第4話 キャミたんの秘密日記

開いた最初のページは、黒のペンのみで精細に描かれた、乙女チック風に仕上げようとした扉絵のようで、

「キャミたんの秘密日記」

という題字が、低年齢少女の装飾文字のような書体で書かれていた。


「キャミたん……?」


不可解な単語に首を傾げながらも、その、つる草や大小の花や妖精などを黒ペンで詳細に描き過ぎて、しかもところどころ滲んだりもしているため、もはや真っ黒な地獄の門とも思える様相を呈する「キャミたんの秘密日記」の扉をめくった。


アズナは速読の才能もあり、おおよそどれほど文字が並んでいようとも開いたページの内容などは瞬時に拾うことができる。


が、彼の見たすべてをここに書き記すことは、いつか偶然にも再び彼の目に触れる機会を残してしまうことにもなり、そうなれば彼に多大なる精神的苦痛を与えてしまう可能性があり、また「キャミたん」本人の尊厳にも関わる非常にデリケートな事項と思われるため、一部の抜粋に留めることにする。


「『あーあ、なんだか疲れちゃった、さすがに王都に二十店舗経営はやり過ぎだったかしらねぇ。

エステに日サロに瞑想サロン、アパレルもカフェもクラブも毎日大盛況で、ほんと参っちゃうわ。

今日もまた貴族の若い子に求婚されちゃったし。

でも忙しくて結婚なんかしてる暇は無いのよね』

キャミルは超高層マンションの最上階の自室から、眼下に広がる王都と、その中心に位置する城を見下ろした。

『お城……王様……ね。もはやそんなものですら、あたしの足元にも及ばないんだわ……』

憂い顔で儚げに笑ったキャミルの横顔は、どの国の王女よりも美しかった」


その文字列が示す意味が一体何なのか、一読しただけでは理解が出来ず思わず真剣に何度か読み返してしまったが、これはもしかして小説の類なのだろうか。


しかし主人公がキャミルさんと同じ名前なのは、一体……。


再び首を傾げながらぱらぱらとページをめくり、どうやら別の話に移ったようなので再び目を通す。


「『はっ!!最終魔法!ユニバース・バーニング・ダスト!!』

『ぐあああああ!!』

『やった……!……って……何!?』

黒焦げになり砕け散った巨大なモンスターの燃えカスの中には、一人の青年が倒れていた。

『これは……ミランドルの王子……!?一体どうして……!』

驚きながらも駆け寄って抱き起こすと、王子は苦しげなうめき声を上げながらもそっと目を開き、キャミルの顔を見詰め優しげに微笑んだ。

『あぁ……ありがとう……。

おかげで呪いが解けて……元の姿に戻れた……。

素晴らしい……光の魔法だ……。

美しい君にふさわしい……』

そう言いながら王子はキャミルを抱き締めた。

『僕と共にミランドルへ来てくれないか……僕の……妻として……』

突然のことに言葉を失うキャミルの頭を優しく撫でると、王子はそっとキャミルにくちづけを」


慌ててページをめくる。


なぜだろう、手が震えてきた。


「気が付くとそこは全く見知らぬ崖の上の草原だった。

『っかしいなぁ、あたし確か学校帰りにグランドマスターエリミネートドラゴンに襲われてた子犬を助けようとして、そしたら自分がさっくりエリミネートされちゃって……それで……あれぇ……?』

短い制服のスカートに付いた草を払いながらキャミルはゆっくりと立ち上がったが、

『ここにいたのか……。

仕事サボる気か?』

背後からの声に振り返る。

そこには大人気俳優のダリアム・リーンそっくりの青年が、釣り竿を肩にかついで、やれやれ、というような、呆れながらも優しげな表情でキャミルを見詰めていた。

『え……?ダリアム・リーン……!?』

『何わけわかんないこと言ってんだ、幼馴染のユーリィだよ、寝ぼけてんのか?

それより早く、今日は夕方から徹夜でカジキ漁に出るんだろ?

