8話:王手!

 ドグラマグラと対峙たいじしているはずだというのに、そこには俺がいる。

 俺が俺を見詰みつめている?

 何故なぜ? なぜ? 二人いる? ――うそ。

 困るな。きっと、同じ嗜好しこう、だから。

 ダレを? 見詰めているんだ? 俺だろ!

 俺だけを見ている。

 ――俺がお前でお前が俺で。

 嗚呼ああ、心がぴょんぴょんしそうだ。


 ほど――

 もし、ラヴがいない状態、俺一人で魔王と対峙していたとしたら、うつし鏡のようになっていたわけか。

 二人きりで出会でくわしていたとしたら、おそらく――奴の権能の正体を知るのは、更に遅れていただろう。

 いや、無理かもな。

 権能の正体を探れぬまま、無限の時をり返していたかも知れない。実に、厄介やっかい、だ。


 さあ、どうする?

 時を止めてみるか? いや、危険だ。

 今の俺の主観が奴のであるとすれば、時を止めたと同時に、俺自身が停止した時の中にもれてしまう可能性がある。

 何故なぜなら、奴の主観的には時間停止した周囲をとらえる事が出来なくなるため。そんな主観的に認識する事が出来ない状況下で、たして俺が時間停止を解こうと意識するまで、どれ程の時間が必要になるのか、想像もつかない。

 同様どうようの理由から、不観測ふかんそく空間の形成けいせい駄目だめだ。

 奴の主観で俺を認識出来なくなってしまえば、俺も奴の存在を見失う。駄目詰だめづまりとなって、互いに手を出せなくなる。

 つまり、時を止めようが不可視ふかしだろうが、膠着こうちゃくするだけ。

 さて、――


「5分だ、ドグラマグラ。お前に与える機会チャンスは5分」

「ぬかしおる、小童こわっぱ術中じゅっちゅうまっておるにも関わらず、よううたわ」


 つるぎを抜く。

 両拳りょうこぶしを突き出し、指を伸ばす。てのひら交差こうささせ合掌がっしょう。伸ばした指先を曲げ、鷲掴わしづかように左右に開くとかがややいばした剣状けんじょうのエネルギーかいが出現。やが顕現けんげんする日本刀とおぼしきゆるやかに曲線をえがり返る大きく黒々くろぐろとした雄々おおしき剣。

 それが――

 ――一之太刀いちのたち女泣かせの摩羅勃鬼エクス・エレクチオン”。

 貴様きさまの主観ごと、たたる!


くだらんじゅつだ。主観しゅかんを入れえるだけの児戯じぎひとしい。視野しやを持つ者が複数いなければ死角をく事さえ出来ぬ凡技ぼんぎ精々せいぜい虚仮威こけおどしの姿見すがたみに過ぎん」

「――ほう、よく気付いたな小童。その着想ちゃくそう。だが、余の力が最大となるのは、一対一いったいいちの時。試してみるがよい」


 強がるなよ、魔王。

 観測者オブザーバーの視点を入れ換えきょを衝くだけの隠密系能力など、幻術げんじゅつ以下。おくする迄もない。

 俺が見ているお前の姿とお前が見ている俺の姿がすり替わっただけ。

 自分の姿を攻撃するのは胸糞むなくそ悪いが、仕様スペックが知れた以上、斬りせるのみ。

 イクぞ――

 はす袈裟斬けさぎる。

 ――せいっ!


 ぞくり――

 ――!?


 ザグッ。

 らえた。

 ――が、あさい。

 、動こうとしなかった。

 防御しようとも、かわそうとも、引くとも逃れようともしなかった。

 微動びどうだにしない。

 いや、斬りつける瞬間しゅんかんが動かない事が、何故か予見よけんされた。

 ――だから、

 み込みを、躊躇ためらった。あの、心胆しんたんさむからしめる一時ひととき、身がすくんだ。

 ゆえに、傷が浅い。


 それ故――

 助かった。


 ザシュー!

 自分の左鎖骨さこつ下から右脇腹わきばら苛烈かれつな痛みが走る。

 き出した鮮血せんけつが真っ赤なヴェールを振りかざし、ちゅうう。

 ――斬られた。

 いや、斬ったんだ。俺自身が。


「どうした、小童。青褪あおざめているぞ? 出血の所為せいではなさそうだな」


 ――なにをした?

