出会い系異世界、転生して４秒で勇者爆誕！

５話：勇者、再び死す！

―――がちゃり。

　信じらんない！？

　こんな夢みたいな話があるの！

　魔王の居城“死屍累々（ネクロニグロ）”を、山ごと、大地ごと、岩盤（がんばん）ごと、周囲の地形を掻（か）き消す程（ほど）、今後の地図に修正が必要な程の勢いでぶっ壊（こわ）すなんて……。

　この勇者、やっぱ“当たり”だわ～♪

　あたしってば、超ラッキー！

「……し、しゅ、すっ、すっっごーーい！！！　本当に力圧（ちからお）ししちゃうとか、考えもしなかったよ！」

「――……ああ」

「これってさ？　若（も）しかして、もしかしてなんだけど、どさくさ紛（まぎ）れに魔王（ドグラマグラ）も倒しちゃってるんじゃないの！」

「――だとしたら役得（やくとく）だな。だが……」

「だが？」

「奴（やつ）の権能（けんのう）がなんなのか、それが“問題”だ」

「……へっ？　風雅（ふうが）？　なに云（い）ってんの？？」

　粉々（こなごな）に吹き飛ばされた城址（しろあと）にもくもくと立ち籠（こ）める黒煙（こくえん）が軈（やが）て霧散（むさん）すると、そこにはうっすらと人影が。

　椅子？　玉座（ぎょくざ）か？　そこに座（すわ）る人――いや、モノは、紛（まぎ）れもなく魔王（エルケーニヒ）ドグラマグラ。

　あの圧倒的な衝撃（しょうげき）の中、掠（かす）り傷一（きずひと）つ負（お）う事（こと）もなく、そこに居（い）る。いや、傷はあるのか？　左目周辺の罅割（ひびわ）れ、あれは風雅の種子眞言（しゅじしんごん）の影響？

　――それにしても……

　一体、どうなってるわけ？

　矢鱈（やたら）と頑丈（がんじょう）ってだけじゃ、説明つかないよ！

「ラヴ！」

「！？　は、はい？」――な、なによ、急に。

「奴を、ドグラマグラを悉（ふつく）に観察（み）よ」

「エッ？　どうしたの？」

「可能性に過（す）ぎないが、奴は俺と同じ権能（フィーバー）を持っているかも知れない」

「え？　えーっ！？　風雅と同じ権能って……時止（ときと）め、不観測（ふかんそく）、言魂（ことだま）でしょ！言魂は兎（と）も角（かく）、始めの２つは見ても分からないんじゃ……」

「だからこそ、備（つぶさ）に観察（み）ろ。何かしらの違和感がある筈だ。俺と同じ権能であれば」

「……う、うん」

　――パンパンパン！

　なに？　拍手（クラップ）？

　風雅の放（はな）った衝撃波（しょうげきは）で荒野と化（か）したその直中（ただなか）で、拍手（はくしゅ）が鳴り響（ひび）く。

　玉座に座（ざ）す魔王ドグラマグラは足を組み換（か）え、掌（てのひら）を打ち据（す）える。

「見事（みごと）、――だ。余（よ）が顕現（けんげん）せし魔城（ましろ）“死屍累々（ネクロニグロ）”を地形ごと消し去るとは。お蔭（かげ）で、城にあった余の配下（はいか）は一人残らず死滅（しめつ）した」

　変わった様子（ようす）は見られない。

　不気味（ぶきみ）な三葉虫（さんようちゅう）の腹を思い出させる気色（きしょく）の悪い玉座に鎮座（ちんざ）した儘（まま）、ドグラマグラはこちらを凝視（ぎょうし）している。

　なにか仕掛（しか）ける訳（わけ）でも、仕込（しこ）んでいる様（よう）にも見えない。酷（ひど）く落ち着（つ）いている、そう見える。

　圧倒的強者（きょうしゃ）の余裕（よゆう）、悠揚（ゆったり）とこちらを、あたしと風雅を見据（みす）えている。

「ラヴ！」

「は、はい！」

「これから俺は仕掛ける。つまりは、権能を使う。時閒停止（ディオブランダ）、淨玻璃鏡（ミラーミラーゴーン）、種子眞言（マントアルーン）の３つだ」

「……う、うん」

「違和感、だ。俺と奴とを見比（みくら）べ、違和感を感じろ。分かったな？」

「え、ええ……」

　一体、なにを始める心算（つもり）？

　あたし、アンタの権能って、１度ずつしか見てないんですけど。而（しか）も、全然よく分かっていないんですけど……。

　女神の力を甘くみないでよね！あたしみたいな新米（しんまい）女神、アンタが思っている以上に、無能（むのう）、ですからっ！！

　でも、少しでも頼（たよ）ってくれるのは、正直、嬉（うれ）しいかも……

―――見抜（イ）くぞ！

「――５分、だ。３００（さんびゃく）、数えろ！お前を屠（ほふ）るのに、５分でも長い」

　――ふふふっ、ふははっ、ふははははーーっ！

　ドグラマグラが嘲笑（あざわら）う。

　今の内（うち）、存分（ぞんぶん）に嗤（わら）うがいい。

　間もなく、お前は、ぞっとする！

「イクぞ！第壹（だいいち）の権能（フィーバー）＜時閒停止（ディオブランダ）＞！事象（じしょう）は全て静止（せいし）する」

　時を、――

　――止める。

　凍（こご）える時の中、光さえ静止する直中（ただなか）、色調（しきちょう）は一変（いっぺん）。色鮮（いろあざ）やかな光の波長（はちょう）は消え失せ、全ての物体が急速（きゅうそく）に色褪（いろあ）せる。赤外線カメラを覗（のぞ）いたかの様（よう）な単色（モノクロ）の世界が広がり、一切（いっさい）の雑音（ノイズ）が掻（か）き消える。

