現実 第十四部

 式場の中へ入ると数多くの人たちが綾さんの最後の姿を見るために来場していた。

 席の大半は埋まっており、ところどころ空席が目立ってはいるものの、その周りは同じような服装をした人たちが集まっていた。

 一番後ろの席にでも座りたかったが、あいにく後ろの席はほとんど埋まっており、人一人座る席など片手で数えられる程度しか残っていなかった。

 当然、端の席など空いているはずもなく、一番通路に近い空席にしても三人ほど座っている人の前を通って中へ入らないといけない。

 どうしたものかとあたりを見渡すと、左奥。前の列から三つ目の列の左端の席が一つだけ空いていた。

 前の方ということもあり、誰も行かないのか、それともすでに座っている隣の女子生徒の家族用に空けているのかわからないが、今の俺が座るには一番いいポジションなだけにそこへ向かう。


「隣座っても、よろしいでしょうか?」


 丁寧に空いている席の横に座る制服を着た女子生徒へ問いかけると、振り向いた生徒はまさかの見知った顔であった。


「健くん……?」

「坂波さんでしたか」


 こちらを振り向いた目元を赤くした女性は坂波春。綾さんの小学校時代の同級生にして、友人の一人。綾さんにとって彼女がどれほどの人物かはもう今では知る由も無いが、彼女にとって綾さんがどんな人物であるか。それは彼女の目元と、今までの彼女との話を思い出せば言うまでもない。


「ここ空いてますか?」

「あっ、うん。どうぞ」

「じゃあ、失礼します」


 式が始まる前に着席することができ、こうしてまた一人、綾さんのことを知っていく中で知り合った人物と肩を並べることができた。

 式は間も無く始まる。しかし、先ほどアナウンスされたのは式開始の十分前のもの。つまり、式場に入ってすぐにここに座れた俺たちにはまだ数分ばかりの猶予が残されていた。


「その様子だと昨日も来られていたみたいですね」

「まぁ、ね。どうしても信じられなくて。健くんは違うの?」

「えぇ、俺はそれよりも前に綾さんのあの姿を見ていたので」

「そう。ならわざわざ私みたいに自分の目で確かめるために来る必要もないわね……」


 俺は昨日行われた通夜には参加しなかった。友継さんたちからも誘われはしていたものの、他の人からすれば俺と言う存在は謎。俺が着ていく服装といえば学生服であり、綾さんと同じ学校の生徒の中俺だけ違う学校の制服を着ていけば目立つのは自明の理。

 通夜では、悲しみの中皆で亡くなった人のことを懐かしみ、時に笑い合うような空間になることを察した俺は行くことをやめた。

 俺にはそんな人たちと笑えるような綾さんとの話を持っていない。そして、俺と綾さんの話を他人に聞かせるようなものでもないため、俺は通夜には顔を出さなかった。


「私。今でも信じられないよ。綾ちゃんが死んじゃったなんて」

「俺もです」

「綾ちゃんは私の憧れだった。あの時も、今も、そして、これからも……」


 坂波春にとって綾さんは出逢った時から常に憧れであった。

 常に園田綾という憧れがあり、その憧れのために日々努力し、研鑽していた。

 そんな二人は一度別れてしまうが、また見えない力で惹きつけられたように再会した。まるで物語の中の登場人物みたいな二人に俺には見えた。

 感動的な再会をして、そして最後には非情なまでの別れを遂げてしまう。物語にすれば起承転結のきいた優れた物語なのかもしれない。けれどこれほど物語のようなまでの筋書きは、この現実において誰も望んでいなかったというのに。

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