第27話 ガーディアン

「まず、最初から説明して......」


 私はDr. クレインのオフィスでコーヒーを啜りながら言った。


「この星の異変の原因は何なの?......何故、政府は異能力開発に血道を上げるようになったの?......星間戦争の結果......では漠然とし過ぎて、わからないわ」


Dr. クレイン=イーサンは、眉根に皺を寄せ、大きな溜め息をついた。


「君は、不快に思うかもしれないが......、ラウディスの異能力依存は、星間戦争の敗北から始まっているんだ。フェリー星に敗北した。そこからだ......」


「フェリー星に?フェリーナは戦争などしないわ!」


 私は思わず声を上げた。私の母星フェリーでは、『力』による侵略は最も忌むべきものだ。誰もが暴力や抑圧を憎んでいる。


「フェリー星から仕掛けた訳じゃない。ラウディスから攻めたんだ。フェリー星には希少な鉱物が眠っていたからね。だが、ラウディスの艦隊はことごとく敗北した......。つまり、攻撃を全て読まれて、阻止されたんだ。フェリーナの異能力の前に手も足も出なかった。」


 イーサンは、机に片肘を乗せ、ふぅ.......と息をついた。


「おまけに、隙をついて他の星が攻撃を仕掛けてきた......。ラウディスはフェリー星の征服を断念し、停戦の調停を惑星連合に依頼した。停戦合意は難航したが、以後、ラウディスはフェリー星に対し、攻撃をしないことを確約した。そして、他の星からの攻撃に対し、助力を乞うた。......まぁ人のいい話だが、惑星連合の斡旋もあって、何とか他の星からの攻撃も排除できた」


「良かったじゃない......」


「だが、それがラウディスにとって、凄まじいコンプレックスになったのさ。......何とかフェリー星を凌ぐ異能力を得たいと躍起になった」


「はあぁ?......だって戦争なんか仕掛けてくるから痛い目を見たんじゃない。発想が間違ってるわ」


 私は思わず頭を抱えた。


「ラウディス政府は、フェリー星の人間の遺伝子、染色体の解析を行って、その能力の秘密を探ろうとした。......フェリー星を訪れて交流を深め、遺伝子サンプルを手に入れた。......そして遺伝子工学を駆使して、異能力者を作り出した」


「努力の方向が間違って無い?」


「確かにね。......だが、君も知っての通り、紛いレプリカは紛いレプリカに過ぎない。......そこでラウディス政府はフェリー星からの移住を推進した。荒廃した星の再建指導の名目でね。かなりの数の技術者が渡星して、定住した。......そして、彼らの遺伝子が採取され、保存された。......まぁ.....八百年位前かな。同時に科学技術開発にも力を入れて、今のサマナの都市を完成させた。......これはアルクトゥールスの技術を導入したんだけどね。それ以前のサマナは、不毛な砂漠だった。......星間戦争の敗北から完全に脱却するために、ラウディスは『過去』を切り捨てた。それ以前の都市を全て破壊して、廃棄した」


「異常だわ.....」


「そして、ラウディス政府は研究の結果、フェリーナの染色体内のミトコンドリアを移植することで、フェリーナと同様の能力を持つ人間―Human ― を作り上げることに成功した。雌雄同体のね......」


「待って。......それじゃ、それ以前のラウディアンはどうなったの?」


「死に絶えた......筈だ。最初のミトコンドリア移植体が成功してから、自発的な性行為による妊娠-出産は禁止された。全て政府が採取し、保管した卵子と精子による人工受精による出産.....製造のみが認められ、違反によって産まれた子どもは、両親とともに星から追放された。カプセルに入れられてね」


「それは、殺された......って言うのよ」


 なんという狂気だろう。......何故、そこまでこの星は『狂った』のか......。


「ラウディス星の歴史では、星間戦争の発端もある独裁者だった。現ラウディアン以前の知的生命体は闘争を好まない平和主義的な存在だった。それがゆえに滅びた。だから、現ラウディアンは何としても戦って勝利せねばならない......とね」


 Dr. クレインの一言一言が暗く沈んでいく。ラウディスの辿ってきた歴史が彼にとって『負』の歴史であるのが見て取れる。


「そして、宇宙で最も優れた完璧な存在になろうという途方も無い野心が、星自体をとんでもないモンスターにしてしまった。本来の姿を失った化け物達の棲み家に......」


 イーサンは両手で顔を覆った。この星の歴史を、実情を語るのがどれほど苦痛なことなのか......ラウディアンの中でも優れた遺伝子の持ち主達の末裔であるはずの彼が医師という、いわばはぐれ者の生き方を選んだ理由がわかる気がした。


 だが、私の最も深い疑問はそこではない。


「でも、何故、レインボークリア=クリスタル-レイの人間―Human―まで作ろうとしたの?......人間―Human― の領域を逸脱してるわ 」


 星々には星々のカラーがあり、人間には人間のカラーがある。無色クリスタルの人間はもはや人間ではない。


「君も見ただろう......」


 イーサンは苦し気に言った。


「マスター∞《インフィニティ》を......」


 マスター∞《インフィニティ》.....この宇宙の最も偉大にして最も崇高な存在。


「じゃあ......」


 私は恐ろしさに身震いがした。


「この星の連中は、マスター∞《インフィニティ》を高次元ハイアラーキーマスターを作ろうとしたんだ。人間―Human―でありながら......宇宙の摂理を冒涜した」


「でも、将軍ジェネラルΣ《シグマ》とサマナの統治者の暴挙なだけで.....」


 私の慰めを彼はキッパリ絶ち切った。


「市民が、ラウディアン達が望まなければ、挑戦はなされない。......ラウディスの星全体的な『狂気』が、今の異常な事態を招いたんだ......」


「でも、わからないわ......」


 純粋な存在もの、崇高な存在ものにそうまで憧れながら、渇望しながら、破壊し続けるのか......。


「アーシー、『純粋さ』『崇高さ』は『憧れ』だけど、それを求め憧れる者にとっては『恐怖』でもあるんだよ......」


「それじゃ......」


「マスターΩ《オメガ》は、この星で最も純粋な崇高な存在だ。......同時に、それを作り出した者達にとっては最大の恐怖だ。七人のクリスタルを断罪させたのも、マスターΩ《オメガ》が完全な存在にならないようにするためだ」


「そんな......」


「マスターΩ《オメガ》は七人を断罪することで、罪を犯し、自ら後悔の『負』の念に囚われた。贖罪のために作った七人の子ども達も殺された。......マスターΩ《オメガ》は、今、深い絶望の中にいる」


「それじゃあ......」


「ガーディアンとその末裔である僕達は、マスターΩ《オメガ》が絶望のあまり暴走しないよう、『鎮め』のための、その魂を意識を慰撫するための存在なんだ」


 ふと私の頭にある疑問が浮かんだ。


「ガーディアンは五人いると言ったわよね......。イーサン、後の四人は知っているの?」


「残念ながら、知らないんだ......七人の叛逆者の末裔だって、あのNo.169しか知らない。ただ.......」


「ただ?」


「彼女が僕達の前に現れたということは、他の存在達も姿を現す可能性がある。誘発しているのが何かは知らないが.....」


 私は意を決した。この星の狂気を止めるために、これ以上不幸な子ども達を増やさないために、マスターΩ《オメガ》を目覚めなければならない。その方法を知る人間を探さなければならない.....。


「他のガーディアンを探しましょう。きっといるはずだわ、末裔が.......」

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