第25話 異変(二)

「収容、急いで!」


 Dr. バルケスの声がフロアに響き渡る。

 第五エリアの事故なだけに、被災者の殆どが子どもだ。が、殆どが救命カプセルではなく、旧式の担架ストレッチャーに乗せられて運ばれてくる。


「酸素カプセルは? AED は無いんですか?」


「数が足りないので......」


 救急アンビュランスチームのキャプテンは、にべも無く看護師の要請を振り切り、次々と担架ストレッチャーをフロアに置き去りにしていく。


「被災者の名簿は?子ども達は登録証を持って無いんですか?」


「緊急だったので、ありません。それより早くトリアージを......」


 トリアージは、被災者の処置順位を決める、ある意味、残酷な位置づけだ。症状が軽微なものは、赤や黄色のタグを付けられ、処置室に運ばれていく。が、巻き込まれた大人と幼児数人が該当するだけで、被災者の大半を占める子ども達のタグは、黒、もしくは緑だ。黒は『処置不可能』、緑は『処置困難』.......子ども達は殆ど絶望的な状況だった。


 Dr. タレスは、軽微な症状の患者の応急処置に処置室へ向かい、Dr. バルケスと私、Dr. クレインが子ども達の処置のために残った。


「指導教官は?教官なら子ども達の名前を知っているのでは?」


 Dr. バルケスの問いにキャプテンは冷ややかに答えた。


「教官は中央医療センターに......。政府の幹部ですから」


 忌々しそうに唇を歪める私に、キャプテンは畳み掛けるように言った。


「救命が難しいようでしたらご無理なさらず、死亡診断書も簡略で結構。衣類にシリアルNo.が着いていますので、そちらの番号で記録してください。遺体は廃棄してくださって結構です」


 キャプテンはフロアに横たわる子ども達を一瞥して、形どおりの敬礼をして、背を向けた。


―名前がわからないんじゃない。初めから『無い』んだ。.....―


 私は、心の中で呟いた。あどけない、いたいけな『道具』達。政府のエゴによって作られた可哀想な『生けギルティ』達.....。誰もが恐怖と苦悶の表情を浮かべていた。


「み、水......」


 ひとりの子が、僅かに口を開いた。私は急いで駆け寄り、抱き起こした。看護師から蒸留水のドロップを受け取り、口に含ませる。見下ろす救命官の視線を遮り、抱き起こす。


「気をしっかりね......必ず助けるから」


 その子は、にっこりと笑い、


「ありがと、先生ドクター.....」


耳許で囁き、眼を閉じた。そして、動かなくなった。舌足らずな幼い口調......十歳にも満たない、その細い身体には、赤黒くに変色した痣が幾つも見受けられた。


「残念ですが、先生ドクター......」


 私がその子を静かに床に横たえると、救命官は、半ばほっとしたような口振りで言って背を向けた。


「皆さんは、お引き取りください。ご苦労様でした」


 Dr. バルケスは毅然とした口調で言い切り、救命官達をフロアから追い出し、ピシャリと扉を閉じた。


「Dr. シノン、Dr. クレイン、見たでしょ?」


 私はDr. バルケスの問いに無言で頷いた。私が、私達が見たもの......それはあり得ない光景だった。

 

 逃げ惑う子ども達を捕らえ、救急車両に偽装した車両やヘリに押し込む、救命官達―正しくは救命官に偽装した、国家保安局の兵士達......、そして、その手に握ったナイフを振りかざし、次々と子ども達に突き立てていく。いくばくかも抵抗しようとする子ども達は二度三度と刺され動かなくなった......。


「証拠隠滅ってわけか......」


 Dr. クレインは蒼白な顔で唇を噛んでいた。政府の裏工作や欲望の捌け口の道具にされていた生けギルティの子ども達......そして人間兵器ヒューマンウェポンとして訓練を受けていた子ども達......。


 ふっ......とある子の手が触れた。暴発を起こした子......らしい。その目にはいっぱい涙が溜まっていた。青ざめた唇がかすかに動いて何かを話そうとしていた。


「無理はしなくていいのよ。......私達には『わかる』から......」


 Dr. バルケスが情報を受け取り、私達に共有する。




 教室の中で、手渡された名簿を凝視する子ども達......。教官らしき大人の凍てついた声が響く。


―彼らは、バグだ。消去されなければならない。.....君たちの『純粋』な力をもって忌まわしき『悪』を一掃しなければいけない―


 その名簿が元-違法児童イリーガルチルドレンのものであることはすぐにわかった。名前の脇に黒い染みが沸き上がり、消える......『消去』が終わった証拠だ。


 彼は......暴発した子どもは、黒い染みの向こうに息絶える断末魔の顔を見た。幾つも......そして自分の『役割』に耐えられずに、暴走した。


 正常な心を失ってはいなかったから......。

 それに連動するように、次々と暴発する子ども達......教官らしき大人が何か言ったが、彼らには聴こえていない。

 

 異様に膨張したエネルギーの固まりが、力の環境システムのケーブルを発火させ、爆破した.....。彼らのやり場の無い、哀しみ-怒り-絶望......負のエネルギーの炎が地底から現実の炎として吹き上がった。


「煉獄の炎......!」


 私達は、そう呟かずにはおれなかった。

 彼は正常な感情を発露させただけだ。

 だが、彼の悲嘆はより深い地獄を白昼に晒け出した。大人達がひた隠しにしていた悪魔の素顔を......。



 Dr. バルケスは今一度、大きな溜め息をついた。そして、兵士達の残存エネルギーが無いことを確かめるとおもむろに教授プロフェッサーマシューを振り返った。


「ターラ......」


教授プロフェッサーは、頷き、厳かに言った。


「治療を始める」

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