出会い系異世界、転生して４秒で勇者爆誕！

４話：勇者、死す！

　ドゴゥッ！――

　ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……

　――ゴッ！　ゴガガガガッ！！　ドグォン！！！

　えっ！　エッ！　ええーっ！！

　うそっ！　うそーん！

　なんなの！？

　なんの心算（つもり）なのよ！

　風雅（ふうが）が一言（ひとこと）、二言（ふたこと）呟くと（ツイート）、破滅的（はめつてき）な衝撃（しょうげき）を伴（ともな）うエネルギーが発生し、魔王の城を襲（おそ）う。

　火炎、爆発、雷撃（らいげき）、暴風雨（ぼうふうう）、吹雪（ふぶき）、地震、礫（つぶて）、強酸、衝撃波（しょうげきは）etc……

　ありとあらゆるエネルギーの濁流（だくりゅう）が魔王の城を、城門（じょうもん）を、城壁（じょうへき）を包み、損壊（ダメージ）を与える。

　魔術？　呪文の詠唱（えいしょう）を伴わず、これ程圧倒的（あっとうてき）な物理効果を同時多発的（たはつてき）に発現（はつげん）し、齎（もたら）すなんて、大魔術師のレベルを遙（はる）かに凌駕（りょうが）する。最早（もはや）、神の域（いき）。

「風雅、あんた、魔術師……ううん、魔道士（まどうし）だったの！？」

「――いや、違う」

「ええっ！！？　ち、違うの？？」

「魔術の類（たぐい）は召喚（しょうかん）先の異世界の体系（たいけい）に依存（いそん）する。故（ゆえ）に、本来的な意味合いとして求め得（う）る効果・効能（こうのう）が世界毎（ごと）に違ってしまう。俺がそんな危殆（あやふや）な技術を体得（たいとく）する謂（い）われがない」

　短いとはいえ、言魂（ことだま）を発（はっ）し、物理現象を巻（ま）き起こす。

　それが、魔術以外の何（なん）だと云（い）うの？

「だったらその力は一体（いったい）？」

「第參（だいさん）の権能（フィーバー）＜種子眞言（マントアルーン）＞。言（こと）の葉（は）を具象化（ぐしょうか）し、その影響（えいきょう）を既存（きそん）環境に適用（てきよう）させる。此（こ）の世の全ては俺色（おれいろ）に染（そ）まる」

　神の為（な）せる業（わざ）にいと近しい術式（じゅつしき）。

　一言（ひとこと）、凄（すご）い――

　――でも、

　それでも死屍累々（ネクロニグロ）はびくともしない。魔王の居城は盤石（ばんじゃく）。疵痕（きずあと）を残すくらいには損傷（そんしょう）を与えてはいる。しかし、この程度の火力（パワー）では到底（とうてい）破壊できやしない。悲しい程、火力が足りていない。

　風雅だってもう、分かっている筈（はず）。

　対人術式程度じゃ、魔王の居城を砕（くだ）く事なんて出来やしないって。

「堅牢（かた）いな――」

「無理だよ、風雅。その権能（けんのう）が途轍（とてつ）もないってのは凄く分かるよ。けど、今その力を試しているのは魔王の居城だよ。迚（とて）も壊（こわ）せる様（よう）なもんじゃないよ」

「――致（いた）し方（かた）ない。環境に配慮（はいりょ）していては壊せそうにないので限定（リミット）解除（かいじょ）する」

「解除？」

「ああ。ラヴ、俺の後ろに伏（ふ）せていろ」

「え？　あっ、はい」

　――ふぉぉぉぉぉおおおーっ。

　風雅が息を吐（は）き、長い溜（た）め。そして、「不・退・轉（アリア・ヤクト・エスト）」と呟（つぶや）く。

　初めて見る風雅の真剣（しんけん）な眼差（まなざ）し。いや、ずっとクールではあったけど、どこか飄々（ひょうひょう）として余裕（よゆう）をかましている、そんな印象だったから、ちょっと驚（おどろ）いた。

　なんか、恰好良（カッコい）い！

　刹那（せつな）――

　風雅の全身から蒸気（じょうき）が沸（わ）き立つ。

「――リミッター解除完了！」

「ど、どうするの！？」

「環境問題と環境依存文字に造詣（ぞうけい）の深い俺だが構（かま）ってはいられない。権能（けんのう）：種子眞言（しゅじしんごん）『超電磁竜巻砲（レールガン）』発射（フォイエル）！」

