IF:心なき人間の結末

 街が燃えている。

 僕らはそれを虚ろな目で眺めている。

 小高い丘から、火に染まっている街がよく見える。

 もう夜だというのに、空だけはまだ茜色に燃えていた。


 どうしてこうなったのか、もう一度思い出すことにしてみた。



 この異世界に飛ばされてから数日後、僕らは満足に食事をすることもできなかった。

 屋根の無い場所で寝ることになり、身体の不調を訴えるクラスメイトも増えていった。

 しかし、お金も何も無い僕らにはそれをどうすることもできなかった。


 道行く人々からは冷たい目線を向けられ、誰も僕らに手を差し伸ばそうとしない。

 当たり前だ、誰も厄介事と関わりあいたくないと思うものだ。


 そして、街の外で一人のクラスメイトの埋葬を終えた時に僕は決意した。

 僕らは強くなれない、成り上がることもできない。

 ならば街の人を僕らと同じにしよう、僕らと同じく弱くなってもらおう。


 復讐のつもりはない。

 この街には弱者救済の法はない。

 それだけの余裕がないということかもしれないが、弱者が何かしでかしたところでそれがどうしたと思っているのだろう。

 事実、僕らのような弱者は今まで何もできなかった。

 盗みを働くことも、傷つけることもできなかった。


 だけど忘れてはいけない。

 なぜ元の世界で生活に困った人への支援があったのか、それを国が先導していたのか。

 誰もが弱者を見捨てるとどうなるのか、誰もが弱者になった時にどうなるのか。

 それをこの世界で実現してみせよう。



 街をふらふらと歩きながら色々な噂話に耳を傾ける。

 ある程度の情報を集めたら、わざと道の隅っこではなく真ん中を歩くことにする。

 そうすると不審者である僕を責める声が聞こえてきた。


「うわ…どうしてあんなのがここにいるんだ」

「衛兵に言うべきかしら」


 陰口のつもりなのかもしれないが、こちらには丸聞こえである。

 まぁどっちでもいいのだろう、ああやって思いっきり人をなじるのはさぞ気持ちのいいことだろうから。


「すみません。街の東区の人達からは、南区が僕達のいる場所だって聞いて」


 僕が謝ると、世間話をしていた人達はそれを聞いて激昂した。


「はぁっ!? それってどういうことよ!」

「私らが浮浪者って言いたいの!?」

「すみません! すみません! だけど、東区の人からそう聞いて…仲、悪いんですか?」


 平身低頭の態度をとりながら種をまく。

 東区と南区ではちょっとしたいざこざがあるのだが、これが結構根深いのだ。

 最初はちょっとしたいざこざだったのだが、この対立がもう何十年も続いているせいで理屈ではなく感情で対立しているのが現状だ。


 世間話をしていた人からさらに色々な話を聞けたおかげで、行動の幅が増えた。

 下手にお互いを避けてるから解決しないのだ。

 ここは一度、徹底的にぶつかりあうべきである。


 他にもこっそりと子供達と話をした。

 君達のお父さんとお母さんは東区の人を嫌っている。

 だから、君達が正義となって彼らと戦うべきだと。

 もちろん大人と戦っても勝てないのだから、子供同士で戦うべきとも教えておいた。


 案の定、子供は東区まで行ってそこの子供達と喧嘩をした。

 お互いの両親が話し合い、そこでこの件は終わったかのように思えた。


 違う、違うのだ。

 火種はまだ燻っているのだ。


 東区の子供はバカにしてきたからだと主張して、南区の子供は先に殴られたと主張している。

 それを聞いた大人達は、どちらも自分達の区の子を賞賛することだろう。

 東区の大人は誇りを守るために立ち上がった子供を、南区の大人は先に暴力に訴えなかった子供を。


 もちろん、どちらも僕が子供達に教えたことだ。

 東区の子供には誇りを貶されたなら力で撤回させるべきだと、南区の子供には弁舌で相手を負かせて暴力を振るうのは相手がそれを使ってからだと。


 全部の子供がそれを信じてはいないだろう。

 だが、何人かの子供がそれを信じればそれでいいのだ。

 あとはそれに釣られて他の子も巻き込まれる。


『お前は南区の子供として恥ずかしくないのか』

『もしかしてお前はスパイなんじゃないのか?』


 子供のイジメというのは実に恐ろしい。

 力を持つ子が周囲の子供を従えて、他の子供に強要する。

 集団の圧力というものを小さいながらも利用している。

 これも人間の遺伝子に刻まれた本能というものだろうか?



