第12話:病人タダノくんの腐臭

 暗闇の中で、皆が僕を指差している。

 何を言っているかは分からないが、責めていることだけは分かる。


 背を向けてもその指は後ろから僕を刺し貫き、逃げた先でも指さされる。

 何処に逃げても、誰もが僕を指差している。


 指さされて、刺されて、身体が穴だらけになるくらいまで刺されて、そこでようやく夢であることを自覚できた。



 目を覚ますと、寝ている幼い女の子の顔が目の前にあった。

 広場で一緒に遊んだことがあるので見覚えがある顔なのだが、名前は思い出せない。

 額の違和感に気付いて手を伸ばすと、ぐしょぐしょに濡れた布が置いてあった。


「あっ、タダノおきた! タダノがおきたよー!」


 身体を起こすと他にも何人かの子供達がベッドの周りにいた。


「ここは…?」

「新しいおうちだって! おっきな家だね!」


 どうやらタイラーさんが用意してくれた家らしい。

 頭がまだうまく働かず、どうしてここにいるのかとおぼろげに考えていると、子供達がそれを察したのか矢継ぎ早に話しかけてきた。


「みんなは引越ししてるところだよ」

「タダノは弱いから倒れちゃったんだってー」


 確かに僕はムキムキというわけではないのだが、それでも引越しで倒れるほど貧弱ではないはずだ。


「あっ! タダノくん、もう起きて大丈夫なの?」


 開かれたドアから水城さんが入ってくる。

 先ほどの夢のせいでその顔を直視できない。


「うん、大分楽になったよ。ところで、僕ってどうして倒れたの?」


 ばつが悪そうに目を背けながら聞く。

 そんな僕を見てまだ体調が戻ってないと心配しているのか、水城さんは僕の額に手を当てる。


「お医者さんがいうには、ノドとかも腫れてないし咳とか鼻水もなかったから多分疲労だって」


 疲労…疲労と言われてもあまり思い当たるフシがなかった。

 僕よりもいっぱい働いているクラスメイトも居たというのに、僕だけが倒れるというのは不自然な気がした。

 他に考えられる要因としては、僕が色々と皆に知られないように動いていたことぐらいか。


 後ろ暗いことを考える度に心に棚を作ってきたつもりなのだが、重量過多のせいで心がきしんで身体に影響が出たのかもしれない。

 いくら自分で割り切ったように振舞ったとしても、感情として割り切れているかは別問題のようだ。

 そしていざ割り切れてしまえば、夢のように自分が穴だらけになるのだろう。


 あの夢は、僕の最期を暗示していたようにも思えた。

 怖いと思う反面、安心する要素もあった。

 少なくとも、僕以外の誰かが傷ついてはいなかったのだから。


「水城さん、皆の引越しは順調?」

「うん、元々荷物は少なかったからね。だけど、新しい家具とか欲しいからってみんなで要らない物を貰ってこようとしてるよ」


 新しい家についてはタイラーさんを信用していたので特に中を見たりはしなかったのだが、やはり10人もいるのだから足りないものも出てくるのだろう。

 テーブルや椅子、他にも食器類も余分に揃えたいところだ。


「よし、僕も手伝いにいくよ」


 僕にしがみついて寝ている子を起こさないように、ゆっくりと抱っこして水城さんに渡そうとする。

 だけど水城さんは慌てて僕を制止して肩をつかんでベッドに寝かせた。


「ダメだよ! 昨日倒れたばっかりなんだから、今日くらいはゆっくり休んでないと!」

「一晩ぐっすり寝たんだから大丈夫だよ。ほら、熱もないんだし」


 起き上がろうとする僕と、意地でも寝かせようとする水城さんのバトルが始まった。

 本気を出せば跳ね除けられそうではあるが、それはそれで怪我をさせてしまいそうなのでゆっくりと力を込めるしかなかった。

 決して水城さんの力が強くて押し負けそうになっているわけではない。


「ぼくもやるー!」

「あたしもー!」


 新しい遊びだと思ったのか、何人もの子供達が僕の上にのしかかってきた。

 赤ん坊ならまだしも、流石に何十キロもある子供がドンドンと上に乗ると起き上がれない。


「タダノくん、私達が見てないところでも頑張ってるんでしょ? ちゃんと休まないとだめなんだから!」


 肉体的な疲労ではなく精神的なものなのだが、言ってしまうと余計な詮索されそうなので適当に相槌を打つ。

 水城さんは、そのままてきぱきと僕の額に置いてあった布を取り替えた。

 先ほどまでのものとは違い、しっかりと水を絞られているものなので額がびちゃびちゃにはならなかった。


「大丈夫? 食欲はある?」

「あるー!」

「食べるー!」


 僕の代わりに子供達が元気良く返事をする。


「そう、みんな食欲があって元気だね。だけど、食べ過ぎるとお腹が痛くなるからお昼まで待っててね?」

「はーい!」

「よろしい! それで、タダノくんはどうする? もうすぐお昼だけど、先に軽く食べちゃう?」


