Ⅱ お茶会

 それから数時間後の午後三時……わたしは自宅のイングリッシュ・ガーデンで小さな東屋の中にあるテーブルへ着いていた。


 良く晴れた昼下がり、緑の蔦が絡んだ格子状のドームからは太陽の光が木漏れ、爽やかな初夏の風が草花を優しく揺らしている。


「いかがかしら? 大山っちさん。わたしのデザート・テリーヌ、見た目はなかなかうまくできたでしょう?」


 赤みを帯びたチョコレート色の四角い塊に視線を向けながら、わたしは少々自慢するようにして彼に語りかける。


 〝テリーヌ〟とは、釉薬をかけた土鍋か琺瑯ホーローの鉄鍋にバターや豚の背油を敷き、挽き肉、レバー、魚のすり身、野菜、香辛料などを混ぜて詰め、オーブンで焼いたフランス料理の前菜である。


 正確には鍋ごと供した場合のみを〝テリーヌ〟と呼び、日本でよく見られるような容器から取り出してスライスしたものは〝パテ〟なのだが、この前菜料理を甘くデザート風に作るお菓子も存在する。


 今回はアフタヌーンティーということで、本日、わたしが用意したのはこのデザート風の方だ。


 工程はだいたい前菜のものと同じだが、材料にチョコレートとドライフルーツも加え、甘い味にアレンジしてみた。


 もっと前菜料理よりではあるが、見てくれは〝テリーヌ・ド・ショコラ〟にかなり似ている。


「……コクン……うーん……でも、味は思ったよりもあんましね。あなたもそう思いませんこと? 大山っちさん」


 わたしはそのお手製デザート・テリーヌをフォークで分けて口へ運び、琥珀色をしたお茶を一口飲んでから彼にも感想を尋ねてみる。


「………………」


 だが、彼はその言葉に答えようとはしない。


「ああ、ごめんなさい。口を開けられるような状況ではなかったわね。それに、せっかくわたくしのお茶会のために来てくださったというのに、不味いだなんて言ったら失礼よね」


 思わず口にしてしまった後にそれが愚問であることをわたしは悟ると、彼の脂ぎった容姿をを見つめながら謝罪の言葉を述べた。


 だが、その言葉を投げかけた彼はわたしの前の席に座ってはいない……この薄緑色の丸テーブルに付属した、わたしの左右に位置する他の二脚の椅子にもである……。


 といっても、彼はこのテーブルについていないわけではない……。


 彼はテーブルの上、わたしの前に置かれた白いお皿の上・・・・にちゃんといるのだ。


 いや、彼の一部と言った方が正しいのかな? さすがに全部は一度に食べきれないので、余りはラップに包んで冷蔵庫に入れてある。


「やっぱりレバーと肉のパテじゃチョコレートに合わないかあ。これはもう少し研究が必要ね……コクン…さて、来週のお客さまとお菓子はどんなのにしようかしら? 今度は痩せたお客さまを呼んで骨せんべい・・・・・なんてのもいいわね……」


 わたしはカップのお茶を一気に飲み干し、口内に残る彼の風味・・・をすっかり消し去ってから、お料理で汚れた・・・・・・・道具を片付けにキッチンへと向かった――。


                     (三時のお茶のおとも 了)

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三時のお茶のおとも 平中なごん @HiranakaNagon

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