　シュンッ――

　目映（まばゆ）く激しい巨大な光束（こうそく）が一条（いちじょう）、刹那に大地を切り刻（きざ）みながら魔王の居城とその背後に聳（そび）える峻岳（しゅんがく）を襲う。

　――ブゥーーン！

　遅れて重低音（じゅうていおん）の鈍（にぶ）い音波（おんぱ）が過ぎ去った光束を後追（あとお）い縋（すが）る。間（ま）もなくして各処（かくしょ）でパッと火花を散らし、地維（ちい）が揺（ゆ）れる。

　ドンッ！！！

　大爆発――

　瓦礫（がれき）は羽毛（うもう）の様（よう）に舞い飛び、灼熱（しゃくねつ）の閃光は岩盤（がんばん）を、城壁を、城門を溶（と）かし、地鳴（じな）りに打ち震（ふる）える。空気は痺（しび）れ、狂った様に電撃が走り、子宮（はら）に響く爆音（ばくおん）を伴って焦（こ）げ臭（くさ）い濃霧（のうむ）が立ち籠（こ）める。

　――なんてこと……。

　程なくして黒煙（こくえん）が霧散（むさん）すると、大地は素（もと）より嶮岨（けんそ）な山並（やまなみ）毎（ごと）抉（えぐ）られ燃ゆる荒野が真（ま）っ直（す）ぐに広がる。凄まじい光弾（こうだん）の直線上に砕かれた地表（ちひょう）と並行（へいこう）する様に、大空（おおぞら）には一筋（ひとすじ）の雲の隧道（トンネル）が地平線の彼方（かなた）に迄続いている。

　そこには、先程（さきほど）迄あった筈（はず）の堅牢怪奇（けんろうかいき）な黒耀（こくよう）の城は跡形（あとかた）もなく、唯（ただ）時折（ときおり）、ちろちろと空間を這（は）いずるかの様（よう）な電撃が走るのみ。

　信じられない――

　けれど、事実。

　魔王の居城“死屍累々（ネクロニグロ）”を、その地形（ちけい）毎（ごと）、消滅させてしまった。

「……し、しゅ、すっ、すっっごーーい！！！　本当に力圧（ちからお）ししちゃうとか、考えもしなかったよ！」

「――ああ」

「これってさ？　若（も）しかして、もしかしてなんだけど、どさくさ紛（まぎ）れに魔王（ドグラマグラ）も倒しちゃってるんじゃないの！」

「――だとしたら役得（やくとく）だな。だが――」

「だが？」

「それでは、奴（やつ）も納得（なっとく）すまい」

「ヤツ？」

　晴れた地煙（じけぶり）の中、朧気（おぼろげ）に映（うつ）る調度品（ちょうどひん）。椅子（いす）？　玉座（ぎょくざ）か？

　――あっ！？

　弧（こ）を描く様に抉られ消失（しょうしつ）した地表に、禍々（まがまが）しい意匠（いしょう）を凝（こ）らした巨大な玉座が一つ、見える。

　なんて――

　なんて、悍（おぞ）ましい瘴気（しょうき）。なんという嘔気（むかつき）。背筋を走る悪寒（おかん）とは逆に、臓腑（はらわた）に熱気を覚える程の不審（ふしん）。額（ひたい）が汗ばむ。

　玉座に腰掛けるそれを、直視（ちょくし）せずとも認識（にんしき）出来る。惡（あく）、であると。噎（む）せ返る程の。

　間違いない！

　こいつは、……こいつこそが魔王（サタナ）殺しの（・キラ・）魔王（サタナ）、ドグラマグラ！

　大王具足虫（ダイオウグソクムシ）の腹を思わせる節（ふし）くれ立った不気味（ぶきみ）なデザインの玉座に在（あ）るその“男性（おとこ）”は、どことなく風雅に似（に）たクールな雰囲気（ふんいき）の男前（イケメン）。

　雰囲気が似ているとはいえ、その様子はまるで違う。豪奢（ごうしゃ）な黄金（ブロンド）の髪に、柘榴（ザクロ）を思わす濃い紅（くれない）の瞳。金属的な青い（メタリックブルー）口紅（リップ）を引き、左目周辺に罅割（ひびわ）れを思わす傷が刻（きざ）まれている。