 小腹は空いているが、別に我慢できないほどでもない。

 それならお昼にガッツリいきたい気分だ


「今は水だけ欲しいかな。食欲はあるから、お昼は普通に食べるよ」

「それじゃあお昼になったら持ってくるから、それまで大人しくしててね」

「いや、病人じゃないんだから大丈夫だよ。それくらいなら自分で…」

「ダメ! タダノくん、大丈夫って言いながら大丈夫だったことないもん!」


 そんなことはないと言おうとしたが、木材が落ちてくる事故や昨日倒れたところを見られているとなると確かに説得力がなかった。


「うん、分かった。今日はゆっくり休むことにするよ」


 起き上がることを諦めた僕に満足したのか、水城さんは笑顔で部屋から出て行った。


 さて、大人しくしていようと思ったのだが、さっきまで寝ていたせいで眠気は全く無かった。

 それにまた同じ夢を見てしまいそうな恐怖もあり、寝ようという気も出てこない。


「タダノー! お話しよー!」

「遊んでタダノー!」


 まぁ子供達が大人しく寝かせてくれるはずもないので、適当にかまってあげることにしよう。



 それからしばらくしてお腹が鳴った頃、大きな音で扉がノックされた。

 僕がどうぞと言うと、雅史くんが入ってきた。


「うーっす、タダノ! いきなり倒れるからビックリしたけど、平気そうだな」

「僕としてはもう元気だから、外に出たいんだけどね」

「それなら引越しを手伝ってくれよ…って思ったけど、流石に倒れたお前に手伝わせるわけにはいなかいからな。俺達が汗水たらして働いている中、悠々自適にベッドで休んでてくれ」

「病人は王様だからね。下々の人達が働いているのを見るのが仕事なんだよ」

「おっ! 言うじゃなぇか。もしかしたら本気でヤバイかと思ったけど、これなら平気そうだな」


 僕と雅史くんで笑いながら話をする。

 いつも雅史くんは誰かと一緒に話しており、それを僕が聞いているだけだったから、ちゃんと話すのはこれが初めてかもしれない。


「王様ついでに一つお願いがあるんだけど」

「なんだ? 昼飯ならバストA子が作ってるぞ」

「…それ、本人の前で言わないでね?」


 それ、下手すると最初にB子さんって言った僕にまで飛び火しそうだし。


「実はちょっと新しい布…というかタオルと水を持ってきてくれない?」

「それくらい別にいいけど、やっぱりまだ熱があるのか?」

「熱はもう無いんだけど…その…」


 僕がゆっくりと布団をめくると、そこにはヨダレをたらした女の子が寝ていた。

 しかもそのヨダレが僕の鎖骨にたまり、ちょっとした水溜りになっている。


「オーケー、すぐに持ってくるから待っててくれ」

「可及的速やかに、なるはやでお願い」


 徐々に水溜りから池へとレベルアップしており、このヨダレが氾濫して洪水になる前に持ってきてくれると助かる。


 それからスグに雅史くんは新しいタオルと水の入った桶を持ってきてくれた。

 これでようやくヨダレから解放されるかと思うと晴れやかな気分になる。


「それじゃあ身体を拭くから、しばらくこの子を預かってて」

「そうしたいのは山々なんだが、お前の服を握ってて離さないぞ?」


 こうなると服を脱がないとダメみたいだ。

 雅史くんに子供を持ってもらって、服を脱いで身体を拭く。

 その時、またドアをノックする音が聞こえた。


「お昼ご飯持ってきたわよー」


 確か…美緒さんだ。

 タイラーさんの屋敷に一緒に付いてきてくれた美緒さんが大きな皿に入ったスープを持ってきてくれた。


「ありがとう、昨日の夜から何も食べてなかったから助かるよ」


 しかし、美緒さんはスープを運ぶトレイを持ったまま動かなくなった。

 そういえば身体を拭くために服を脱いだままだったのを思い出した。

 だけど水泳の授業や部活などで男子の上半身なんていくらでも見る機会があるだろうし、僕のひ弱な身体じゃ刺激もないと思うんだけど。


「…ごめん、二人の邪魔しちゃったね」

「へ…?」


 もう一度今の状況をおさらいしてみる。

 僕は上半身をタオルで拭いており、雅史くんは僕の服を持っている。

 正確には抱っこしている子が握っているのだが、美緒さんからは見えないだろう。

 ここから導き出される答えは最悪のものであった。


「ちっ、違うからね!? ヨダレがついたから拭いてただけだからね!?」

「もうヨダレまみれになる関係なの!?」


 焦ってしまったせいでさらに泥沼にはまった気がする。

 どうにか落ち着いて説明しようとするが、美緒さんは『大丈夫、誰にも言わないから』と言ってこちらの話に耳を傾けてくれない。


 結局、戻ってこない美緒さんを心配した水城さんがくるまでこの問答は続いてしまった。

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