　この孤独（こどく）な死せる時の中、活動的（アクティヴ）な者（もの）は俺一人。その筈（はず）。

　お前はどうだ、ドグラマグラ？

　時止め――この権能を使った可能性が一番高い。

　お前が俺を殺（ヤ）った時、玉座から立ち上がって間（ま）もなく、お前は俺の知覚から消失（ロスト）した。

　単（たん）に、等（ひと）しく時止め出来るのであれば、俺にも分かる。唯（ただ）、お前は俺にその隙（すき）さえ与えず、早急（そうきゅう）に事（こと）に及（およ）んだ。

　ただ、それだけ――

　――！？

　なんだ？

　動かない、だと？

　充分（じゅうぶん）な時間を――時を止めているにも関わらず充分な時間――、とはおかしな発言だが、何故（なぜ）、反応しない？

　いや、視線は、その目線はこちらを、俺を睨（にら）みつけ、その姿を追っている。

　矢張（やは）り、――お前は俺を視認（しにん）している。

　だというのに、何故、動かない？

　若（も）しかして、この死せる時、時を止めている時間、その効果時間の推移（すいい）を見守り、解除の頃合（ころあ）いを目論（もくろ）んでいるのか？

　俺の集中力が切れ、時止めの効果を解除するであろうその瞬間（とき）を狙（ねら）っている、そういう事か？

　ならばっ！

　重（かさ）ねるぞ、権能を！

「イクぞ！第貳（だいに）の権能（フィーバー）＜淨玻璃鏡（ミラーミラーゴーン）＞！何人（なんぴと）も俺を捉（とら）える事は出来やしない」

　！！！？――

　――なにィ！

　奴の、その視線が、俺を、俺の動きを、追跡（トラッキング）している、だと……

　馬鹿（ばか）な、有り得（え）ない。

　時閒停止（ディオブランダ）を、同じく時閒停止（ディオブランダ）で追う事は出来る。だが、淨玻璃鏡（ミラーミラーゴーン）を、同じ淨玻璃鏡（ミラーミラーゴーン）で追う事等、出来やしない。

　違うッ！

　時閒停止（じかんていし）でも淨玻璃鏡（じょうはりのかがみ）でもない。況（ま）して、種子眞言（マントアルーン）でもない。

　種子眞言（しゅじしんごん）は時止め中（ちゅう）でも使える。だが、奴は言葉を一言（ひとこと）も発（はっ）していない。唇（くちびる）さえ、動かしていやしない。

　抑々（そもそも）、俺の権能を知っていなければ対応出来る筈（はず）がない。

　俺がこの世界（ナグルマンティ）に召喚（しょうかん）されて以来、使用した権能は三種（さんしゅ）、いや、四種（よんしゅ）だけ。

　他の権能を使ってはいないし、披露したのは彼の女神（ラヴクラフティ）の前だけ。

　つまり――

　魔王（コイツ）は、俺とは全く異（こと）なる権能を以（もっ）てして、俺を仕留（しと）めた、という事か……

　――いかん！

　もう、集中力が保（も）たない。

　クソッ！

―――賢者時間突入（トキはもどる）……

　――あれ？

　なんだろう、この違和感。

　魔王になにかあった？　いや、違う。違和感を感じるのは、風雅から。

　風雅の顔から血の気が引いてる様（よう）に思える。ほんの少し、少しだけ青ざめているみたいな――気のせい、だよね。

　あっ！？

　魔王の顔から笑みが消えている。

　注視（ちゅうし）。そのドス黒さを内包（ないほう）した真（ま）っ赤（か）な柘榴色（ざくろいろ）の瞳を爛々（らんらん）と輝（かがや）かせた三白眼（さんぱくがん）を、更（さら）に上目遣（うわめづか）いでこちらを睨（にら）むかの様（よう）。

「……なにかした、な。ならば、――」

　玉座からゆるりと立ち上がるなり――

　！？――

　喪失（そうしつ）。

　魔王の姿を見失う。匆卒（いきなり）、唐突（とうとつ）に、忽然（こつぜん）と。

　そんな、バカな！

　あんなに注視（ちゅうし）していたのに。瞬（まばた）きさえ、していないというのに。

　――一体、どこへ？

　ドグゥンッ！

　程近（ほどちか）くで、妙（みょう）に神経を逆撫（さかな）でする様（よう）な不愉快（ふゆかい）極（きわ）まりない音が耳を劈（つんざ）く。

　頬（ほお）になにかが撥（は）ねてきた。

　甲（こう）でそれを拭（ぬぐ）う。

　なにこれ？

　――血。

　その血飛沫（ちしぶき）が飛来（ひら）してきた軌跡（きせき）の先には、

　抜（ぬ）き手（て）！

　風雅の腹を背後から突（つ）き破る腕（うで）。

　その腕の持ち主、風雅の後ろに立つは、魔王ドグラマグラ。

　手刀（しゅとう）を引き抜くと、風雅は大地に崩れ落ちる――音も無（な）く。

「終わりだ（ジ・エンド）――名も無き勇者（モブキャラ）よ」

　――う、ウソッ！？

　嘘（うそ）だっ！

　こんな簡単に、残酷（ざんこく）に、何も出来ずに。

　ウソ！　うそ、だ！　嘘に決まってる！

　あたしの！

　あたしの勇者（おとこ）がっ！！

　あたしの英雄（ヒーロー）がこんなにアッサリ殺されるわけがないッ！！！

「……ふっ、ふぅーーがぁぁぁあああッッッ！！！」