第10話 情報交換

 俺はミサキとルイルイを引き連れ、自宅の玄関までやって来た。俺の家は都営新宿線の船堀駅から徒歩五分ほどの所にある三階建てのマンションの一階で、今は俺と妹で二人暮らしをしている。

 妹のカナミは身長百五十五センチで、髪型は左側で結んだ所謂サイドテール。運動も家事も出来るしっかり者で普段は気が強いが、時々甘えん坊になる。


「俺がいきなり女の子二人を連れて帰ってきたら、カナミのやつ腰抜かすんじゃないか……?」


 カナミには「ちょっと出掛けてくる」としか伝えていないので、ミサキとのデートのことすら知らないはずだ。それに加えて、見ず知らずの女子高生までいるのだから、きっと大いに驚くに違いない。リュックから鍵を取り出しつつそんなことを考えていると、中から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあぁぁぁっ!!」

「カナミ……!」


 俺は急いで鍵を開け、家の中に入る。


「おいカナミ、どこだ!?」

「お兄ちゃん、助けて!」


 リビングの方から声がする。靴を脱ぎ捨て、慌ててカナミの元へ向かう。

 廊下を抜けリビングのドアを開けると、テーブルの上に正座するカナミと、床を這う黒い虫の姿が目に飛び込んできた。


「何だよカナミ、てっきりモンスターに襲われたのかと……」


 ほっと胸をなでおろす俺に、カナミは必死の形相で訴えかける。


「いいから早くその虫殺して!」

「へいへい」


 リュックを下ろし、中から折りたたみ傘を取り出す。両手で柄を握り、虫に狙いを定めると思い切り突き刺した。

 虫のHPは一瞬で削られ、あっという間に消滅した。


「ほら。もう大丈夫だから、早くテーブルから降りろよ」

「うぅ、怖かったぁ〜」


 カナミは泣きそうな表情でゆっくりとテーブルから降りる。

 そして、俺の後ろにいる二人の女の子に目を遣った。


「ってか、お兄ちゃんの後ろにいるの誰?」


 虫の恐怖も吹っ飛んだ様子でぱちくりと瞬きするカナミに、まずはミサキが自己紹介をする。


「私はユウト君のクラスメイトの広尾ミサキだよ。今日はユウト君との初デートだったんだ」


 ミサキさんよ、笑顔で余計なことを言うな。それを聞いたカナミが興味を示さないはずがないではないか。


「え? お兄ちゃんデートだったの? しかもこんな可愛い人と?」


 ほら見たことか。カナミは目をキラキラと輝かせ、ミサキの顔を見つめる。

 俺は観念し、口を開く。


「そうだけど、それがどうかしたか?」

「何で妹である私に言ってくれないの? お兄ちゃん、初めての彼女でしょ? ちゃんと幸せにできる?」


 妹の怒涛の質問攻め。俺には答える間も与えられず、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 しばらく喋り続けたカナミは、一通り言いたいことを言い終えたのか、もう一人の女子高生に視線を移した。


「お兄ちゃんの彼女さんはいいとして、そっちのお姉さんは?」


 ルイルイは両手をポケットに突っ込んだまま、へへっと笑って言う。


「アタシはさっき、そこの橋でコイツにナンパされたんだ」

「ん? お兄ちゃんが、彼女さんの目の前でナンパ……?」


 カナミから疑惑の眼差しが向けられる。

 ルイルイさんよ、エイプリルフールでもないのにとんだ嘘をついてくれたな。いや、エイプリルフールだとしてもこれは悪質すぎる。

 俺はかぶりを振り、妹の誤解を解く。


「いやいや、違うんだカナミ。この人は橋にいたモンスターを倒してくれたルイルイさん。お互いの情報を交換しようってことで家に連れて来たんだ」

「情報を交換?」


 首を傾げるカナミに、ルイルイが言う。


「この世界、急におかしくなったのは妹ちゃんも知ってるだろ? で、少しでも状況を理解するために、アタシとコイツで情報交換しようってなった訳さ」

「あ〜。鐘の音の後から世界が変になったのは分かってるけど、実際外はどんな感じなの? さっきお兄ちゃん、モンスターとか言ってたよね?」


 妹は電話で話した後もずっと家にこもっていたようで、外の様子は知らないみたいだ。家で待ってろと伝えたのだから当然といえば当然か。


「そしたら、カナミちゃんも交えてみんなで話そっか」


 ミサキの言葉に、俺たちはこくりと頷く。

 テーブルの手前側に俺とカナミ、向かい側にミサキとルイルイが座り、情報交換会が始まった。




「さて、まずは俺とミサキが知っていることを話そう。だが、その前にこの世界の真実を伝えておかなければならない」

「この世界の真実? お兄ちゃん何言ってんの? 頭大丈夫?」


 訝しむカナミ。

 頭なら大丈夫じゃいと心の中で返しつつ、ミサキに話を振る。


「ではミサキさん、どうぞ!」

「いきなりこんなこと言っても信じてもらえないかもだけど。実はこの世界はね、VRMMOゲームの規格を元にして作られた仮想世界なの。そして私は、この世界を監視する東亜国理化学研究機構のエンジニアで、内部から監視する役割を担ってるの」


 ミサキから衝撃の事実を聞かされたカナミは、ぽかんと口を開けている。

 しかし、ルイルイは割と冷静にそれを受け入れた。


「なるほどなぁ。じゃあこのゲームは上の世界の人間が仕掛けたってことだろ? ミサキも関係者か?」


 ルイルイの問いかけに、ミサキはふるふると首を振る。


「だったら良かったんだけど、違うの。この世界は今、何者かにハッキングされていて、私はログアウトすることすら出来なくなってて……」

「ログアウト、ねぇ……」


 嫌なことを思い出し下を向くミサキに、ルイルイはテーブルに肘をついて呟く。

 俺はその仕草に妙な違和感を覚えたが、それが何なのかまでは分からなかった。


「……ちょっとびっくりしましたけど、ミサキさんの話は信じます。で、お兄ちゃんは家に帰るまでに何があったの?」


 さすが我が妹、気持ちの切り替えが早い。

 俺は地下鉄で地震に見舞われてからルイルイと出会うまでの出来事と、知り得るゲームシステム、そしてミサキのエンジニアスキルで生み出された剣(折りたたみ傘)と魔導書(スマホ)の話をした。

 全ての説明を終えると、カナミは「ん〜」と唸った。


「つまり、私たちはゲームプレイヤーになったって認識でいいの?」

「ざっくり言えば、まあそういうことだ」


 俺が頷くと、カナミは「ほ〜ん」という納得とも思考放棄とも取れる返事をした。


「それで、ルイルイちゃんはそれ以外に何か知ってることあるかな?」


 微笑みかけるミサキに、肘をついたまま黙って話を聞いていたルイルイが口を開く。


「そうだなぁ……。例えば、こんなのはどうよ?」


 ルイルイは肘をついていない方の右手の人差し指で、空中に四角形を描いた。

 その瞬間、いかにもゲーム画面っぽいメニューがそこに表示された。


「へへっ。知らなかっただろ?」


 得意げに笑みを浮かべるルイルイに、俺とミサキ、カナミは同時に声をあげる。


「「「何それ!?」」」

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