 そしてある日、南区の井戸に汚水が紛れ込む事件が発生する。

 これを期に犯人探しが始まるのだが、南区の人達はみんな東区の住民が犯人だと言っている。

 否、信じたいのだ。

 人は自分の信じたいものを信じたい生き物だ。

 ニュースやツイッターなどのおかげで、それを嫌と言うほど見てきた。


 実際は僕がやったのだが、どうやらバレていなかったようだ。

 別にバレていてもよかった。

 そうしたら、東区の人にお金を渡されて頼まれたと言うだけだったのだから。


 あとは放っておくだけで対立は深まっていく。

 この問題にかこつけて、北区は西区も巻き込まれることだろう。

 僕は別にそこに住む人達全員を巻き込むために動く必要はない。

 いつだって、正義感に駆られた人が他の人を巻き込んでいくのだから。


『どうしてお前は何も言わないんだ!』

『これだけやられたというのに、お前は奴らの味方なのか!?』


 これはこの異世界がおかしいわけではない。

 何故なら元の世界でもよく見た構図だからだ。

 結局のところ、どれだけ文明が進んだところで人間は変わらないのだ。



 次に僕は商家と接触することにした。

 別にお偉いさんと実際に話す必要はない、ある商売方法を流すだけなのだから。

 その内容はこの世界ではまだ禁止されていない『ネズミ講』などだ。


 問題がある商法ではあるのだが、少なくともこの街の責任者が動き出すまでは利益を出すことができる。

 なんなら新たな商家を作り出してそこでその商法をやれば自分達のブランドは傷つかないということで、色々な商家にこの方法を伝えた。


 それを聞いても動かない所が多かったが、資金繰りに苦労しているところはその方法に手を出した。

 そしてそれで利益を出すのを見るや否や、他の商家も同じようにマネをしだした。

 当たり前だ、他人が利益を享受しているのを見て黙って指を咥えているような人は商人に向いていない。

 僕としては別にこのやり方が広まろうとどうなろうとどうでも良かった。

 たった一つの商家が手を出すだけでも、この街の財政を揺るがすことができる方法なのだから。



 多くの商家がネズミ講に手を出したのを確認してから、行政所に向かった。

 そしてそこの役員さんにこのネズミ講の恐ろしさを存分に伝えた。


『このままでは街の人達が大変なことになる』

『武力を使ってでも止めなければ、街が崩壊するだろう』


 ねずみ算式で増えていく被害者の数を提示し、その先にある結末を大げさに煽る。

 相手の不安を煽る方法は、安定志向の人にとっては効果的であった。



 僕の説得がしっかりと聞き届けられたことを確認した僕は、その足で商家の元へ向かった。

 そして行政所の方で今の商法を取り締まる気だと、いざとなれば武力を使う気だと伝えた。

 今からその商法を改めればいいのか、それとも税を多く払えばいいのか、色々なことを聞かれた。

 だが僕は責任者ではないのでそこまでは分からないと答える。

 しかし、彼らは本気であることを付け加える。

 信じない人もいたのだが、行政が兵を集めていることを知ると態度を裏返した。


 ちなみに行政が兵を集めているのは僕が進言したからだ。


『もしもの時のために必要になります、何もなければそれでいいじゃないですか』


 僕がネズミ講であげた利益の試算を報告したのだが、少し多めに計算しておいた。

 ついでに商家を武力で抑えた後に手に入る金額も盛り込む。

 建前と実益、どちらも揃えておいた方が動きやすいはずだ。


 こうして新たに行政と商家という対立が生まれた。

 行政は街の平和という建前のために、商家は自らが手に入れた富を守るために戦うことだろう。



 だがこのままでは街に緊張が生まれるだけで最後の一押しが足りない。

 そこで最後の一押しをこの街に住む人達にお願いすることにした。


 ネズミ講がこの街で流行った結果、それに乗った人達はいま大変なことになっていることだろう。

 だからその状況を利用してある話を広めた。

 自分達と対立している区の住民が襲撃を計画していると。


 もちろん信じる人は少ないだろう。

 だから僕が一味付け加えることにする。


「もしも嘘ならそれでいいですが、本当だったらどうなりますか?」


 そう言って子供に目を向ける。

 大人だけではなく、子供にも魔の手が伸びると言われれば真剣に考えるしかないだろう。


「別に先に相手を攻撃しようというわけではありません。自衛のために、武器を持つだけです」


 あくまで子供を守るためにという話で、渋々ながらも納得した人々は武器を手にした。

 納得していない人達はそのままでいい。

 あとでその人達にしかできない役割があるのだから。


 その後、僕はその区と対立している人達の場所に行った。

 もちろん対立を煽るためだ。


「あっちの区の人達が武器を持ち始めました。こちらを襲う気のようです」


 ひどいマッチポンプだが、それを理解できる人はいない。

 いや、気付いていていたとしても目を瞑ることだろう。

 それだけ怒りや憎しみという感情は人から正気を奪うものだから。


 そしてまた同じように僕は説得して、人々に武器を手に取らせた。

 ここまでくればあと一息だ。

 人々は命と生活を守るためにその手に武器を持ち、自分達と同じく武器を持つ人を略奪者のように見ることだろう。


 しばらくは張り詰めた空気が街を支配していたが、今日その糸が千切れた。

 武器を持たなかった人の家が燃えたのだ。


 誰かが対立していた区の人間の仕業だと叫んだ。

 そして別の誰かもその声に同調した。

 ここで違うといえば、自分がその区を味方しているかのように見られるからだ。

 実際は僕の仕業なのだが、そんなことはもう関係ない。


 松明を持った人々が行列を作って歩んでいく。

 人を守るために武器を持つ人々が立ちはだかる。


「お前達がやったんだろう!」

「俺達の仕業じゃない!」


 怒声と罵声が飛び交い、人々の感情は激情へと変化していく。

 そして誰かが手を出した瞬間にその戦いの火蓋は切られた。

 殺し合いの始まりだ。



 この報せを聞いて行政所が動いた、動いてしまった。

 兵が動くのを見た商家は、自分達にその矛先が向いているのだと思い込んでいた。

 そして機先を制するためにこの行政所の兵と傭兵がぶつかった。


 街には火と煙と、血と悲鳴で満たされた。



 今、小高い丘では生き残った僕と水城さんだけが居た。

 二人で一緒に燃える街を眺めていた。

 カバンから、街から逃げるときに持ち出したパンを取り出して一緒に食べる。


 正直なところ、ここまで燃え上がるとは思っていなかった。

 人はもっと理性的なものだと思っていた。

 多少の流血と騒動が起こるだけだろうと予想していた。

 だけど、そうはならなかった。


 人の恐ろしさというものを、パンと一緒に噛み締める。

 どんな味なのか、全然分からなかった。


 隣にいた水城さんから声を押し殺したかのような泣き声が聞こえた。

 僕はゆっくりと彼女の背中をなでて、こう呟いた。


「どうして、こうなったんだろうね」

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