 とは、えない。

 奴の権能けんのうを、その全てをつかみ取れていない事を白状はくじょうするだけの台詞せりふ、云えようはずもない。

 それを云うのは、俺と対峙した相手のみ。敗北が決定付けられた者だけ、だ。


 目の前にいる俺。主観をいじられている為、がドグラマグラで間違いない。

 その体ははす傷付きずつき、血を流す姿がうつる。

 それと全く同じ場所、俺のからだにも同様の刀傷かたなきずっている。

 どういうことだ?

 損害反射リフレクトダメージ――自分が負った損害ダメージを、そのまま標的ひょうてきである対象者たいしょうしゃに返しているのか?

 だが、一撃でほふられたとしたら、術者の権能もき消える。それでは反射は出来まい。それに、自身のダメージも等しく蓄積される。そんな致命的欠陥ちめいてきけっかんのある能力では、微動だにしない理由とはならない。

 何故、奴は俺の攻撃を全く躱す必要がなかったのか?

 その権能のもたら効力ちから所以ゆえんはなんだ?


「さあ、どうした? 斬ってみろ。いてみろ。いでみろ。思う存分ぞんぶん、余を傷付けてみよ」


 明けけなほどさそってやがる。

 どうする?

 攻撃すればダメージが返ってくる。

 攻撃しなければ膠着こうちゃくし、下手へたすれば城内じょうないにいなかった奴の手下共てしたどもがやってこないとも限らない。

 抑々そもそも、膠着するとは限らない。奴の態度たいど、明らかに余裕よゆうが見える。

 要は、俺による能動的な自傷じしょう行為こうい以外に、俺をたおすだけのすべ十二分じゅうにぶんにある、って事だ。


 突く!

 致命傷ちめいしょうとはなり得ない箇所かしょ、左かた目掛めがけ浅く。

 ――つぅッ!

 また――また、だ。また、返ってきた。

 左肩にし傷。その痛み、出血。

 同じ箇所、同じ深さ、同じダメージが、そのまま、俺に返ってくる。

 姿見のごとく、うつし出された俺の姿が傷付けば傷付くほど、俺も相応そうおうのダメージを負う。

 まさに、映しかがみ


「ふふふっ、ふははっ、ふははははーーっ! どうやら、くすき手はついえたようだな。安心しろ。トドメは余みずからが手を下してやろう」


 鏡……。

 鏡、だと?

 鏡映きょうえい反転はんてん

 俺の視点してんは今、、にあるんだ?


 奴、ドグラマグラの権能が主観しゅかん操作そうさ系であるがゆえ、また実際じっさい、目の前に立つ奴の姿が俺自身に見えるが故、俺と奴の視点が入れわったものだと思った。

 だが、どうだ?

 俺の姿に見える奴を袈裟斬り、つまり、右上からりした結果、左肩下から右脇腹に傷を与え、反射して俺自身も同じ箇所を負傷した。左肩への刺突しとつも同じ。奴の左肩へのダメージは、俺の左肩に反射した。


 反射――

 違う!

 ダメージが反射しているんじゃない!

 鏡がわの視点。つまり、俺がドグラマグラとして認識している俺の姿の視点。だから、袈裟けさに斬られたので左上から右下への斬撃ざんげきを認識し、実際の刀傷かたなきず一致いっちする。左肩のし傷も同じ。

 この時、奴の視点であれば、右上から左下に斬撃は走って見える。

 主観を入れ替えられているはずにも関わらず、俺は俺が見ている姿からの視点にる。

 ――つまり、

 主観と視点が異なっている!


 主客しゅかく不一致ふいっち

 視点や痛点つうてんよう感覚器かんかくきは元の俺にあり、主観として知覚している主体しゅたいとなる意識は奴のがわにある。

 いや――

 これも違う、正確ではない。

 意識と無意識の交錯こうさく

 意識した時、主観側に知覚が移り、無意識の時、主観側から知覚がはずれる。そうでなくては、俺は俺の姿を見るにはいたらない。


 嗚呼ああ、――

 理解ったよ。

 お前が操作しているのは、主観ではなく、客観きゃっかん、だ。


 だから――

 こうしてやんよ。

 ――自尽じじん


自害だジ・エンド――名高き魔王ドグラマグラよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る