第13話:寡黙だったタダノくんの勧誘

 雅史×只野の疑惑が出てから数日後、僕らは再び一緒にいる。

 何をしているかというと、井戸の近くで一緒に食器などを洗っている。

 何故こんなことをしているのかというと、いつもの広場では他の皆が料理を色々な人に振舞っているからだ。


 そして使い捨ての食器が無いことから、一生懸命に洗ってまた持っていくのが僕らの役割である。


「ああ…私もあっちで料理したかったなぁ…」

「諦めろ。お前のまな板を活用するならここ以外にないんだからな」

「うるせー!誰のどこがまな板だ!!」


 雅史くんのああいうところはある意味尊敬できる。

 物怖じせずに人にあそこまでズバズバ言えるのは才能がないとできないことだ。


「俺に言うなよ。俺とお前を指名したタダノに言え」

「僕はそういうつもりで一緒にやろうって言ったわけじゃないからね!?」


 しかもちゃっかり僕まで巻き込もうとしている。

 転んでもただでは起きないという言葉があるが、雅史くんは転びながらこちらの足を引っぱり込むスタイルだ。


「私はまだ成長の余地があるってーの! いつかボインボインになるのよ!!」

「腹が?」


 雅史くんの美緒さんイジリが止まらない。

 まぁずっと食器を洗っては向こうに持っていくという作業をしていれば退屈にもなるだろう。

 とはいえ、ずっとこのままというわけにもいかないので本題に入ることにする。



「二人とも、どうして僕らが広場で料理を振舞っているか分かる?」

「お前が最初に言ってただろ? 余ってる食材を処分するのを兼ねて恩返しをするためだろ?」

「あれは建前だよ」


 僕がこの二人をこの場に呼んだ理由、それは引継ぎとしての意味合いが強い。

 前のように僕が倒れた場合、悪意をもった誰かが近づいてくるかもしれない。

 もしくは僕の狙っている状況を作り出す際にアクシデントが発生した場合、二人にそれをリカバリーをしてもらいたいからだ。


「ん~…それなら、前に言ってた茜ちゃんを聖女<アイドル>にするための準備?」

「それも一つの理由だね」


 水城さんが料理上手だからというのもあるが、顔を売れるだけ売りたいという理由もある。

 しかし、それもあくまで副産物の一つでしかない。


「あれだ! 慈善事業ってやつだろ? ほら、ボランティアとかそういうの」

「惜しい。結構近いけど、ちょっと違うんだ」


 僕の言葉を聞いて二人とも頭を悩ませている。

 やはり自分の持つ考えは、人間性が捻くれているせいか理解されにくいのだろう。


「炊き出しとかのボランティアって、食べるのも困る人のためにやるものでしょ? 僕らのやっているこの炊き出しは、そういう人を対象にはしてないんだよ」

「ん? どういうことだ?」


 あまり言いたくないのだが、引継ぎを視野に入れるならもう少し突っ込んで話さなければならない。

 僕のようにはなってほしくないけど、少しでも僕のように考えるようになってもらいたいからだ。


「現状、僕らは色々な人から施されて生活できている。だけど、それは僕らが見捨てられたら簡単に破綻してしまう綱渡りのような暮らしなんだ」

「あ~…まぁ、そうよね」


 美緒さんが気まずそうな顔で同意してくれる。

 ここまでの認識はそこまでズレてないようで安心する。


「つまり、これからも誰かに施されて生きていくには『何かを持っている人』を味方にしなくちゃいけない。だから貧乏な人じゃなくて、それなりに余裕がある人を対象にしてるんだ」

