出会い系異世界、転生して４秒で勇者爆誕！

７話：完全主観モノ

―――がちゃり。

「し、しゅ、すっ、すっっごーーい！！！　本当に力圧（ちからお）ししちゃうとか、考えもしなかったよ！」

「――ああ」

「これってさ？　若（も）しかして、もしかしてなんだけど、どさくさ紛（まぎ）れに魔王（ドグラマグラ）も倒しちゃってるんじゃないの！」

「――だとしたら役得（やくとく）だな。だが――」

「だが？」

「それでは、俺が納得（なっとく）できない」

「えっ！？」

　風雅（ふうが）が納得いかない、ってどういう意味なの？

　魔王と戦いたい、って事（こと）なのかな？

　まぁ、矢鱈（やたら）と自信家（じしんか）だし、あれだけ凄（すご）い力を持っていれば、魔王と腕試（うでだめ）ししてみたい、ってのも何（なん）となく分かるけどさ。

「ラヴ！」

「！？　は、はい？」――な、なによ、急に。

「直（じき）にドグラマグラが現（あらわ）れる」

「ああ～！　やっぱり、魔王、健在（けんざい）だよね～」

　当たり前、か。

　居城（きょじょう）が倒壊（とうかい）し、その事故に巻（ま）き込まれて死亡する魔王、ってのも考え難（にく）いしね。

　でも、少しは期待（きたい）しちゃうよね。

　この被害（ひがい）によって、ほんの少しでも魔王本人が損傷（ダメージ）負っていてくれれば助かるんだけど。

「奴を決（けっ）して見てはいけない」

「え！？　どういう事（こと）？」

「そして、俺も見るな！」

「え？　えーっ！？　な、なんでよ！」

　見てはいけない？

　魔王を？　風雅も？

　なんで？

　なんで急（きゅう）に、そんな意味不明な事を云うの？

「ドグラマグラも俺も、共（とも）に見るな。聴（き）くな。嗅（か）ぐな。感じるな！

　目を閉じ、耳を塞（ふさ）げ。五感を、知覚（ちかく）を、感性（かんせい）を、もし、女神特有（とくゆう）の超感覚（ちょうかんかく）があるのであれば、それさえ閉ざすんだ」

