約束

 午前の授業を終えた私は、昼休み、スマホで動画を見ながら暇つぶしをしていた。すると祐樹さんからメッセージがきた。


〝よかったら今度の日曜日ライブ行かない?〟


 それはデートの誘いだった。彼の好きな音楽に触れられる機会が巡ってきた私は喜んで誘いを受けた。


 すると、彼からライブのタイムテーブルが送られてきた。出演アーティストのいくつかに丸がつけられていた。それは彼が好きなバンドに印をつけているに違いなかった。


 間も無くして、再び彼からラインが送られてきた。それは丸をつけているアーティストのライブを回るから、曲を聴いておくように、とのことだった。


 私は早速アーティストを検索し、ヒットした曲を聴いた。正直、あまりよくわからなかったが、好きだと思える曲も少しあった。私はそれを何回も聴いて覚えた。


 ライブ当日、朝早くから彼はいつもと同じ場所に迎えにきていた。


「おはようございます」


 いつもきちっとした感じの服装のイメージの彼だったが、今日はライブということもあって、Tシャツに短パンというラフなスタイルだった。いつもと少し雰囲気の違う彼を見て、私はまた彼を好きになる。


「準備はできた?」


 彼に聞かれた私は笑顔で頷いた。


「曲聴いた?」

「一応……」

「好きなのあった?」

「ありました」

「誰の曲?」

「それは、言えないです」

「なんで?」

「恥ずかしいからです」

 こんな感じの会話をしながら、私たちは彼の車でライブが開催される場所へと向かった。


 会場に着くと、私たちは受付で入場券となるリストバンドを購入した。彼は今までにもライブに参戦しており、慣れている様子だった。


 ライブはフェスではなく、サーキットイベントだったため、彼と色々な会場を回って歩いた。ライブに行く時の服装をネットで調べ、スニーカーを履いてきたのは正解だった。


 歩いていると、彼があの時と同じように手を繋いできた。二回目だからもう慣れたかと思いきや、緊張が止まらなかった。


「実里ちゃんはさ、なんでセフレなんて募集してるの?」

 彼はそう言って私を見た。

「今は軽い関係しかいらないんで」

 私は心にもないことを言った。私は自分の本音を言えないことがコンプレックスだった。


「可愛いのに、もったいないよ。俺と付き合えばいいのに」

 またサラッと軽い感じで彼はそう言った。私は、ごめんなさい、それは無理ですと笑顔で返した。本当は付き合いたくて仕方なかったのに。


 私たちは五組か六組くらいのバンドを見る予定だったが、彼が頭痛がするとのことで、最後のバンドは見ずに車に戻った。


 私もどこか痛いように感じたが、それは頭ではなく、首だった。自分より三十センチも背の高い彼の顔を見過ぎた私は首をつっていたのだ。


 帰り道、車の中ではお互い疲れ、あまり会話はなかった。私は助手席から窓の外を見ながら考え事をしていた。彼とは付き合っていないが、手を繋いでデートしたり家に行ったりしている。私はその友達以上恋人未満な関係が嫌になっていた。彼を好きになればなるほど、その距離感が辛く感じた。


「あの、私たちもう会うのやめません?」


 私は本日二回目の嘘をついた。本当はこれからも会いたいのに。嫌だって、会いたいって言って、私は心の中で祈っていた。


「そうだね、ちょうど俺もそう思ってた。そっちから言ってくれてありがとう」


 これが彼からの返答だった。私と会いたくないという彼の本音を知った私は、ショックのあまり彼の方を見ることができなかった。そのまましばらく気まずい空気が流れた。


 私はずっと窓の外を見ていた。もうこれで彼と会えるのは最後だとか色々考えていたら涙が出そうになった。そんな私を彼が運転席からチラチラ見ているのが窓ガラス越しにわかった。


「最後に私と……してくれませんか?」


 私は三度目の過ちを犯した。彼に好かれたいはずなのに、彼に嫌われるようなことばかり言ってしまうのだ。


「無理」


 彼は即答した。そう言った彼の顔に笑顔は少しもなかった。それどころか怒っているようにも見えた。嫌われた、私はそう確信した。そうですよね、ごめんなさいと言って私はまた窓の方に顔を向けた。


 再び気まずい空気が流れた。今度のはさっきのより長い沈黙だった。もう直ぐで私の家に着く。このまま彼とは別れることになるんだと私は覚悟した。


「そういえば、この前手料理つくってくれるって言ってたけど、もう作ってくれないんだね」

 彼がボソッと言った。私は一瞬何の話かわからなかったが、少しして彼の言葉を理解した。


 二人で会っていたときに、彼の手作りのご飯を分けてもらったことがあった。その時に、彼に私が作ったご飯も食べてみたいと言われ、いいですよと返事していたのだ。


「ご飯くらいなら作ります」

 私は咄嗟にそう返事した。彼の顔が一気に明るくなった。


しばらくして、彼がまた口を開いた。


「仮で付き合おうよ」


彼はまた軽く告白のようなものをしてきたが、唯一今までと違うのはという言葉が入っていたことだった。仮って何だろうと思いつつも、また後悔するのが嫌だった私は、はいと返事をした。


「じゃあまたね」

 私たちはまた会うという約束をし、私の家の前で別れた。上を見上げると、夜空に無数の星が輝いていた。

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ソシオパス 瀬戸美鈴 @seto_mi

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