第26話 異変(三)

 私とDr. クレインは息を呑んだ。目の前にいるのは、トリアージブラックタグの子ども達。平たく言えば、既に死亡が確認されたかもしくは時間の問題、になった子ども達。

 

―死者をどう『治療』するのか......。―


「ここから先は他言無用よ」


 私の疑問に気づいたらしいDr. バルケスが、軽くウィンクした。見回せば、フロアにいたはずの看護師達の姿が無い。


 フロアに残されたのは、教授プロフェッサーマシューとDr. バルケス、Dr. クレイン....そして私だけだった。


「シールドを張るわ。エネルギーを貸してちょうだい」


 Dr. バルケスは、私とDr. クレインを子ども達の外側に対峙して立たせ、教授プロフェッサーと向き合って立った。ふっくらとした指が額のバンダナを外す......彼女のなだらかな額の中央に、菫色の瞳がはっきりと見開いていた。

 同時に....てっきり皺だとばかり思っていた教授プロフェッサーの額の中央が開き、黄金の第三の瞳が、子ども達を見つめていた。


「エンマ......」


 教授プロフェッサーの呼び掛けに、Dr. バルケスが静かに両手を拡げ、今まで耳にしたことの無い言葉を紡ぎ始めた。語るように謳うように紡ぎ出されるそれが、祈りであることを知るまでに、そう時間はかからなかった。


 彼女の祈りが始まって程なくして、巨大な唸りととともに空間が歪み、私達は、白い光の筒の中にすっぽりと包まれた。その光の筒は真っ白な中に様々な色の光の粒が弾け、漂っていた。 


「マスター∞《インフィニティ》......」


 教授プロフェッサーマシューが厳かな声音で頭上を仰ぎ、呼び掛けた。


「哀れな愛しい生命いのち達に慈悲と祝福を.....」


 その言葉とともに、今一度、空間が大きく揺らぎ、光が強くなった。


 あまりの眩しさと神々しさに立ち竦む私達の前で、傷ついた子ども達の血の気を失った頬に赤みが差し、硬直していた筋肉が和らいでいくのがわかった。そして、次々に眼を開けた彼らは一様に頭上を見つめていた。


 そこにはあるはずのフロアの天井はなく、ただ、真っ白な光の空間が拡がっていた。


 呆然と見上げる私達の目の前で、その光は徐々に淡くなり、同時に高周波の金属音のような音がかすかに聞こえてきた。


―宇宙......船?―


 私達の頭上に見えてきたのは、紛れもなく白銀の光をまとった巨大な宇宙船だった。それはやがて私達の真上で静止し、その中心らしき空間から伸びる半透明の光に子ども達はゆっくりと吸い込まれていった。


「そんな馬鹿な......、ここは病院の中だぞ!」


 絶句する私達に、教授プロフェッサーは、静かに言った。


「周りを見てごらん......」


 教授プロフェッサーの言葉に、ようやく視線を周囲に移すと、そこは......宇宙空間だった。身体の周囲にも足下にも、数多の星々が瞬き、星雲が幾つも浮かんでいた。


「なっ......!?」


 混乱を隠せない私達に教授プロフェッサーは小さく笑い、大学の講義の時のように、片手を上げて、言った


「君たちは、次元層が、どのように出来ているか、知っているかね?」


「え.....?」


「次元の層というものは、固まりでできているわけではない」


 教授プロフェッサーは額の目をしばたたかせながら、説明を始めた。


「次元層というのは、薄いレイヤーを幾つも重ねたような構成になっている。まぁ、日常的に意識されることは無いが、意識や思考といった重力の拘束を受けない部分においては、自由に複数の次元層を行き来できる。

 コーザル体、エーテル体、アストラル体といった粒子の組成の異なる上位エネルギー体は異なる次元層にあり、エネルギーコードによって肉体に繋がっている。それは知っているね?」


 私とDr. クレインは入りたての学生のように目を丸くして、ただただ頷いた。


「私とエンマ......Dr. バルケスは異なる次元層を行き来できるんだ。......長生きしたおかげでね」


 Dr. バルケスが、ほほ....と笑った。


「今回は君たちにも手伝ってもらう関係で一緒に来てもらった。子ども達を船に乗せるまで、場を保たないといけないのでね」


 呆気に取られる私の耳にDr. クレインが尋ねる声が聞こえてきた。


「子ども達をどこに連れていくんですか?」


「異なる次元層にある病院よ。肉体は戻ったけど、魂と上位エネルギー体を治療しないとね。健康に戻ったら、外宇宙にある適切な星に移すわ。避難所のようになっている星があるから......」


 Dr. バルケスが微笑みながら、教授プロフェッサーマシューに歩み寄った。


「後は、あなた達の仕事よ。......私達が介入できるのは、ここまで」


「介入って......あなた方は.......?」


 言葉に詰まる私の傍らで、Dr. クレインも硬直していた。


「アシュタール-コマンド......」


「そうよ」


 Dr. バルケスの唇がにこやかに応えた。アシュタール-コマンドは、伝説の存在だ。超惑星の宇宙の秩序を保つことを目的とした組織チームで、様々な次元層ごとにメンバーがいる。次元層ごとにチーフ-マスターはいるが、この宇宙の創造主にして統括者、マスター∞《インフィニティ》の直轄の存在だ。


―本当に、いたんだ......―


私は驚きと感動で言葉を失った。


「......何故、アシュタールがこの星に?」


 Dr. クレインは混乱を抑えきれない様子で、教授プロフェッサーに尋ねた。


「『要請』があったからだ」


―まさか......―


 私は耳を疑った。この星でアシュタールに『要請』できる存在は、ただひとり.....。その存在は、長い沈黙の中にある。


 教授プロフェッサーは静かに笑って言った。


「君たちは幸運ラッキーだ。指示されたのが私達医療チームだったからね。......星を再生できる余地がある、ということだからね」

 


「マスターΩ《オメガ》を目覚めさせなさい」


 Dr. バルケスは微笑み、教授プロフェッサーマシューがその手を取った。


「私達の『仕事』はここまでだ。後は君たちの『仕事』だ」


教授プロフェッサー......」


銀色の光が背後から彼らを包み込もうとしていた。


「さよなら、アーシー、イーサン、神の祝福を......」


 穏やか微笑みを残して、ふたりの姿は光の中に消え、気がつくと、私とDr. クレインは病院のフロアに呆然と立ち尽くしていた。


 あの子ども達の遺体も忽然と消えていた。


 周囲に訊くと、『処理済み』と言われた。―近親者というものの存在しないこの星では、一般的に遺体は粒子レベルに分解され、小さな鉱石に再生される。―確かに、安置室の棚には、それらしき透明に近い色合いの鉱石が並んでいた。


 そして、教授プロフェッサーマシューとDr. バルケスの『存在』も、私とDr. クレイン以外のスタッフ全員の記憶から完全に消えていた。





 

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