9話:勝利をキミに、サヨナラをキミに

「ヴ、ヴァッ、馬鹿なッッッ!!」


 切腹ハラキリ――

 俺の、いや、ドグラマグラの土手どてぱら一之太刀いちのたち女泣かせの摩羅勃鬼エクス・エレクチオン”のやいばを上向きにき立てる。

 その鋭利えいりな刀のさきは背中を突き破り、なお容易たやすり進める。つかにぎめ、抱え上げるように左胸に斬り上げ、そのままを寝かせつつ右わきへと斬りける。

 丁度ちょうど対面といめんから見るとアラビア数字の『7』をえがくように、自分の、ドグラマグラのからだを切りきざむ。


 ガハッ――

 おびしい吐血とけつ

 ――刹那せつな

 真正面ましょめん血塗ちぬられた大きな“7”の字が刻まれた魔王の姿を見据みすえる。

 返ってきた、意識が。るべき場所ところへ。視覚が、感覚が、主観が、主体しゅたいが、客観が、実在性じつざいせいが、しかき姿を取り戻し、統合とうごうされ、調律ちょうりつがなされた。

 奴の権能けんのうき消された瞬間しゅんかん


 体が軽い!

 正面に据えたドグラマグラは苦悶くもんの表情。

 一気呵成いっきかせい

 権能を破られるのは、肉体的なダメージとは異なる精神的ショックを被る。

 致命的ちめいてきな身体的損傷そんしょうに加え、心的しんてきえた今がほふ好機こうき


 終わりだ!

 ――勇者王ゆうしゃおう百烈斬ひゃくれつざん

 ザシュッ、ザスッ、スパッ、スパパパッ、ドシュゥーッ――

 一之太刀を猛烈な速度でるい、斬りきざむ。

 魔王の肉体とともに、魔術回路かいろ魂魄こんぱく寸断すんだん如何いかなる儀式や魔術をもってしても、二度とこの世界ナグルマンティで復活出来ない完全なる“”をくれてやる。


「――つ、強い、な……ゆ、勇者」

「まだ、しゃべれるのか、ドグラマグラ」


 俺のエクス・エレクチオンは三位必死トライマキシの剣。肉体からだ精神こころ魂魄たましい、その全てを傷付ける。

 それをこれだけ食らって、まだ、意識をたもつのか、魔王。


「……き、貴様の名は――」

「――桐生きりゅう風雅ふうが。魔王をたおす者。そして、――お前を斃した者」


 振りしぼっている、このおよんで。

 今、まさに消えかかっている魔王としての意識を。

 その気丈きじょうさ。魔王として君臨くんりんしたものの自尊心プライドか。


「――貴様の勝ちだ、勇者フーガよ……

 だが、余の権能フィーバー魔王サタナ・キ渡りラ・サタナ>は無敵むてきだ……ま、また、おう――」

「……――ああ」


 ――沈黙。

 完全に魔王の意識は消えた。

 また会うなんてことり得ない。奴の意識は完全に消滅しょうめつしたのだから。

 だが、それを否定ひていするような野暮やぼな事、こたえやしない。

 それが――

 ――強敵だったへの敬意。


 さあ、そろそろ5分経ころ

 あいつを、女神ラヴを呼び戻そうか。

 勝利の女神を――




―――――




「す、すっごーい! 本当ホントに魔王ドグラマグラを倒しちゃうなんて!」

「倒せもしないのに魔王討伐に挑む者などりはすまい」


 斬り刻まれた魔王が転がる。

 本当にドグラマグラが絶命ぜつめいしている。

 壮絶そうぜつな戦いがり広げられたんだろうと否応いやおうなしに想像出来る。

 だというのに、けろっとした表情で淡々たんたんと話す風雅。

 過去、99もの異世界を攻略済みな訳だから、感慨かんがいとぼしいのかも。


「魔王を倒した事実を世界中に喧伝けんでんしないとね」

「――どうでもいい」

「あのね~、風雅にとってはどうでもいい事かも知れないけど、この世界の人々にとっては凄く重要な事なの! それに、魔王を倒した勇者を祝福するってのも必要な事よ」

い伝える必要などないだろう。やがて、魔王の脅威がせた事に、人々も気付くだろう」


 抑々そもそも、最短最速で魔王を攻略しちゃったもんだから、このナグルマンティに思い入れがないのも分かるけどさ。

 世界には英雄えいゆうが必要なの!

 その英雄がどこの誰なのか不明のままじゃ、人々の心がすさんじゃうの。荒んだ心は軈て第二、第三の魔王を生む危険性をはらんでいるからよろしくないの。

 その為に英雄信仰が必須ひっす。その英雄信仰には、あたし、女神もふくまれる。

 これが、あたしたち神々がこの世界の安寧あんねいを見守る事が出来るいしずえ

 魔王の発見から勇者の召喚まで、信仰があるからこそ出来る。


 普通、冒険を通して魔王討伐に関わっている者、勇者ってのは人知れず、そのうわさが広がるもんなんだけど、こいつの場合、さっさと魔王を倒しちゃったもんだから、あたし以外、誰もこいつを知らない。

 だからこそ、伝えなきゃいけないのよ!


「ダメ! 魔王ドグラマグラを誰が倒したのか、ってのを伝える必要があるの! それに、その勇者を召喚したのが“あたし”ってのも明確にしておかないと」

「――好きにしろ。俺は、元の世界に帰還ログアウトする」

「まだダメだって、帰っちゃ! 勇者は世界の人々のために魔王を倒すものなの! だから、人々も勇者を尊敬するものなの。これを知らしめないと」

「俺は人々の為に魔王を倒す訳じゃない。俺の為。全ては俺の為。いて云えば、女神キミの為。それもまた、俺の為なのだが」


 なんて自分勝手なの!

 まぁ? 勝手に呼んだのはあたしの方なんだけどさ。

 でもさ? あんたを指定して召喚した訳じゃないし。指定なんて出来ないし。

 だから、これは“運命”なの!


「俺の為ってさ~? 一体、なんの為なのよ?」

「俺は“星の石ステラ・ラピス”、女神キミ達の云うところの聖召石せいしょうせきを得る為だけに魔王を狩り、異世界を救い、攻略する――それだけ」


 聖召石?

 なんで、勇者が聖召石を?

 女神を、神を召喚したい、って事?

 なにを召喚ガチャするつもりなの?


かく! まだ、帰す訳にはいかないからねっ! 大体だいたい、あたしが帰還きかんさせなきゃ帰れないでしょ!」

「――いや、帰れる」

「えっ?」

「キミをかくまった権能を使えば、帰還ログアウト出来る」

「えッ!? ウソっ!」


 あれって、ドコかに謎の空間を作って、そこに匿ってた訳じゃないの?

 瞬間移動、って事? 異世界や別世界にも移動出来るの?

 でも、だとしたら、なんで聖召石なんか集めてんのよ!

 どこにでも移動可能なんだとしたら、聖召石使って召喚する必要なんてないじゃない。


「もう、う事もないだろう。キミとの記憶おもいで、決して忘れやしない。一時ひとときゆめをありがとう」

「ちょっ! なに云ってんのよ!」

「さよなら、ラヴ。キミがいなければドグラマグラを斃す事はできなかっただろう」

「……なによ――」


 ――あたし、なにもしてないのに。

 それどころか、魔王との決戦の時、そばにさえいなかったのに。


「――バイバイ、ラヴ」

「――……バイバイ、風雅……」


 ――云わされた。

 然様さようなら、を云わされた――

 あたしはまだ、別れたくないのに。

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