「うん…んん??」


 ここから僕と雅史くんたちにズレがあることが分かる。

 詳しく説明したいところだが、それで同意が得られるかは分からないので一旦置いておく。


「そして『何かを持っている人』を味方にして余っている何かを分けてもらい、僕らはその善意に対して感謝を返す。もちろん、何か困ってたら相談にのるくらいはするけど」

「いいのか…それ…?」


 雅史くんが冷や汗を垂らしながら尋ねる。

 まぁそういう感想を抱くのも仕方がない。

 僕だってする必要がなかったら、こんなことしたくないんだから。


「生活に困っている人を騙して身包みを剥ぐよりかは健全だと思うよ。あくまで余裕のある人から余っているものをもらうんだから、困る人は出ないと思うし」

「いや、でもさ…」


 それでもやはり割り切れないところがあるのだろう。

 心に棚を作れというが、それだって別に何も感じないということではないのだから。

 こうなったら少しマジメに現状を見てもらうしかない。


「二人とも、大事なことを忘れてると思うんだけど…ここって異世界なんだよ?」

「まぁ、それは分かるが」

「うんうん。火とかも石の力で起こすことができるもんね」


 僕もあれには驚いた。

 火種石と呼ばれる特殊な石を二つ重ねると熱を持ち、紙などを置けば燃えるほどの温度になるので簡単に火をつけられるのだ。

 ああいうのを見ると本当に異世界に来た気がするのだが、今はその話は置いておこう。


「異世界ってことは、ここには僕らの人権がないってことだよ」


 それを聞いた雅史くんはよく分からない顔をしていたが、美緒さんの顔色は変わった。


「それってつまり…」

「うん。僕らを守る法が無いってこと」


 それを聞いた雅史くんが驚愕した。


「はああああああ!? じゃあアレか、俺達殺されても文句言えないってのか!?」

「死んだら文句は言えないよ」


 元の世界では色々な法律が、倫理が僕らを守ってくれていた。

 そりゃあ色々な犯罪や事故は起きていたけれど、それでも治安は格段に良かった。


「僕らが殺されたらこっちの世界でも同じように調査はされると思うよ。だけど、その意味合いは全く違うんだ」

「そうよね…だって私達、元々この世界までいなかったんだし…」


 極端な例を出すと、少し前までは僕らの内の誰かが死んだとしてもこの世界の人は誰も困らなかった。

 犯人を探したり街の警邏を強めたかもしれないけど、それは僕らという人間を見ていない。

 元の世界のように、過剰なまでの未成年保護という建前がこの世界にはないのだ。

 建前であっても、そういう理由があればその通りに動かなければならないのが仕事というものだ。

 それが無ければ、切り捨てられるだけだ。


「この街にいる人が悪い人ってことじゃないんだ。だけど普通の人だからこそ、僕らが死んでも無関心か悲しむだけ。それだけなんだ」

「マジかよ…」


 落ち込む二人を尻目に、僕はさらに言葉を続ける。


「だから僕は、僕らが死んだら困る人を沢山作りたいんだ。そうすれば、僕らを守ってくれる人が増えるから」


 実利でも、情でも、ありとあらゆる方法で縛ってでも僕らを守ってくれる人が必要なんだ。


「それで、タダノくんがそれを私達に話した理由って何…?」

「前みたいにまた僕が倒れることがあるかもしれないから、基本的な方針くらいは知ってる人が居たほうがいいかなって思ってね」


 集団における意思統一はとても重要だけど、僕はこの集団のカリスマにもなれないし同意してくれる人も少ないだろう。

 だからこそ、人のいいこの二人を選んだのだ。


「いや、いきなりそんなこと言われてもなぁ」

「大丈夫だよ。基本的には誰の味方にもならないようにして、味方を増やすってだけだから」

「んん? 誰の味方にもならないのに、味方を増やす…?」

「誰かの味方になるってことは、誰かの敵になるってことだからね。だからアッチからこちらを味方と見てもらうようにしつつ、こっちは肩入れしない感じにするんだ」


 僕らにとって味方を増やすことが最重要ではあるけれど、それと同じくらいに敵を作らないことは大事なことだ。

 だからこそ、タイラーさんとの話し合いでも向こうの提示する条件よりもわざと低いラインを希望して末永いお付き合いをしたいと言外に伝えている。


「まぁ実際に味方であるかというよりも、味方であるように見えればそれだけでいいんだ。味方が多いように見えれば、それだけで強みになるんだから」

「あのさ、タダノ。それを聞いたところで私にはどうすればいいか分からないんだけど…」


 それもそうだろう。