「ちょっ、ちょっと～！　そんな器用（きよう）なマネ、出来ないよ！」

「なら、――５分、だ！　３００（さんびゃく）、数えきる間（あいだ）だけ、俺が匿（かくま）う」

「え！？　ど、どーやって？」

「――今は云（い）えない。権能（けんのう）の一つ、そう考えておけばいい」

　――おかしい。

　まるで、焦（あせ）っているかの様（よう）。そう感じさせないよう取り繕（つくろ）おうとはしているけど、微（かす）かな焦燥感（しょうそうかん）を見てとれる。

　限定（リミット）解除（かいじょ）した時とも違う、なにか。

　この違和感（いわかん）――

　なにか、なんかしらの危険（リスク）を背負（せお）っている、そんな印象。

　つまり、――危機（クライシス）。

　危機的（ききてき）状況（じょうきょう）に置かれている、そういう事なんだ！

　それなら、――

　――あたしが取る選択（せんたく）は唯一（ただひと）つ、

「分かったわ。風雅の好きにしてちょうだい……」――委（ゆだ）ねる、彼に。

　あたしが――

　非力（ひりき）な女神のあたしが出来る事は、勇者を――風雅を――唯（ただ）、信じる事だけだから。

「――物分かりがいいな。すまない、５分だ。５分間だけ、君を一人にする。必ず、終わらす。だから――」

「……待ってる」

「――……」

　――の権能（フィーバー）発現！

　３００秒の間だけ、ラヴをいないものとする！

―――見抜（イ）くぞ！

　パンパンパン！

　玉座にあって拍手（クラップ）が響く。

　現れたな、魔王（ドグラマグラ）。

　待っていたぞ。

「見事（みごと）、――だ。余（よ）が顕現（けんげん）せし魔城（ましろ）“死屍累々（ネクロニグロ）”を地形ごと消し去るとは。お蔭（かげ）で、――」

「城にあった余の配下（はいか）は一人残らず死滅（しめつ）した、――だろ？」

「――城にあった余の配下（はいか）は一人残らず…………」

　ドグラマグラの黒々（くろぐろ）と鈍（にぶ）く光る柘榴色（ざくろいろ）の瞳（ひとみ）が三白眼（さんぱくがん）気味（ぎみ）に上向（うわむ）く。

「……なにをした？」

　なにかしたではなく、なにをしたに変わったな。

　そう、――

　――それでいい。

　既（すで）に終えた気付（きづ）き得（え）ぬ事象（じしょう）への吐露（とろ）。それが関心（かんしん）を抱（いだ）く対象への疑問形へと変わった。その機微（きび）が糸口（いとぐち）。

　そして、――

　――冴（さ）え。

　言葉尻（ことばじり）、その僅（わず）かにさえ気付き得（う）る今であるからこそ、見逃（みのが）さない。

　その柘榴を思わすお前の左目。罅割（ひびわ）れた傷を伴（ともな）ったお前の左顔面に、その瞳は確かに存在している！

　両（りょう）の眼差（まなざ）しで俺を、俺の姿を追っている。

　ああ、断じてお前は隻眼（せきがん）等（など）ではない――

―――推考（すいこう）。

　繰（く）り返す時の中、何故（なぜ）、お前は常に俺を視認出来たのか？

　俺の権能（けんのう）を、その効果を知らぬ儘（まま）、時閒停止（ディオブランダ）で時を止めていようと、淨玻璃鏡（ミラーミラーゴーン）による不可視（ふかし）存在であろうと、お前は確実に俺を追っていた――

　――少なくとも、そう見えた。俺にもラヴにも。

　にも関わらず、肝心（かんじん）な時に、お前を見失（みうしな）う。俺もラヴも。

　お前の姿を喪失（そうしつ）し、次に確認し得た時、俺には確実な死が待っている。

　瞬（まばた）きをする遑（いとま）さえなく、俺に死という結果が訪（おとず）れる。まるで、逆に時を止められていたかのように、不可視を使われていたかのように。

　この二つに共通しているのは、観測者（オブザーバー）の存在。

　お前を観測する者、俺とラヴ。

　併（しか）し、ラヴは俺を、俺はラヴを、観測し得（う）る。そしてそれは、お前も。

　お前は俺とラヴを観測し、俺はお前とラヴを観測し、ラヴはお前と俺を観測し得る。

　この時、お前を見失う観測者が一人だけ存在する。

　――それは何よりも、お前自身。

　お前自身の観測、即（すなわ）ち、お前の主観（しゅかん）による視点において、お前自身は観測されない。恰（あたか）もお前自身が存在し得ない、そんな画角（がかく）が目の前に展開（てんかい）される。

　解答（つまり）、――ドグラマグラ、貴様（きさま）の権能の正体は、主観操作（しゅかんそうさ）系――

―――斯くの如し（Ｑ．Ｅ．Ｄ．）。

　権能の齎（もたら）す大凡（おおよそ）の効果は理解（わ）かった。

　後（あと）は、どう“攻略”するか。

　ラヴをこの場から隠（かく）したのは、観測者の数を最小にする為（ため）。

　俺はお前を、お前を俺を、互いに見るしかないこの限定環境であればこそ、攻略の糸口が見付かる。

　凡（およ）そ、こいつの権能には、物理、が伴う。

　それが、奴の左目。

　奴が権能を発現する時、奴の左目はその権能の効果にある者の左目と置き換わっている。

　死にゆく俺を見守るラヴの目が赤かったのは、泣きじゃくったからではない。少なくとも、左目のそれは、泣き腫（は）らした故（ゆえ）の赤ではなく、お前の瞳の色、柘榴だった。

　物理を伴うのであれば、俺自身が目を潰（つぶ）しても意味はない。

　奴の左目を俺の眼窩（がんか）に置かれるだけで主観を失う。

　権能を使わせる前に倒す、これが一番。

　だが、それは無理な話だ。

　何故（なぜ）なら――

　今、俺が直視（ちょくし）しているのはドグラマグラではなく、

　――俺本人なのだから。

　ああ、既に使われていたよ、奴の権能を。