第12話 旅の準備

 矢印の方向へ行ってみることにした俺たちは、その準備を今日中に済ませておこうと家の中から必要な物を引っ張り出していた。


「私もお兄ちゃんみたいなチート武器欲しいなぁ」


 ストレージに食糧やら薬やらを放り込みながら、カナミが呟く。

 するとミサキが、冷蔵庫から十個入りの卵パックを取り出して一言。


「これ使って良ければ、カナミちゃん用の武器にしてあげるよ?」

「えっ、ホントですか!? いくらでも使っちゃってください!」


 嬉しそうに大声をあげるカナミ。

 ミサキさん、あまりウチの妹を甘やかさないで欲しいのですが……。


 ミサキは半透明の画面を表示させ、何かを入力した。その瞬間、卵がピカりと光った。


「はい、カナミちゃん。それ危ないから、ストレージに入れておいてね」

「ミサキさん、ありがとうございます!」


 卵パックを手渡され、満面の笑みを浮かべるカナミ。

 知らない人からすれば卵好きのやべーやつにしか見えないだろうが、その卵は何やら危険らしい。


「なぁ、卵に何を仕込んだんだ?」


 問いかけると、ミサキはふふっと笑って答える。


「名付けて、エッググレネードだよ」

「エッグ、グレネード?」

「そう。卵型の手榴弾。これならカナミちゃんも簡単に扱えるでしょ?」


 ミサキが微笑みかけると、カナミはこくりと頷いた。


「はい! 重さは卵のままですし、しっかり投げられそうです!」

「そうか。良かったな、カナミ」


 俺は頭をぽんぽんと撫でつつ、戦闘狂の片鱗を覗かせる妹の行く末を案じた。




「よし、準備完了!」


 俺とミサキ、カナミの三人は同時に額を伝う汗を拭った。

 ストレージいっぱいに旅に必要な物を詰め込んでも、一切重さは感じない。もし仮にこの量の荷物をスーツケースやリュックに入れていたら、きっと持ち上げることすら困難だっただろう。この機能だけは世界を取り戻した後も残しておいてもらいたいところだ。


「もうすぐ六時かぁ。夕飯、どうしよっかな?」


 時計を見て、腰に手を当てるカナミ。


「ミサキの分も作らないとだろ?」


 俺が返すと、ミサキは両手をひらひらと振った。


「いいよ、気を遣わないで。残り物でもレトルトでも私は全然……」

「いやいや! それはさすがに私の良心が痛みます。お兄ちゃんが初めて連れてきた彼女さんに、そんなお粗末な料理をお出しする訳にはいきませんよ」


 ミサキの言葉を遮ってまで言うことか。

 妹の変なプライドには少々呆れたが、ちゃんとした料理を振る舞いたいという気持ちも分からんでもない。

 とりあえず、台所に残された食材を確認する。


「えーと、豚肉にじゃがいも、人参、玉ねぎ……」


 これ、実質一択では?

 カナミは食材に一通り目を通すと、こくりと頷いた。


「うん。今日の夕飯はカレーに決定! ミサキさん、腕によりをかけて究極のカレーを作るので、待っててくださいね」


 ハードルを上げるのはいいが、絶対くぐる気だろ?

 そこのスーパーで買った安い豚肉と野菜で究極のカレーが出来るなら、世の中にカレー屋が存在する意味が無くなってしまうではないか。


「究極のカレーかぁ。楽しみにしてるね」


 ミサキはわくわくした様子で座っている。

 大口を叩く妹が悪いのは確かだが、それを素直に信じるミサキもどうなんだ。ただ、カナミの料理スキルはかなり高いので、究極とはいかないまでも美味しい家カレーになることは間違いない。ミサキにはそれで勘弁してもらおう。


「ミサキさん、お待たせしました〜! こちら、究極のカレーです」


 ミサキの前に妹特製の自称究極のカレーが置かれる。


「わぁ、すっごく美味しそう!」


 目を輝かせ、スプーンを手にするミサキ。

 これ、どう見ても普通の家カレーだぞ? 本当に究極のカレーだと認識しているなら、普段はどんな食事をしているんだ。

 カナミはもう二皿テーブルに持ってくると、急いで席に着いた。


「「「いただきまーす!」」」


 三人同時にカレーを口に運ぶ。


「う〜ん、おいひぃ〜!」

「ホントですか? お口に合って良かったです」


 ホッとした様子のカナミに、ミサキはもぐもぐしながら幸せそうな表情を見せる。この人にとってはきっとこれが究極のカレーなのだろう。

 それよりカナミよ、自分でハードルを上げてドキドキするくらいなら最初から何も言うな。

 その後もミサキは美味しそうにカレーを食べ進め、あっという間に完食してしまった。


「ミサキさん、おかわりします?」


 カナミが聞くと、ミサキは満面の笑顔で皿を差し出した。


「するする!」


 まさかここまで食べる人だとは。もし地震が起こらずにデートをしていたとしたら、予想以上に食事代がかさんでいたことだろう。そんなことを考えつつ、俺は最後の一口をスプーンで掬った。




 食事を終えのんびりしていると、ピコンとスマホが鳴った。


「ユウト君、もしかしてレナりんじゃない?」


 ミサキに言われ、俺は急いでチャットアプリのアイコンをタップする。

 すると、リストの一番上にレナの名前があった。


「本当にレナからだ……!」


 チャットルームを開き、メッセージに目を通す。


【連絡出来なくてごめん。気がついたら森の中で、電波が通じなかったの】


「良かった、無事だったんだ」


 レナの無事が分かり、ホッと肩を下ろす。


【レナ、今はどこにいるんだ? もう帰ってこられたのか?】


 メッセージを投げると、すぐに返信が来た。


【いいえ、まだ東京には戻れてないわ】

【でも安心して。今はファルケム族の村にいるから安全よ】


 ファルケム族? 聞いたこともない民族の名前に、首を傾げる。

 そもそもレナがいるのは千葉のはずだ。ということは、千葉の地形はかなり大規模に書き換えられてしまったのだろうか?


【分かった。話はまた今度聞かせてくれ】

【俺は明日、ミサキとカナミと一緒に東京の外に出てみようと思ってる。レナは明日には戻ってこられそうか?】


 問いかけに、レナが答える。


【遠くにスカイツリーとかは見えてるし、多分戻れると思うわ】


 地形こそ書き換えられているが、距離までは変わっていないのか?


【それじゃあ、気をつけて帰って来いよ。おやすみ】


 俺はメッセージを送り、アプリを閉じる。

 レナが無事だった。そのことが、今は何よりも嬉しかった。

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