第3話 白く黒いノート

翌日、会うなと言われてはいたものの、やはり恩義ある相手に何も言わずに決めるのはどうかと思い、まずはキャミルが今後どうしようと思っているのか確かめようと、キャミルの部屋の前に立つアズナの姿があった。


朝から一人で色々考えたりギルドで募集記事を見たりしていたため、時刻はすっかり昼下がりになっていた。


大きく一呼吸すると意を決し扉を叩く。


が、反応が無い。


「もしかしてまだ寝てるのかな……」


間隔を空けて何度か叩いてみるが、やはり何の反応も、人の気配も無い。


「キャミルさん……?」


呼びながら試しにドアノブを回すと鍵はかかっておらず、静かに扉が開いた。


「?……キャミルさーん……いますかー……?入りますよー……」


言いながらそっと足を踏み入れるが、


「うわぁー……相変わらず散らかってるなぁ……」


服も武具も道具も書類も、何もかもが雑然と散乱し、踏み入れた足の置き場に困るほどだったが、全体が派手に散らかっているだけに、奥に設置された机の上だけがきれいに整頓されているのが目についた。


「何か書き物でもしてたのかな。意外とマメだもんね、あの人……」


勝手に入るのもためらわれたがなんとなく気になり、わずかに確認できる床をつま先立って進み机に辿り着くと、そこには黒い表紙のノートが広げられ、まるで機械で書かれたようなきっちりと丁寧な文字で、箇条書きの日報がしたためられていた。


「なんだ……やっぱりちゃんとこういうのやってるんじゃん……。

根は真面目でちゃんとした人なんだよな、うん。

……と、こっちの白い表紙のは……古い日報かな……」


と、何の気無しに隣に置かれたノートを開くが、


「うわっ!?」


思わず声を上げ慌ててノートを閉じて後ずさった。


その拍子にかかとが何かにつまずき、ごちゃごちゃした物の中に倒れ込む。


「いてて……。

っていうか……何だ?あれ……」


ゆっくりと立ち上がり白表紙のノートを遠目に見詰める。


開いたノートの中は、もはや黒く塗り潰されているのかと思うほどに、一度の改行も無く細かく強い筆圧の文字列が並び、一瞬だが目に飛び込んできたのは、


「王子様は私を強く抱き締めて

『行かないでくれ!!もうお前しか見えないんだ、キャミル!!』

と叫び、ひざまずいた」


というような一文だった気がする。


背筋に何か冷たいものを走らせながらそのまま数分、混乱し逡巡していたが、やがて大きく息をつくと、アズナはその白い表紙の黒いノートと向き合う覚悟を決め、恐る恐る机の前へと歩み寄り、ノートを手に取った。


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