6話:俺死すとも勇者は死せず

―――がちっ……



 第拾壹だいじゅういち権能フィーバー追憶遡及ヴァイツフェイト』発動――


 ――何度目なんどめだろう。

 アプリへの通知が、それを知らせるバイブが、ひど鼓膜こまくつんざく。れているはずの指先には、なんの感覚もないというのに。

 分かり切っていたこと。分かってはいるんだが、分かりたくはない。

 さあ、――もう一度ひとたび


 遡及そきゅうとどこおりなく、もなくゆめから目覚めざめよう。たとえ、その目覚めた先がない悪夢あくむの中であろうとも、り返す。幾度いくどとなく、何度なんどだって。

 ――それが“君”との唯一ゆいいつの【    】。


 永劫回帰の怪ウロボロスよ。らぬ夢にして見果みはてぬ夢よ。

 1157920892無量大数むりょうたいすう3731不可思議ふかしぎ6195那由他なゆた4235阿僧祇あそうぎ7098恒河沙ごうがしゃ5008ごく6879さい785せい3269かん9846こう6564じょう564𥝱じょ394がい5758けい4007ちょう9131おく2963まん9936回、その全ての可能性を試してやる。

 あきらめやしない。足掻あがいてやるさ、何度だって。俺は諦めが悪いんだ。

 今暫いましばらく待っていろ。必ず、らい付く。



―――っちゃり。



「し、しゅ、すっ、すっっごーーい!!! 本当に力圧ちからおししちゃうとか、考えもしなかったよ!」

あわてるな、ラヴ。までは分かっていたことだ」

「え? そうなの? でもさ? しかしてさ? どさくさまぎれに魔王ドグラマグラも倒しちゃってるかもよ♪」

やつは生きている。ほぼ無傷ノーダメで、だ」

「えっ!?」

「奴の権能けんのう見極みきわめる」

「……へっ? 風雅ふうが? なにってんの??」


 きょとん、とした表情で俺をのぞ女神ラヴ

 説明不足ぶそくなんて事ははなから承知しょうちしている。

 だが、この世界ナグルマンティにこれ以上記録ログを残すのは得策とくさくではない。天地改變アップデートされたらもともない。

 “記憶おもいで”は俺のなかにだけあれば、嗚呼ああ、それでいい!


「ラヴ!」

「!? は、はい?」

じきに姿をあらわすドグラマグラから目をはなすな」

「エッ? なに? 魔王がいるって事?」

「奴はなぞ権能フィーバーを持ってる」

「え? えーっ!? 風雅みたいな力を持っているって事!? そんなの、あたしじゃ対応たいおうできないよ!」

「だからこそ、つぶさ観察ろ。わずかにでも違和感が見受みうけられたら俺に伝えろ」

「う、うん、分かったわ」


 ――現れる。

 そして、お前は拍手クラップを打つんだ、見事みごと、と。


 パンパンパン!――猟奇的グロテスク意匠いしょうらした玉座ぎょくざした魔王ドグラマグラが姿を現し、

見事みごと、――だ。顕現けんげんせし魔城ましろ死屍累々ネクロニグロ”を地形ごと消し去るとは。おかげで、城にあった余の配下はいかは一人残らず死滅しめつした」


 そう、――

 ――それでいい。

 お前に変化が観測られず、したよ。

 改變かいへんされてないって事だからな。


「ラヴ!」

「は、はい!」

「奴に仕掛しかける。時閒停止ディオブランダ淨玻璃鏡ミラーミラーゴーンを俺と君以外を対象に使い、種子眞言マントアルーン直通念話ライン』で意思疎通かいわを可能にしておく」

「あ、はい」

「違和感、だ。に違和感をおぼえたら教えろ。理解かったな?」

「う、うん」



―――見抜くぞ!



「――5分、だ。300さんびゃく、数えろ!数えきる前に終わらせる」


 ――ふふふっ、ふははっ、ふははははーーっ!

 嘲笑あざわらうドグラマグラ。

 存分ぞんぶんわらうがいいさ。

 その表情がこおくその瞬間ときこそが、お前の終わり、だ!


