第11話 メニューウインドウ

 俺も試しに人差し指で四角形を描いてみると、空中に画面が表示された。


「うぉ、本当に画面が出た……」


 ルイルイの真似をしたのだから当たり前なのだが、それでもこのシステムには少々驚いてしまった。もし教えてもらう前に何かの拍子でこの画面が出てきたとしたら、きっと腰を抜かしていたことだろう。


「それにしても、よくこの機能に気が付いたね?」


 ミサキが画面を出しつつ問いかけると、ルイルイは「あぁ」と頷いてから答える。


「アタシ、ゲーム好きだからさ。何となく分かるんだよね、こういうの」


 確かに昨今はMMORPG系のゲーム人気は高い。だが、そういうのが好きだからというだけでこのシステムに気付けるものなのか?

 俺もスマホでそのようなゲームをやったことはあるが、それと結びつけて考えようなんて一切思わなかった。

 やはり、ルイルイには何か裏がある気がする。そう思い始めると、本名を名乗らないあたりも怪しく感じてくる。しかし、それを決定づける証拠もない。

 むむむと難しい顔をしていると、カナミが顔を覗き込んで来た。


「お兄ちゃん、本当に頭大丈夫?」

「ああ、すまない。ちょっと考え事してた」


 俺は慌てて笑顔を見せる。

 それにしてもカナミ、さっきから兄に対して掛ける言葉が酷すぎやしないか?

 気を取り直し、画面に視線を戻す。


「メニューウインドウって名前なのか……」


 正式名称を《メニューウインドウ》と言うこの画面には、ゲームでよく見る用語がずらりと並んでいる。


【クエスト】

【マップ】

【パーティー】

【フレンド】

【メッセージ】

【ステータス】

【ストレージ】

【スキル】

【プレイヤー情報】

【ヘルプ】


 上から下までボタンを眺めると、一番下にヘルプがあるではないか。これを読めば少しはこのゲームの謎が解けるのではと考え、画面をタップする。

 ピコンという音とともに、新しいウインドウが開く。

 しかし大した内容は書いておらず、助けにはなりそうもなかった。

 この内容でヘルプを名乗らないでくれ、ヘルプに迷惑だ。


「じゃあ、まずはみんなでフレンド登録しよ?」


 カナミとルイルイが首肯すると、ミサキは素早くウインドウを叩いた。

 その直後、フレンドボタンの右上に《!》が表示される。

 開いてみると、【フレンド申請:1件】という文字の下に【広尾ミサキ】の名前と【承認】【拒否】のボタンが並んでいた。

 俺はもちろん承認を押す。

 すると、フレンド一覧にミサキが表示された。


「じゃあ私も申請飛ばしますね。お兄ちゃん、拒否しないでよ?」


 続けて、カナミから申請が来る。

 妹の申請を拒否する兄がどこにいる。これももちろん承認。


「あとは俺とルイルイが交換すればいいんだな?」


 俺はフレンド申請を送ろうとしたが、ルイルイがそれを止めた。


「アンタのはいいや」

「いや、何でだよ?」


 拒否ボタンを押すでもなく、口頭で拒否された。ミサキとカナミとはフレンドになったのに、俺とは嫌だと言うのか? ちょっと納得がいかない。

 いや待て。これはお得意の悪い冗談なのでは? もう騙されないぞと思い、黙って申請を送信してみる。


【ルイルイさんにフレンドを申請しました】


 さあルイルイさんよ、どう出る?

 ルイルイはウインドウを見て、一瞬顔を顰めた。


「だから、アンタとはフレンドにならないって言ってるだろ?」


 こいつ、本気で言ってたのか。

 理由すら教えてくれないのは気分が悪いが、とにかく嫌がっているのだから仕方がない。

 それに、よく考えれば彼女は出会ったばかりの正体不明の人間だ。バタフライナイフを持ち歩き、平気でモンスターを倒し、メニューウインドウをゲーム知識で呼び出した。まともな人ではない。