　なにが怖（おそ）ろしいって――

　遺伝子（いでんし）レベルでその存在が危険そのものである事を認識しているにも関わらず、感覚（かんかく）がそいつに好意（こうい）を抱（いだ）かせようとする、そんな印象。

　――これが、惡のカリスマ、か。

　パンパンパン！

　突然の拍手（クラップ）。

　玉座の男は手を叩（たた）き、足を組み換（か）える。

「見事（みごと）、――だ。余（よ）が顕現（けんげん）せし魔城（ましろ）“死屍累々（ネクロニグロ）”を地形ごと消し去るとは。お蔭（かげ）で、城にあった余の配下（はいか）は一人残らず死滅（しめつ）した」

　――パンパンパン！

　えっ？

　今度は風雅が拍手（はくしゅ）を？

　なにごと？

「お前（まえ）こそ見事だ、蜷局鮪（とぐろマグロ）。俺の一撃に耐（た）えたのは心からの賞賛（しょうさん）に値（あたい）する。尤（もっと）も、間（ま）もなく生き残ってしまった事を後悔（こうかい）する羽目（はめ）になろうが」

「余はドグラマグラ、魔王（サタナ）殺しの（・キラ・）魔王（サタナ）。余の城と配下を消し去ったその力、褒（ほ）めて遣（つか）わす。余を敬（うやま）い崇（あが）め奉（たてまつ）れば、臣下（しんか）に取り立ててやってもよいぞ」

「臣下？　なにかの冗談（ジョーク）か？　お前が平伏（へいふく）し、許（ゆる）しを請（こ）えば殺すだけで赦（ゆる）してやろう。楯突（たてつ）くつもりであれば永遠の苦しみを味わう事になるぞ、ド糞馬糞（グソまぐそ）？」

「……此（こ）のドグラマグラ相手に嚇（おど）しは利（き）かんぞ」

「なら、試してみるか、おとなのおもちゃ（エネマグラ）？」

　――ふふふっ、ふははっ、ふははははーーっ！

　急に魔王は高笑（たかわら）い。座（ざ）した儘（まま）、指先を風雅に向け、

「準備しろ、小童（こわっぱ）。魔術で能力向上（バフ）するなり、技能（スキル）を使うなり、剣（つるぎ）を研（と）ぐなり、好きにしろ。余を楽しませるだけの準備、その時間を与えてくれようぞ」

　風雅は示指（ひとさしゆび）を立て、芝居（しばい）染（じ）みた様（よう）に左右に振る。前にも見せた仕草（しぐさ）。

「時間等（など）、いらん！　――５分、だ。お前を屠（ほふ）るくらい５分で充分（じゅうぶん）」

　――魔王の顔から笑みが消える。

「……そうか。なら、――」

　玉座から悠然（ゆっくり）と立ち上がるや否（いな）や――

　！？――

　見失（みうしな）う。

　玉座から腰を上げたその刹那、彼の姿が忽然（こつぜん）と消えた。

　どういう事！？

　一体、

　――どこに？

　ドグォッ！

　近くから、矢鱈（やたら）と不快（ふかい）で鈍（にぶ）い音が響く。

　なにかしらの液体が頬（ほお）に付（つ）く。

　拭（ぬぐ）う。

　こ、これは――――血。

　血飛沫（ちしぶき）が舞い散った方向をちらりと振り返ると、そこには、

　腕！

　風雅の腹部（はら）から抜（ぬ）き手（て）が飛び出している。

　その腕の正体（しょうたい）、風雅の背後に立つ魔王ドグラマグラの姿が。

　腕を引き抜くと、風雅は力なく前のめりに倒れる――どさり、と。

「終わりだ（ジ・エンド）――名も無き勇者（モブキャラ）よ」

　――う、ウソッ！？

　嘘（うそ）でしょ！

　こんなに淡泊（あっさり）、いとも容易（たやす）く呆気（あっけ）なく。

　ウソ！　うそ、だ！　嘘に決まってる！

　あたしの！

　あたしの勇者がっ！！

　あたしの勇者がこんなに簡単に殺される筈がないッ！！！

「……ふ、ふぅーーがぁぁぁーーーッッッ！！！」