 いきなり僕らハナミズキの集まりの方針を影ながら伝えたところで、二人からすれば戸惑うだけだろう。


「僕からどうこうしてほしいってわけじゃないんだ。ただ、他の誰かがおかしなマネをしそうだったりしたらそれを止めてほしいくらいかな?」

「おかしなマネ?」

「よくある話だけど…良かれと思ってやったことが悪い方向に転がることがある。他の皆が何かしようとしたり、何かを決めようとした時に目を光らせてほしいんだ」


 皆に内緒で勝手に色々やっている自分がどの口で、と思われるかもしれないがそこは耳を塞ぐことにする。

 だからこそ、こうやって共犯者を仕立てているのかもしれないと思いながら。


「タダノ…いつもこんなこと考えてるの?」


 美緒さんから予想外の質問が飛んできた。

 答えるべきか迷ったが、とくに隠すようなことでもないので教えることにする。


「両親の影響でね。二人とも『そんなつもりじゃなかったのに』って言うのが口癖でさ、そのせいで言葉の裏側とかどういう効果が及ぶのかっていうのをマジマジと見せつけられてたからさ」

「うわっ、お前んち殺伐としてんなぁ」

「そうでもないよ? お互いに別居してるし」


 なんでもないように言ったが、二人とも凄く気まずい顔をしている。

 僕からすれば喧嘩するくらいなら別居して冷静になっているほうが嬉しい。

 お互いが愛してるかは別として、両親が口汚く罵りあう姿は見たくない。


「す…すまん…」

「いやいや、気にしなくていいよ。二人とも僕には優しいし、それに大事なことを学ばせてもらったんだから」


 普通の家庭環境ではなかったが、ひどい環境ではなかった。

 だからこそ、ああいう経験はとても貴重であると思うことにした。

 そこで僕が学んだことはこうだ。


「何をどう言ったって、相手にその通りに伝わるとは限らない。だから、何も言わずに問題を起こさないのが一番良い子に見えるだろうってこと」

「…もしかして、クラスであんまり喋らなかったのも?」

「うん。変な問題を起こすくらいなら、ずっと黙ってるほうがいいかなって」


 雅史くんと美緒さんがおかしなものを見るような目で僕を見つめている。

 まぁ理解はされないだろうが、そこまでおかしな事ではないと思うのだけど。


「そのわりには、こっちの世界に来てからはアグレッシブに動くわよね」

「まぁそうしないと死ぬかもしれないし、みんな限界だったようにも見えたから」


 そこら辺は一番最初からブレてないつもりだ。

 死にたくない、それが一番の理由だ。

 死の恐怖はどう理屈をつけたところで解消されない、感情の問題なのだから。


「タダノ、今日は徹夜で遊ぶぞ!」

「はぁ? こっちの女子会に連れてくつもりなんだけど」


 待った。

 二人がどうしてそういう結論に至ったのかさっぱり分からない。

 何かを企んでいるのかもしれないが、それでも全然裏側が読めない。


「ごめん、二人とも。どういう意図があるのか分からないんだけど」

「意図とかそんなのねぇよ! もっとバカになって遊ぶぞって話だよ!」

「ちょっと雅史、タダノくんは大人しいんだからパジャマパーティーのほうがいいに決まってるわよ!」


 二人とはこっちの世界に来てから話すようになったので、いきなりグイグイ来てちょっと困惑している。

 さっきまでの話で引かれることくらいは覚悟していたのだが、まさか押してくるとは思いもしなかった。


「あの…別にそういうのは必要ないんだけど…」

「必要かどうかじゃねぇ! 遊ばなくて何が人生だ!」

「必要なことしかしなかったら、生きてるだけじゃない! そんなんで人生に潤いがあると思ってんの!?」


 二人から発せられる圧のせいで、何も言えなくなる。

 どういうことはかよく分からないが…僕がそれを望んでいるかは別として、僕のためを思って言っているということは分かる。


「タダノ、タダノ! こっちに来れば茜のパジャマとかも見れるよ!」

「あっ! ずりぃぞバストA子! それなら俺達もそっちに行ってやる!」

「ざんねん、他の男子は立ち入り禁止でーす! いやらしい目で見てこないタダノだけが入る許可がありまーす!」


 いや、僕も年頃の男の子ですのでいやらしいことは考えたりしてます。

 タイラーさんとの交渉の時に若いお手伝いさんをつけてもらおうかと思うくらいにはいやらしいです。

 とはいうものの、二人はもはや僕のことそっちのけで言い合っているので僕だけ食器洗いを再開する。


 しばらくしてから、他のクラスメイトから食器が届かないクレームが来るまで二人の言い争いは続いていた。

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