お前がいなきゃ始まらないんだからさ』

『カジキ……漁……?』

まさか……あたし……異世界に転生してダリアム・リーンそっくりの幼馴染みが現れてカジキ漁師になっちゃった!?」


頭痛がしてきた。


ノートを持つ手の甲にしずくが数滴落ち、自分がひどく冷や汗をかいていることに気が付く。


汗を服の裾でぬぐいながら閉じようか迷ったノートが、意思でも持っているかのように自然と数枚めくれた。


「『え!?うそ!?

ここってまさか……男子校!?』

どうしよう……あたし……そんな……。

あぁ、お祖父様が言ってた「特例」って……こういうことだったのね……!

もう……どうしよう……?

おろおろと狼狽している間にも次々に男子生徒が登校してきて、それぞれに集まり、自分の方をちらちら見ては何かささやき合っていたが、その中の一人がゆっくりと近付いてきた。

『何?何?

どうしよう!?

何かされるんじゃ……!?』

しかしその男子が口にした言葉は、そんなキャミルの怯えなど吹き飛ばすような驚くべきものだった。

『やあ、君が例の「研究生」だね?

私立BL学園へようこそ。

BL作家を目指してる君のために、理事長が特別にBL男子しかいないこの奇跡の学園に招待してくれたんだって?

ま、しっかりその目に焼き付けて帰って、いい本を書いてくれよな』

『…………え?』

微笑んでいる華奢で賢そうな少年をキャミルが言葉を失い見詰めていると、大柄でたくましい黒いタンクトップの男子が近付いてきて、少年を背後から抱き締めた。

『おいおいアズナ、女に浮気か?許せないな』

『何を言ってるんだい、バトス。

僕は女になんか興味は無いよ』

『俺も混ぜてくれよ、一時間目は自習だろ?

いつも通り三人でじっくり楽しもうぜ』

『あぁ……ジューグ……いきなりそんな……』

いつの間にか来ていたジューグがアズナの前にかがみその下腹の辺りに顔をうずめて」


全身の震えが止まらない。


これは完全に自分たちのパーティーのメンバーをモチーフにした、なぜか脈絡も無く突然男同士がまさぐりあう類の話だ。

一体何を書いているんだ、キャミルさんは……。

これ以上はもう駄目だ……もう次でやめよう……。


そう誓ってそっと数ページ先を開いた。


「『そんな……夫のカーナが浮気しまくりの借金だらけの無資格の偽賢者の詐欺師で、しかもモンスターだったなんて……』

地下牢で両手両足を縛られたサミュルアが愕然と視線を落とした。

『いい気味ね、サッちゃん。

めでたい結婚生活もこれでおしまい、水の泡よ!

あんたがその借金をここでしっかり働いて返すことね!

モンスターどもに好きなだけ陵辱されるといいわ!!

あたしを差し置いて自分だけ幸せになろうとした天罰よ!!

結婚したぐらいで調子乗ってんじゃないわ!!

あんたなんか顔と巨乳以外に何も無いクソ×××でしかないんだから!!』」


光り輝く聖剣を天に突き上げたキャミルが言い放つと、サミュルアは涙ながらに詫びと命乞いの言葉を連ねたが、もはやそんなものに何の価値も無かった。


颯爽とマントを翻すと、正義の超勇者キャミル・アル・フィリアは、靴音を高々と鳴らしながら地下牢を去った」


サッちゃんさんのこと……こんな風に思ってたのか……。

確かにいつもお酒飲んだ時の愚痴には出てきてたけど、ここまで本気で呪ってたなんて……。


「こ……怖……」


そういえば以前、深夜に重要な用を思い出してキャミルの部屋を訪ねた時、閉め忘れた扉の隙間から、真っ暗な中にロウソク一本で、


「うふ……ふふふ……ふ……ふ……」


とか薄笑いしながら取り憑かれたように何かを書いている姿を目撃したことがあったのを思い出した。


「これを書いていたのか……キャミルさん……いや……キャミたん……」


自分を落ち着かせるように大きく深呼吸を何度かした後、アズナは閉じたノートをそっと元の位置に戻し、ゆっくりと後ずさりながら机を離れ、数歩下がったところで一気に踵を返すと部屋から走り去った。


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