 もし何かあれば、最悪ミサキかカナミを通じてコンタクトを取ればいい。と思ったその時。


【ルイルイさんがフレンド申請を承認しました】


 ウインドウに表示された文字を、思わず俺は二度見する。

 ルイルイの顔に視線を向けると、彼女はへへっと笑った。


「どうよ、アタシの迫真の演技? フレンドくらいなら、まあなってやるよ。気が変わったら解除するかもだけどさ」


 騙された。ここまで騙されると悔しい。


「でも、冗談で良かった」


 俺がため息交じりに言うと、ルイルイは真顔で呟いた。


「……最初に断ったのは、半分本気だったけどな」


 その口振りからは、俺に対する敵意が感じられた。

 ここまで来るともはや腹の探り合いだ。俺は彼女への猜疑心を強めた。




 フレンド登録を終えてからしばらく、カナミがウインドウを眺めながら言う。


「ねえ、マップを見ると東京の周りが分かるよ」

「それ本当か?」


 俺はフレンド画面からメニューに戻り、《マップ》を開く。

 すると新しいウインドウが出て、東京の地図が表示された。


「カナミ、お手柄だ。これで二十三区の外側がどうなってるのか調べられる」


 まずは表示範囲を広げるべく地図をピンチアウトする。続けて千葉方面にスワイプ。さて、レナのいる千葉はどうなっている……?


「あれ、出てこないぞ? 読み込みが遅いだけ、じゃないよな……?」


 江戸川の先には、本来なら京葉ジャンクションなり本八幡の駅なりが出てくるはずだが、地図は灰色のままで一向に表示されない。

 その時、ルイルイが口を開いた。


「そりゃあマッピングしてないんだから当たり前さ」

「マッピング? そうか、その場所に行かないと地図は作られないのか……」


 この機能があれば簡単に確認することが出来ると思ったが、そう甘くはなかった。結局のところ、レナがどんな状況に置かれているのかは自分が行ってみなければ分からないようだ。


「ってかお兄ちゃん、千葉とかどうでもいいからもっと縮小してよ」


 カナミは知らないだろうが、クラスメイトが千葉に行っているのだ。どうでもよくはない。

 ただ、もっと縮小したら何があるのかは気になる。俺は妹に言われるがままにもう一度ピンチアウトする。


「うわ、何だこれ?」

「東京が、川に囲まれてる?」


 俺とミサキは驚いた表情を浮かべる。

 なんと、江戸川や多摩川、東京湾といった元から水が流れている場所はともかく、本来川や海ではないはずの西側の境までもが水で隔てられていたのだ。


「まるで堀だな……」


 呟くと、カナミが地図を指差しながら言う。


「多分ホントに堀なんだと思うよ? こことか橋が架かってるし」


 東京を囲む堀には、東西南北に一箇所づつ大きな橋が架けられている。

 おそらく、モンスターの侵入を防ぐためのものなのだろう。だとしたら、この外には一体どれほどのモンスターがいるのだろうか? 想像するだけでぞっとする。


「あと、この矢印って何かな?」


 ミサキがふと目を留めたのは、地図の右下に小さく描かれた矢印だった。向きは南東方向を示している。


「北を指してるわけでもなさそうだし、何だろ?」


 首を傾げるカナミ。

 ルイルイはじっと矢印を見つめると、ぽつりと一言。


「これ、ゴールの方向じゃねぇか?」


 ゴール。つまり、このゲームが始まる時に謎の声が告げた《ワールドリゲインタワー》。その方向に行けば、この世界は元通りになるのか? ミサキは現実世界に帰れるのか?

 この矢印がワールドリゲインタワーの方角を指し示していると断定するにはまだ早いが、何らかのヒントであることは確かだろう。


「よし、明日はみんなでその方向に行ってみないか?」


 俺が提案すると、ミサキとカナミは「そうだね」と頷く。

 だが、ルイルイは申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。


「悪いんだが、アタシはパスで」

「いや、別にいいよ。そもそも今だって、お前には無理に付き合ってもらってるわけだし」


 気にすんなと声を掛けると、ルイルイは立ち上がってポケットに手を突っ込んだ。


「じゃ、アタシは案山子狩りに戻る。またな、イキリ傘太郎さん」

「だっ、その呼び方……!」


 へへっと笑い、ルイルイがリビングを出て行く。

 情報交換の中で、俺は暴力団と対峙したことも正直に話した。ただ、その呼び名は絶対にイジられると分かっていたので隠すつもりだった。それなのに、ミサキは補足するように喋ってしまったのだ。

 案の定イジられたではないか。視線を送ると、ミサキはてへっと可愛らしく舌を出した。


「ルイルイさん、なんか面白い人だね」


 カナミがメニューウインドウを閉じながら言う。


「でも、ちょっと危ないっていうか、怪しい感じがするんだよな」


 俺が呟くと、ミサキは「え〜、そうかなぁ?」と首を捻った。

 女子二人が怪しさを感じていないのなら、俺が疑り深いだけなのか? でも、ルイルイが俺に敵意を持っているのは明らかだ。

 まあ、何かあるなら向こうからアクションを起こすだろう。とりあえずルイルイのことは保留にして、気持ちを切り替えた。

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