これ、やらせ臭くてちょっと辛いな。


 ともあれ、全員着座。まぐろさんを囲むように俺たちは二段で円形に座っている。

 俺は後列の三番目。左に九条くじょうさん。右に岸和田さん。前列の榿ノ木さんと射場さんの間に座る格好になっている。

 背が高いから後列でもよく目立つ。これって、俺メインゲスト扱いみたいじゃない?

 それにリハの時よりも榿ノ木さんと射場さんの椅子が高いような気がする。

 ブロックしてるの? 地味ないじめ?

 でも、遥かにソフィの身長が高いので、まったく隠せてない。むしろ榿ノ木さんたちをカメラで抜くときに、ソフィの顔も写り込む感じだ。ほっといたら首切りになったかもしれないのに。


「榿ノ木淳和じゅんなちゃん!」


 最初のトークはやっぱり榿ノ木さんだよね。筆頭ゲストだし。


「秋からの朝ドラ主役に抜擢ということですが! 俺も朝ドラ出たことあんねんで!」

「もちろん知ってます! あの、ストーリーに全然絡まないのに無茶苦茶存在感あった役ですね!」

「そうあれあれ! 局的にタイトル言われへんけど! あの時大変やってん!」

「やっぱり朝ドラって大変ですか!?」

「そらもー、朝6時や、ほんでな、夜10時過ぎまでやんねんで。俺あんとき『氷金属こおりメタル』と『いい友人』と『若い街並み』掛け持ちしててん。わざわざアテ書きで役作ってくれはったんでもうそら某国営放送やし、張り切っとたんやけど、まあ大変」

「ええ、朝ドラやりながらレギュラー3本出られてたんですか!」


 榿ノ木さんが口を両手で覆う。わざとらしく。


「そや、しかも2本は生や。撮影の合間に行ったり来たりや。あの頃は朝ドラも1年あったしな」

「ああ、そうですね! その時代に!」

「もうすり減ってすり減って、大根おろしのカスみたいになって、そんでな、脚本のジェイムズガンさんにな、頼み込んでん」

「何を頼まれたんですか?」

「はよ、殺してって」


 爆笑の効果音SE


 ああ辛い!


「まあ、健康には注意して、頑張りや! えー、射場佐々里ささりちゃん!」



 そんな感じで、ゲスト紹介を兼ねたオープニングトークが続いた。

 笑い声がアテレコの効果音SEなのはどうかと思うが、たしかにまぐろさんのトークは面白い。

 ついつい一緒になって笑ってしまった。

 俺だけじゃないよ! 他のゲストも笑ってるよ!



「えー、椥辻ソフィーリアちゃん!」


 俺の番が来た。


「はい、はじめまして!」

「おお、これはこれはご丁寧にありがとうございますこちらこそはじめまして。挨拶より付け届けよろしくたのんまっさ。えー、生放送なんとこれが2回目!」

「はい、そうなんです。緊張してます」

「あんた、その顔で緊張はないわー。むしろこっちが緊張するわ。めっちゃどきどきやわ。心臓触ってみる?」

「止まっちゃったら困るので遠慮しときます」

「かー、ガイジンみたいな顔してなかなかするどい返しするやん。実は大阪生まれ?」

「違います」

「かー、知ってるでー、元王女さんやてな」

「はい、そうです」

「めっちゃ王女っぽいもんなあ、えーっと、どこやったっけ?」

「ノイマン王国です。カリブ海の島国です」

「出たなリアルセレブ! 俺らとは育ちが違うわなあ、ホンマそんな感じやもんなあ。ファビュラス! とかやっぱ言うんか?」

「いえ、なんですかそれ?」

「しもた滑ったーー」


 どっと笑いの効果音SE

 知ってるけどね。俺も前にソフィのデコルテをそう評したし。

 でもよかった。オープニングの絡みは無難にこなせたな。


「ほんでな、身長なんぼあんねん?」


 え、まだ終わってなかったの?


「179です」

「高っ! 俺より4センチも高いがな! 並んで歩いたら恥かくな! えー、バスト!」

「98です」

「でかっ! ウエスト!」

「53です」

「ほそっ! ヒップ!」

「89です」

「うーーん、ナイスバディ!」


 これ、セクハラとちゃうんかい!?


「ほなら、何カップ?」

「Lです」

「「「「はあ!?」」」」


 女性陣が全員俺を見た。

 ですよねえ。俺もブラのサイズ見て驚いた。FカップGカップHカップは聞いたことあるけど、Lカップだよ!

 そら通販しかないわな。日本のメーカーにこんなサイズないもん。


「Lってなんや! ラージサイズか! す・ご・い・なー!」


 Lはアンダーとトップの差が37.5センチの規格なんだけどね。まあ確かにラージカップかも。


「これからエルちゃんって呼ぶわ! 昔そんな漫画あったわそういや! 俺、春助しゅんすけくんやな!」


 ふるっ!

 どっと笑いの効果音SE


「えー、岸和田愛莉あいりちゃん!」


 よかった、ホントに俺のオープニングトーク終わった。

 でもなんか、周囲の空気が冷たい。


 んー、まだまだ生放送は続くのに、大丈夫なんだろうか、俺!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る