「イクぞ!第壹だいいち権能フィーバー時閒停止ディオブランダ>!事象じしょうは全て静止せいしする――そして、

 かさねるぞ、第貳だいに権能フィーバー淨玻璃鏡ミラーミラーゴーン>!何人なんぴととらえる事は出来やしない」


 時は止まり、――

 ――誰一人として俺と彼女ラヴ見付みつけられない。

 こごえた白黒モノクロ時無ときなき時の中、静寂せいじゃくあたりをつつみ、集中力コンセントレーションが高まる。

 かすかな雑音ノイズとはといえば、それはラヴの鼓動こどう吐息といきくらい。だが、そのわずかなノイズが今は心地良ここちいい。孤独こどくぎる死せる時の中は、なんとも息苦いきぐるしい。


 ――さあ、

 お前はどうだ、ドグラマグラ?

 俺とは異なる権能フィーバー使い。間違いない。

 奴は、、とった。つまり、奴は時止ときとめや不観測ふかんそくに気付いていない。俺の権能の存在に勘付かんづいてはいるが、それがなんなのかまでは分かっていない。

 すなわち、奴は動けず、観測出来ないはずだ、俺達おれたちを。


 だが、――

 どうやったのだ?

 どうやって俺を視線しせんで追えた? どうやって視認しにんした? どうやって認知にんちたんだ、俺の権能けんのうを?

 どうやって、――俺を仕留しとめたんだ?


 今、そのけの皮をがしてやる!


 !?――

 ――矢張やはり、、見えているな!

 どうやっているのか、まるで分からんが、俺の動きを確実に追っている。

 その毒々どくどくしい柘榴色ざくろいろの瞳が、俺の姿をとらえ続けようと動いている。

 衝動性眼球運動サッカード。俺を見逃みのがさぬよう眼球がんきゅうが動くんだ、中心窩ちゅうしんかで捉えようと。

 ああ、無論むろん、俺も見逃しはしない。

 お前が俺をそので追ったという事実を。


 右目!?

 右目だと? 右目だけ、だと?

 左目は? 左目はどうした?

 罅割ひびわれを思わす傷がきざまれたがわ、その左目は?

 その眼窩がんかに眼球らしきものは見当みあたらない。

 隻眼せきがんだったのか。


 それならっ――

 ――奴の左側面そくめんから回り込む。

 それが奴にとっての死角しかく

 右目だけでは追えまい。

 反応しろ!

 片目では追い切れない、その死角をつぶため、動いてみろ。

 動いた時、それがお前の権能の正体しょうたいだ!

 見せてみろ、お前の権能を!!


風雅ふうがッ!」

「――!!? な、なんだ!? どうした、ラヴ?」

「ど、どっちに行ってるのよ!!」

「――……どっち、だと?」


 ――どっちだって?

 どこへ向かっているか、って?

 玉座の左側、奴の死角にもぐり込み、ブチのめす――それだけ。

 そんな説明、今しているひまは――


「う、後ろーーッ!」

「うしろ?」

「あっ、あぶないッッ!!」


 ――カハッ!

「な、なん――だと……」

 止めなく、血がき出てくる。

 のどの、いや、もっと奥底おくそこから、あつく、熱くたぎるような痛みが込み上げ、ぬぐっても拭っても、鮮血があふれ出す。

 つらぬかれている。

 腹を――俺を気取けどらせず、背後からの貫手ぬきて。いつの、に……



―――賢者時間突入トキはもどる……



終わりだジ・エンド――名も無き勇者モブキャラよ」


 ――また、……。

 その台詞セリフを聞く羽目はめになろう、とは。

 熟々つくづく攻略こうりゃくってのが苦手だよ、まったく。

 ほかの勇者様ってのは、一体いったいどうやって攻略してんのかね。

 教えてもらいたい――もん、だよ……


「ふぅーーーがぁぁぁあああッ!!!」


 そんなにわめくなよ、ラヴ。

 そんなに目をして……――なみだきなよ。

 かわいい顔が、台無だいなし、だ。

 大丈夫だいじょうぶ、……

 ……――だいじょうぶ、さ。

 まだ、俺の気持ちはられちゃいやしない。

 すぐに、

 また、……

 嗚呼、

 ……える、さ。

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